From Strength to Strength_アーサーCブルックス      はじめに      機内にいた一人の男性が私の人生を変      えた  「もう誰からも必要とされていない、なんてことない わよ」  背後から年配女性の苛立たしげな声がします。ロサ ンゼルスからワシントンD.C.へと向かう深夜便の 機内は消灯されひっそりしていて、乗客のほとんどが 寝るか映画を見るかしています。私の姿も見えます。 ノートパソコンとにらめっこして、がむしやらに何か を仕上げようとしています。その「何か」が何だった のか、今となってはさっぱり記憶にありませんが、当 時は「私の人生と幸福と未来がこれにかかっているん だ」くらいの感覚がありました。  女性の夫と思しき男性が、ほとんど聞き取れないよ うな声で言葉を返します。  再び女性の声。  「死んだほうがましだなんて言わないで」  私はすっかり2人の会話に気を取られます。聞き耳 を立てるつもりはないのに、聞かずにはいられません。 同情半分、社会科学者としての好奇心半分で話に耳を 傾けながら、頭の中で男性のイメージを膨らませます Iその歳まで懸命に働いてきたのに、たいして名を あげられなかったんだろうな。きっと夢が叶わなかっ たことに失望しているんだ。「あんな仕事やこんな勉 強や起業をしたかったのに」と。どれ1つ実現しない まま、今や引退を余儀なくされ、昨日の新聞のように 捨てられたんだ。  飛行機が着陸して機内の照明が戻り、とうとうその うらぶれた男性の顔が見えます。私は愕然とします。 そこそこ名の知れた人物、というか、有名人じやない か。80代半ばになった今も、若かりし頃に発揮した勇 気と愛国心と功績を讃えられ、国民的英雄として愛さ れている、私か幼い頃から憧れてきた人物だ。  男性が後方の通路を進んでくる間に、男性に気づい た乗客だちから敬意のこもっだささやき声がもれます。 コックピットの前で乗客を見送っていたパイロットが その顔に気づき、私の気持ちをそっくりそのまま代弁 します。「子どもの頃から憧れておりました」。すると 男性は、ついさっきまで死にたいと思っていたらしい のに、過去の栄光を讃えられて輝くような笑顔を返し ます。  私は首をかしげます。実に嬉しそうで誇らしげな目 の前の男性と、「死んだほうがましだ」と言った20分 前の男性と、いったいどっちが本当の彼の姿に近いん だろう、と。  その「認知的不協和」は、その後何週間も私の頭を 離れませんでした。  この出来事があったのは、2012年の夏、私か48 歳の誕生日を迎えた直後のことです。私は男性のよう な世界的有名人ではなかったものの、職業人としては 極めて順調な人生を送っていました。ワシントンD. C.にある一流シンクタンクの会長で、業績は上々。 数冊ある著書はベストセラー。講演をすれば人が集ま るし、『ニューヨークータイムズ』紙に寄稿もしてい ました。  40歳の誕生日(つまりさらにさかのぼること8年 前)に書いた一覧を見返しました。達成すれば満足感 が得られる(と確信していた)目標を書き出したもの です。どれもすでに達成しているか、目標以上の結果 を出していました。にもかかわらず、私は特別満たさ れているわけでも幸福なわけでもありませんでした。 念願を達成したどころか、それ以上の結果を出してい るのに、思い描いていたような喜びはなかったのです。  仮に思ったような満足感が本当に得られたとしても、 「達成し満足する」というサイクルをいつまでも回し 続けられるだろうか、と思いを巡らせました。今のや り方で、基本的に1日D一時間×週7日の週80時間以上 の労働を続ければ、いつかそのサイクルは減速し、終 わるだろう。この流れはもう始まっている、と思う日 も少なくない。終わった後はどうなる? 私もあの男 性のように人生を振り返り、苦労をかけた妻エスター に「死んだほうがましだ」と言うことになるのか? ハムスターの回し車のような成功のサイクルを脱し、 避けられないキャリアの落ち込みを優雅に受け入れる 方法はないのか? 落ち込みをむしろ機会に変えられ ないだろうか?  すべて個人的な疑問ではあったものの、私はその疑 問に社会科学者として取り組むことにし、研究案件を 立ち上げました。何とも妙な気分でした。外科医が自 分で自分の盲腸を手術するようなものです。それでも 私は研究に着手し、将来を恐怖の対象から前進の機会 に変える方法を、この9年間個人的に模索してきまし た。  専門分野の社会科学から、周辺分野の脳科学、哲学、 神学、歴史まで、多種多様な文献を詳しく調査しまし た。史上まれに見る成功者たちの伝記も丹念に読み込 みました。不断の努力により一流の地位を築いた人々、 つまり「ストライバー(4耳q)」の研究に没頭し、 国家元首から金物店の店主まで、何百人ものトップを 取材しました。  その結果見えてきたのは、仕事で成功した人が一般 的に、というよりもほぼ例外なく抱えている、密かな 苦悩の種です。私はそれを「ストライバーの呪い」と 呼ぶようになりました。実は、必死の働きによりある 分野で卓越した大たちは最終的に、不可避なキャリア の落ち込みに怯え、成功すればするほど満足できなく なっていき、人間関係の希薄さに悩むことになるので す。  しかし朗報もあります。私か探していたもの、つま り「ストライバーの呪い」を免れる方法も見つかりま した。そこで私はその方法に従って戦略的に残りの人 生を計画しました。おかげで、私の第二の成人期は、 残念な結果にならないばかりか、第一の成人期よりも 幸せで意義深い人生になる可能性が出てきました。  しかし、私一人の人生計画を立てて満足している場 合ではないと、すぐに気づきました。私の気づきをみ んなに伝えなくてはいけません。私か見つけた幸福の 秘訣は、喜びと目的のある人生を求めていて、そのた めの努力を厭わない人であれば、誰でも手に入れられ ます。私たちが人生の前半で征服しようとした世界と は違って、この世界に早い者勝ちの競争は存在しませ ん。全員が成功できるし、全員が今より幸せになれま す。だから、ストライバー仲間であるあなたのために、 本書を書いたのです。  本書を手に取っているということは、あなたはおそ らく成功していて、そのために懸命に働き、たくさん のものを犠牲にし、妥協せずに力を磨いてきたので しょう(正直に言えば、少なくない幸運にも恵まれて きたはずです)。あなたは大いに賞讃され尊敬されて よいはずだし、実際に賞讃され尊敬されているのでは ないでしょうか。でも頭では、こんな宴はずっと続け られないと分かっている。何なら、すでに終わりの兆 候が見えているかもしれません。ただ、不幸なことに、 あなたはこれまで宴の終わりについてたいして考えて きませんでした。だから打てる手が一つしかありませ ん。宴が終わらないようにがんばる。変化を拒否して 今まで以上に働こうとする。  しかしその道を行けば間違いなく不幸になります。 私の専門とする経済学には、1970年代に活躍した 経済学者ハーバートースタインの名を取った「スタイ ンの法則」なるものが存在します。曰く、「永遠に続              − かないものは、いずれ終わる。1」。単純明快でしょ う? まあ、考えてみれば人の命だってそうで、人々 は常にその事実に目をつぶって生きているわけですが。 しかしあなたの場合は、「仕事の成功だっていずれ終 わる」という事実から目をそらし、自分で自分の首を 絞めているのです。このままだと、無駄な抵抗をする うちに、落ちこぼれていくばかりです。  とはいえ、別の道もあります。自分の能力の変化を 否定するのではなく、能力の変化から強みを引き出せ ばいいのです。キャリアの落ち込みを避けるのではな く、乗り越えるのです。そのためには、世間が約束し てくれるもの、神経症と依存症を招くものを手放し、 新しいタイプの成功に目を向ける。これまで手にして いたものより深い種類の幸福を手に入れる。そしてそ の過程でIもしかしたら初めてかもしれませんが I人生の本当の意味を見つけるのです。その「過 程」を説明するのが本書です。その過程によって、私 の人生は変わりました。あなたの人生だって変わりま す。  一言だけ注意を。この道を行くということは、スト ライバーに見られる多くの本能に抗うということです。 たとえば、あなたには次のようなことをお願いするこ とになります。  自分の弱さを否定せず、ありのままに受け止める。  もともとはハードワークの励みになっていたけれど、 今では幸福の足かせとなっている要素を手放す。  特別な存在になることをあきらめてでも、幸福にな れるライフスタイルを取り入れる。  落ち込みと、さらには死と、正々堂々と向き合う。  世俗的な成功を追うあまり、長年顧みてこなかった 人間関係を取り戻す。  ハードワークによって回避しようとしてきた先の見 えない変化に、思い切って飛び込む。  どれも簡単ではありません。年来のストライバーに 新しい成功の秘訣を教えるのは、正直言って骨が折れ ます。あなたにしてみたって、仕事にいっさい妥協せ ず、何事も自力で乗り越えてきた人間からすればあり えないような考え方を受け入れなければいけないので すから、相当な努力がいります。でも、必ずその努力 に見合う見返りが得られます。私はIそしてあなた だってI年々幸福になれます。  私たちはこの先も。力を増し。強さを増して進んで いけるのです。  史上屈指の科学者を5人挙げるとしたら誰? オタ ク系のネット掲示板で盛り上がりそうな質問ですが、 あなたはおそらくその界隈の人間ではないでしようし、 私もあなたをそこに引きずり込むつもりはありません。 でも、あなたが科学に詳しかろうと疎かろうと、その 答えにはチャールズーダーウィンが入っているはずで す。  ダーウィンは、生物学に対する私たちの理解を完全 かつ永久に変えた人物として、歴史に名を刻んでいま す。ダーウィンが与えた影響は途方もなく大きく、 1882年の死後もなお、その名声は揺らぐことがあ りません。  それでも、ダーウィンは自分のキャリアに失望しな がら死んでいきました。  順を追って話しましよう。ダーウィンは両親から聖 職者になることを望まれていましたが、聖職に対する 熱意も適性もほとんど欠いていました。そのため、学 校の勉強には熱心ではありませんでした。本当に勉強 したかったのは科学で、科学に親しんでいるときは幸 福感と生きている実感が得られました。だから、刀一歳 たった1831年、世界中を周航する測量船ビーグル 吁の航海に誘われたのは、ダーウィンにとってまさに 絶好の機会でした。この時のことを、ダーウィンは 「人生で問違いなく最重要だった出来事」と振り返っ ています。その後5年に及ぶ航海では、外来種の動植 物の標本を収集してインクランドへ送り、科学者や一 般大衆を魅了しました。  そのインパクトは大きく、ダーウィンは知る人ぞ知 る存在となりました。27歳で帰国してからは、自然淘 汰説という自説の研究に没頭し、「生物の種は代々変 化し適応することで、何億年もの時を経て現在の動植 物に見られるような多様性を実現した」と唱えました。 その後30年は、自説を発展させ書籍や論文で発表しな がら、着々と名声を築いていきました。そして 1859年、50歳のとき、金字塔となる代表作『種の 起源』を出版します。進化論を説いたこの本はベスト セラーとなり、ダーウィンを一躍有名にするとともに、 科学界を一変させました。  しかしこの頃から、研究の創造性に陰りが見えはじ めます。研究は壁にぶつかり、突破口は開けませんで した。同じ頃、チェコの修道上グレゴールーメンデル (修道名)がダーウィンの研究活動の継続に必要なも のを発見しました。それが、「遺伝の法則」です。あ いにく、メンデルの研究成果はドイツの無名の学術誌 で発表されたため、ダーウィンがそれを目にすること はありませんでしたI仮に目にしても、ダーウィン の数学力や言語力では、内容を理解できたはずもあり ません(前述のとおり、学校で真面目に勉強してこな かったのですから)。後年に膨大な著作を残してはい ますが、『種の起源』以降、ダーウィンの研究活動に はほとんど目新しい進展がありませんでした。  晩年を迎えても、ダーウィンは高い知名度を保って いました。死後は国民的英雄としてウェストミンス ター寺院に埋葬されたほどです。しかし、本人は自分 の研究成果を、満足のいかないもの、不十分で独創性 に欠けるものと考え、歳を経るごとに気落ちしていき ました。友人には、「この歳になると、数年がかりの 研究に取りかかるだけの気力も体力もない」と明かし ています。「悠々自適な暮らしに必要なものはそろっ ているのに、私にとって人生はすっかり退屈なものに        I なってしまった。1」と。  ダーウィンは世間から見れば成功していましたが、 本人から見れば終わっていました。本来なら「悠々自 適」な暮らしを送れるはずと自覚しながら、もはや名 声にも富にも魅力を感じない、と気持ちを吐露してい ました。かつての研究活動のように、前進し新たな成 功を収めることでしか、喜びを感じられなかったので すIそしてそのような働き方は、もはや不可能でし た。だから、キャリアの落ち込みによって不幸になり ました。方々から聞こえてくる話によれば、その憂鬱 が和らぐことのないまま、ダーウィンは73歳で死去し ました。  ダーウィンの後年の落ち込みと不幸は、ダーウィン の功績と同じくらい異例だったと言いたいところです が、残念ながら、そうではありません。むしろ、ダー ウィンの落ち込みはまったくもって正常で、予定どお りでした。そして、ダーウィンのように、がむしやら に働くことで卓越した成果を上げてきた人は、ほぼ確 実に、同じようなパターンの落ち込みと失望に直面し ます。しかも、その時は、思っているよりずっと早く 訪れます。      驚くほど早く訪れる落ち込み  「全力で生き、若くして死に、美しい亡骸を残す」と いう、俳優ジェームズーディーンの信条に従って生き るのでない限り、キャリアと体力と気力の落ち込みは 避けられないことを、あなたも分かっているはずです。 ただ、それはまだまだ先の話だと思っているのではな いでしょうか。  そう思っているのはあなた一人ではありません。大 半の大が、老化も、老化が仕事ぶりに影響するのも、 遠い未来のことだと妄信しています。それなら、いろ いろとおかしな調査結果が出るのも不思議はありませ ん。たとえば、2009年に行われた調査で、「老人 になる」とはどういう意味かを尋ねたところ、アメリ                      ー 力人の回答で最多だったのは「85歳になること。2」 でした。つまり、平均的なアメリカ大(79歳が寿命) は、老人になる6年前に死んでいることになります。  現実をお伝えしましょう。高いスキルを要する職業 であればほぼ例外なく、30代後半から50代前半にキャ リアが落ち込みはじめます。耳が痛い話ですみません。 でも、もっと悪い話があります。ピークが高ければ高 いほど、キャリアは落ち込みはじめたら一気に落ち込 むようなのです。  もちろん、私の言葉を鵜呑みにするわけにはいかな いでしょうから、根拠を見てみましょう。  まず、落ち込みが最も分かりやすく、早期に現れる 例から。スポーツ選手のことです。瞬発力や全力疾走 が必要なスポーツの選手は、20歳から27歳にパフォー マンスのピークを迎えます。一方、持久力を競うス                     ー ポーツ選手のピークは、もう少し遅くなります。3. とはいえ、若い時期であることに変わりはありません。 当然と言えば当然です。第一線で活躍するスポーツ選 手に、60歳まで現役を期待する人はいません。本書の 取材(「体力は何歳頃から落ちはじめると思うか」を 尋ねた調査が存在しなかったので、個人的に話を聞い たのです)に応じてくれたスポーツ選手の大半は、30 歳には別路線の職を見つけなくてはいけないだろうと 考えていました。その現実を、歓迎しているわけでは ないものの、おおむね受け止めていました。  これが、いわゆる「ナレッジワーカー(knowledge worker)」(読者の大半はナレッジワーカーではないで しょうか)となると、だいぶ話が違ってきます。運動 能力やずば抜けた体力ではなく、発想力や知力を求め られる職に就いている人で、70歳より前に落ち込みが 訪れるだろうと語る人は皆無に等しいです。なかには、 落ち込むのは80歳以降ではないかと言う人もいます。 しかし、スポーツ選手と違い、ナレッジワーカーは現 実を受け止めていません。  科学者の例を見てみましょう。ソースウェスタン大 学ケロッグ経営大学院で戦略論と起業家精神論を研究 している教授、ペンジヤミンージョーンズは、科学者 が受賞レベルの発見や重大な発明をする見込みが最も 高い時期について、長年研究しています。その一環と して、I世紀以上歴史をさかのぼり、主な発明家や ノーベル賞受賞者の経歴を調べたところ、大発見をす る時期は30代後半が最も一般的だと判明しました。主 要な発見をする可能性は、20代、30代にかけて徐々に 上昇し、40代、50代、60代にかけて急激に低下すると いいます。もちろん外れ値もあります。しかし70代で 主要な発明をする確率は、20歳で主要な発見をする確                    − 率とおおよそ同じIつまり、ほぼゼロです。4.  きっとそれを実感していたからこそ、ノーベル物理 学賞を受賞したポールーディラックは、「年齢はすべ ての物理学者にとって呪いである」と詠う、愁いを帯 びた詩をしたためたのでしょう。その詩は次の2行で 締めくくられています。    生きながらえるより死ぬほうがいい    30歳をひとたび過ぎた者は  ディラックは20代半ばの研究成果を認められ、31歳 でノーベル賞を受賞しました。30歳を迎えるまでに、 量子場に関する汎論を構築していたのです。量子場は、 ケンブリッジ大学で博上号を取得したときの研究分野 で、当時は24歳でした。28歳には、『量子力学』と題 する、今日も利用されている教本を書きました。30歳 には、ルーカス教授職に就任。さて、問題のその後 は? 学者として活動を続け、画期的な発見もいくつ かしました。しかし初期の活躍にはまったく及びませ ん。それで、先ほどの詩が生まれたわけです。  もちろん、ノーベル賞受賞者は並の科学者とは違う とも考えられます。そこで、ジョーンズらは、物理学、 化学、医学の分野で、頻繁に論文を引用されている研 究者、さらに、特許や多様な賞を取っている研究者に 関するデータを精査しました。すると、以前に比べ、 パフォーマンスのピーク年齢が高齢化していること、 その大きな要囚は、最先端の仕事をするのに必要な知 識がここ数十年で大幅に増えたためであることが分か りました。それでも1985年以降のピーク年齢は 「高齢」とは言えず、物理学者なら50歳、科学者なら 46歳、医学者なら45歳です。その年齢を過ぎたとたん、 革新的な発見や発明が一気に減るといいます。  他の知識分野を専門とする人たちも、基本的に同じ パターンをたどります。作家は40歳から55歳でパ                ー フオーマンスが落ち込みはじめます。5.金融関係者                − は36歳から40歳でピークを迎えます。6.医者はどう でしよう。どうやら30代にピークに達し、その後は                I 年々急激にスキルが衰えるようです。7.診察してく れる医師が、私たち世代にドクター・ウェルビー(訳 注一同名ドラマの主人公。当時60代のロバートーヤ ングが演じた)を連想させる年頃の医師だと、なんと なく安心感があるものですよね。しかし、カナダで最 近行われた研究で、同国の麻酔科医の80%を対象に、 彼らに対する医療訴訟を10年分調査したところ、65歳 を超える医師は、若い(51歳以下の)医師に比べ、 「医療ミスの責任あり」と認められるリスクがI・5 倍であると分かりました。  起業家は、ピーク年齢に関する興味深い例と言えま す。テック企業の創業者は20代で莫大な名声と富を手 に入れることが珍しくありませんが、30歳までに創造 力が衰えることが多いのです。『ハーバードービジネ スーレビュー』誌の報じるところでは、ベンチャー キャピタルから10億ドル以上の出資を受けた企業の創 業者の年齢は、20歳から34歳に集中する傾向があり、 35歳以上は少数です。他の学者はこの結果に異議を唱 え、急成長しているスタートアップの創業者の平均年                  − 齢は、実際は45歳だと主張しています。8.それでも 肝心の結論は変わりません。中年期に入ると、起業家 としての能力はガタ落ちになるのです。最も楽観的な 推定を見ても、60歳を超える創業者は約5%しかいま せん。  このパターンはナレッジワークに限った話ではあり ません。警備から看護まで、熟練労働(を所岔呂) では、思った以上に早く、年齢から来る顕著なパ フォーマンスの低下が見られます。整備上と事務員の ピーク年齢は35歳から44歳であるのに対し、準熟練労 働者(semi-skilled worker)である組立作業員と郵便仕                  − 分け員のピーク年齢は45歳から55歳です。9.航空管 制官は年齢を経るとパフォーマンスが急降下するうえ、 それにより一歩間違えれば致命的な結果を招くため。            − 56歳が定年となっています。10。  パフォーマンスの落ち込みはある程度予測可能です。 ある学者は、特定の職業における落ち込みを不気味な ほど正確に予測するモデルを開発しました。カリフォ ルニア大学デイビス校の教授ディーンーキースーサイ モントンが、「クリエイティブな職」(訳注一独自の アイデアや創造性を求められるさまざまな職業を指し、 作曲家、画家、詩人といった芸術家のほか、学者や研 究者なども含まれる)に就く人々のキャリアの落ち込 みのパターンを研究し、平均的なキャリアの形状を予 測するモデルを構築したのです。何ギガバイトもの データに曲線を当てはめて作られたそのグラフは、図 1のようなものです。  平均すると、「クリエイティブな職」のキャリアは、 およそ経験20年目にピークを迎えるため、おおかた35 歳から50歳の問に落ち込みはじめます。ただこれはさ まざまな分野の平均値であって、実際にはかなりの幅 があることにサイモントンは気づきました。注目した のは、職業別の「半減期」です。半減期とは、その人 が生涯で生み出す仕事の半分が生産される時期を指し ますから、平均すれば図1のグラフの頂点とおおよそ 一致します。このグラフを忠実になぞるかのように20 年目に半減期を迎えるグループが小説家で、小説家は 概してキャリア開始から20・4年目までに半分の仕事 を、20・4年目以降にもう半分の仕事をします。数学 者もこのグラフとほぼ同じで、半減期は21・7年です。 このグラフの頂点より若干早く半減期を迎えるのが詩 人で、半減期は15・4年。若干遅いのが地質学者で、 28・9年となっています。  この研究結果が何を意味するのか、少し考えてみま しよう。あなたが理数系の職業、たとえばデータアナ リストだと仮定します。学業を終えキャリアを開始し たのが刀一歳であれば、おおむね44歳でキャリアのピー クを迎え、その後はスキルが衰えていくことになりま す。ではあなたが人文系の学位を取得したばかりの25 歳の詩人だったらどうでしよう。サイモントンのデー タを見れば、あなたは生涯の仕事の半分をおよそ40歳 までに出し切り、その後は生産性が低下すると分かり ます。一方、あなたが地質学者なら、ピークは54歳近 くになる傾向があります。      私にとって、早期の落ち込みは他人事      ではない  研究開始時に私か特に注目していた点は、この落ち 込みのパターンが、演奏家、特にクラシック音楽の演 奏家に当てはまるかどうかでした。クラシック音楽の 演奏家に目を向けると、高齢になってもとどまるとこ ろを知らず、演奏活動を続けている有名な事例が散見 されるからです。たとえば、コントラバス奏者の ジェーンーリトルは1945年に弱冠16歳でアトラン タ交響楽団に入団し、71年後に87歳で引退しています (ただ、完全に引退したわけではありませんでした。 実は、リトルはコンサートで「ショウほど素敵な商売                 − はない」を演奏中に亡くなっています。12)。  しかし、リトルは極端な例で、ほとんどの演奏家は リトルよりもかなり早く引退します。それでも、遅す ぎるくらいだと言えます。調査に対し、クラシック音 楽の演奏家たちは、30代にパフォーマンスのピークを 迎えると回答しています。しかし若手演奏家が度々不 満を漏らすように、実際は、終身団員のベテラン奏者 が(大学と同様に、オーケストラにも終身在職権が存 在します)、キレを失った後もオーケストラにとどま り、主要な座を占領しています。なぜかと言えば、そ ういうベテラン奏者たちはたいてい、自らの落ち込み を認められないのです。「潮時だと認めるのはとても 難しいことです」と、ピッツバーグ交響楽団に所属す る58歳のホルン奏者は語りました。  「私たちは否定の達人です。今こうして成功している のは、この職業で成功する絶望的な確率を認めず否定 しているからです。発達の初期であれば、否定は強み       I になるんです。13」  このホルン奏者は私ではありませんでしたが、パラ レルワールドであれば私もそうなっていたかもしれま せん。  実は、子どもの頃、一途に追っていた目標がありま す。それが、世界一のホルン奏者になることでした。 毎日何時間も、ひたすら練習を繰り返し、合奏団を見 つけては参加していました。寝室の壁には有名なホル ン奏者の写真を貼り、気持ちを奮い立たせていました。 あらゆる最高峰の音楽祭に足を運び、シアトルに住む 下位中流階級の子どもが指導を受けられる範囲で、最 高の先生方に指導してもらいました。常に演奏の腕は トップで、首席奏者でした。  幼い頃からの夢が叶うかもしれないと思っていた時 期もあります。19歳のとき、大学を辞め、室内楽団に 入り、プロの演奏家として各地を巡業するようになり ました。年間100回のコンサートを開き、特大のワ ゴン車で全国各地を回りました。医療保険には入って いなかったし、賃料の支払いにはいつも悩まされまし たが、21歳までに全米50州と海外15力国を巡り、アル バムを複数出しました(たまにラジオからそのアルバ ムの曲が流れてくることもありました)。できれば20 代のうちにクラシック音楽奏者になり、数年後には一 流の交響楽団に入り、いずれはクラシック音楽奏者に とっては最高職に当たる、ソリストになることを夢見 ていました。  しかし、20代前半に、奇妙なことが起きました。不 振に陥ったのです。理由はいまだに分かりません。演 奏技術が落ちはじめ、原囚の見当がつきませんでした。 何をしてもだめでした。有名な指導者を訪ねていっそ う練習に励みましたが、かつてのレベルには戻れませ んでした。簡単だった曲が難しくなり、難しかった曲 は演奏不能になりました。  空回りだらけだった若かりし頃のキャリアの中で最 悪たった瞬間は、ニューヨーク市のカーネギーホール での一幕でしょう。これから演奏する曲について簡単 な紹介をしていたとき、前に出て足を踏み外し、客席 へ落下したのです。コンサートの帰り道、これは神様 からの警告に違いない、とつくづく落ち込んだもので す。  それが誰からの警告だったかは別として、私はその 警告に耳を貸しませんでした。「名ホルン奏者」にな る以外の自分なんて考えられませんでした。あきらめ るくらいなら、死んだほうがましです。  それからさらに9年、ほそぼそと音楽活動を続けま した。25歳のとき、バルセロナ市管弦楽団に入団しま した。練習を増やしましたが、腕は落ちる一方でした。 数年後、フロリダにある小さな音楽学校の教職に就き ました。ある日突然事態が好転することを願っていま したが、その願いは実現しませんでした。  音楽一本に絞るのは危険かもしれないと悟った私は、 妻以外の人には内緒で(みっともなくて言えなかった のです)大学に入り直し、通信で学びました。そして 教授に会うことも教室に足を踏み入れることもないま ま、30歳の誕生日の1ヵ月前に経済学の学上号を取得 しました。私にとって、卒業した日とは、サンダルを 履いて郵便受けまで卒業証書を取りに行った日です。 封筒にはでかでかと大文字で「折り曲げ厳禁」と書か れていました。封筒は見事に折れ曲がっていましたけ どね。  私はひそかに夜の勉強を続け、1年後に経済学の修 上号を取得しました。その間もホルンの練習は欠かさ ず、音楽家として生計を立て続けました。「いつかス キルが戻るのでは」という一縷の望みを捨てられずに いたのです。  しかし、スキルは戻りませんでした。そんなわけで 31歳のとき、私は敗北を認めました。このまま音楽活 動を続けても、低迷の続く音楽家としてのキャリアを 立て直すことはできない、と。でも他にどうやって生 きていけばいいでしょう? 私はしぶしぶ家系の先例 に倣いました。父は大学の教員で、祖父も大学の教員 でした。私は音楽家として生きていく志を捨て、博上 課程に入ったのです。  なにしろ、人生は続くわけですから。まあそんな感 じで、勉強を終えた後は、大学教授として社会科学の 研究と教育に携わり、その仕事を大いに楽しんできま した。それでも、愛してやまない最初の、そして本当 の天職のことを考えない日はありません。今でも、ス テージに立っている夢を定期的に見ます。オーケスト ラの響き。演奏を聴く聴衆の姿。私は音の流れに酔い しれ、ゾーンに達し、かつてないほど最高の演奏をし ている……ゝつちに目が覚め、幼少期の憧れが幻に終 わったことを思い出します。  実は、私は運がいいのです。今なら分かります。私 の落ち込みは決まっていたことで、ただ通常より10年 か20年早く「その時」が訪れただけだと。おかげで、 まだやり直しのきく時期に現実を受け入れ、系統の異 なる頭脳労働に方向転換することができました。それ でも、若くして経験した落ち込みを考えると胸がチク リと痛み、文字にするのがつらいほどです。こんな事 態は二度と起きやしないさ、と自分に言い聞かせまし た。  しかしもちろん、データは嘘をつきません。落ち込 みは、また発生するのです。      キャリアが落ち込む理由と、その影響  ほとんどの人にとって、落ち込みは嫌な不意打ちと いうだけでなく、大きな謎でもあります。私たちは早 い時期に「継続は力なり」だと学びます。1万時間と いった膨大な練習をこなせば特定の分野を究められる、 と伝える研究結果が山ほどあります。言い換えれば、 人生には「やればやるほど上達する」という方程式が あるのです。  しかし、そううまくはいかないのも事実。図1を見 れば分かるように、上達のグラフは右肩上がりではあ りません。では、下降はなぜ起きるのでしょうか?  初期の研究では、「年齢とともに知能が低下するた め」という説が唱えられました。研究者たちが全世代 の純粋な認知能力(IQ)を比較したところ、一貫し て、若い人のほうが年配の大より断然lOか高かった のです。この結果から、「IQは加齢に伴い低下する、 ゆえに能力も低下する」という見解が生じました。し かし、この分析には根本的な欠陥がありました。どち らかといえば高い教育を受けてきた大たち(おおむね 若年層)と教育の機会にあまり恵まれなかった大たち を比較していたのです。現在では、個人の経過を長期 的に追った結果、年齢による知能の低下は過去の研究                   − が示すほど顕著ではないと判明しています。14。  より有力な説として、脳の組織が変化すること、特 に前頭前皮質(額の裏側に位置する部位)のパフォー マンスが変化することが挙げられます。前頭前皮質は、 幼児期には最後に発達し、成人期には最初に衰えはじ める部位です。ワーキングメモリーや実行機能、抑制 機構(目の前の任務と無関係な情報を遮断することで、 集中力や核となるスキルを高める能力)を担う、中枢 機関でもあります。前頭前皮質が大きく、よく発達し ている人は、訴訟にしろ手術にしろバスの運転にしろ、 自分の専門分野で上達していけます。  中年期に入ると、前頭前皮質の働きが落ちます。そ れにより、次のような影響が考えられます。第1に、 前述の落ち込みの根拠を見れば予測できるとおり、素                     − 早い分析や創造的な発明がしにくくなります。15。第 2に、マルチタスク処理など、以前は簡単にできたい くつかのことがひどく困難になります。年配の人は若 者よりかなり気が散りやすいのです。10代の子どもが いる(いた)人は、「音楽を聴いたりメールを打った りしながら勉強するのは、効率が悪いからやめなさ い」と子どもに言ったことがあるかもしれません。し かし実は、「ながら勉強」ができないのは、子どもで はなく、あなたなのです。だからむしろ、自分の助言 を自分で実践し、スマートフォンと音楽を切り、完全 に無音の場所に行って考え働けば、認知力が高まりま  I す。16。  もう一つ困難になるのが、名前と事実を思い出すこ とです。50歳になる頃には、あなたの脳はニューヨー ク公共図書館並みに情報であふれかえっています。あ なた専属のレファレンス係は、あちこちガタがきてい て、仕事が遅く、すぐに気が散ります。あなたから必 要な情報(たとえば、人の名前)を探すように言われ ると、えらくゆっくりと腰を上げ、寄り道してコー ヒーを飲み、雑誌コーナーで見つけた旧友とおしゃべ りをするうちに、そもそもの目的地を忘れてしまいま  I す。17。あなたはというと、昔から知っていることを 思い出せずにイライラします。ようやくレファレンス 係が戻ってきて「あの人の名前はマイクです」と告げ る頃には、マイクはとっくにいなくなっていて、あな たは別のことをしているのです。  このように、何かともどかしさはありますが、なか には落ち込みに極めてうまく対処する大もいます。 ノーベル物理学賞の受賞者ポールーディラックもその 一人です。物理学者は30歳を過ぎたら終わりだ、とい う哀愁漂う短い詩をつづった、あの物理学者です。 ディラックが最も重要な研究をし、最高の生産性を発 揮したのは、まぎれもなく20代から30代前半にかけて でした。30代後半以降も学者として活躍し立派な仕事 をしましたが、かつてほどではありませんでした。  それでも、その状況を最大限に活かしました。まさ に熟年の天才がその天才ぶりを発揮したとしか思えま せんが、70歳のとき、寒々しいケンブリッジを離れ、 フロリダ州立大学の教授を引き受けたのです。そして 晩年は日光浴や水泳をして過ごしました。フロリダ州 立大学で授業がある日は毎回、大学生だちと昼食をと もにし、昼食後は昼寝をしました。論文も発表し続け ましたが、劇的な結果は出せませんでした。最後の論 文は、最後まで答えの出せなかった研究課題について 書いたもので、次のような正直な言葉で締めくくられ     I ています。18。  「私は長年答えを探してきた(中略)がまだ見つけて いない。私も可能な限り研究は続けるが、他の人がこ の系統の疑問を追ってくれることを期待している」  残念ながら、ディラックのように運命を平静に甘受 する人は例外的です。たとえば、ライナスーポーリン グを見てみましよう。ポーリングは、史上で唯匸 まったく異なる分野で2つのノーベル賞を獲得しまし た。ディラックなど大多数の例と同様、ポーリングは 20代のときに自分史上最大の発見をしました。そして 30代のとき、過去10年間の研究結果をまとめた代表作 『化学結合論』を書き、1954年、数十年前に行っ た化学結合の研究により、ノーベル化学賞を受賞しま した。  数々の大発見をした後は、科学研究も続けたものの、 政治的変革を訴える活動に、より時間を割くようにな りました。この活動は、一部の人々からは注目を保つ ための売名行為とみなされています。第二次世界大戦 後は反核運動に傾倒しました。ノーベル化学賞受賞者 かつ原子爆弾を開発した科学者たちの同世代人として、 アメリカ合衆国およびヨーロッパで反戦運動を繰り広 げ、一躍時の人となりました。  こうして1962年、冷戦の真っ只中に、核実験廃 止運動の功績が認められ、ノーベル平和賞を受賞しま した。その結果、当然ながら、政治運動家として物議 をかもすこととなりました。一部の人からは英雄視さ れ、別の一部の人からは悪党とみなされたのです。後 者の人たちは、ポーリングが1970年にソビエト連 邦から国際レーニン平和賞を授与され、辞退しなかっ たことを特に問題視しました。  常に今日的な影響力を示すことに貪欲だったポーリ ングは、その後、疑似科学的な概念を広め、一時的に 流行させました。たとえば、「鎌状赤血球症などの特 定の遺伝子疾患を持つ人は、結婚相手になるかもしれ ない人たちにそのことを警告するために、目立つ刺青 を入れるべきだ」という信念のもと、優生学を推進し ました。また、それ以上に有名な話として、「ビタミ ンを摂取すれば、がんをはじめとする多くの病気は治 り、寿命も大幅に延びる」という自説に大変なこだわ りを見せ、「分子矯正精神医学」と銘打って、精神疾 患に対するビタミン大量療法を推進しました。  おそらく、ビタミンCを大量に摂取すれば風邪を予 防できるという話を聞いたことがある人もいるでしょ う。この説は、ポーリングが1970年に発表した有 名な著書に由来していますが、ポーリングが後年に発 表したほぼすべてのアイデアと同様、「科学的根拠が ない」として度々否定されてきました。ケンブリッジ 大学の教授スティーヴンーケイヴによれば、ポーリン グは医療界の主流派から偽医者扱いされることになり、 人生最後の数十年は、科学雑誌で論じられた自説への                    I 批評を弾劾することに明け暮れたといいます。19。      必要とされなくなる苦しみ  ポーリングが落ち込みを受け入れられなかったのは、 能力が落ちるにつれ、世間の要求に適合できなくなっ たからに違いありません。有名か無名かに関係なく、 かつては尊敬してくれた相手の期待に応えられない、 もっと言えば、役立たずだと感じることほど、むなし いことはありません。本書のための調査でも、その嘆 きを繰り返し耳にしました。たとえば、ニューヨーク で希少書の卸売業を営むある男性に話を聞きました。 男性は自分の職業を愛し、自分のキャリアを楽しんで いました。でも今は……と私か語るより、本人に語っ てもらいましよう。     私は希少書の卸売り一筋でやってきました。    24歳のときからずっとです。ありかたいことに、    たくさんの有名人の書を扱ってきました。ボ    ブーディラン、ジョンーアップダイク、J・    M・クッツェー、ウッドワード、バーンスタイ ン、まだまだありますよIウォー、パウンド、 チャーチル、ルーズベルト。20年前はパー ティーに参加すると、みんなが寄ってきたもの です。「お宝を求めて旅したり、取引を成立さ せたりしたときの逸話が聞けるはずだ」つてね。 でもここ数十年、私はテーブルの向かい側にい る人たちの目を通して自分を見つめるようにな りました。あの人たちの目に私はどう映ってい るんだろう、と。たぶん、「大昔の話じゃなく 昨日の話をしてくれよ」と思われているんで しようね。  一流大学で事務の要職に就いている50歳の女性から は、こんな話を聞きました。     高度なソフトが開発されて、人の目でダブル    チェックをしなくていいくらいに人的エラーを    減らせるようになつたら、私はお払い箱です。    あと5年か10年、持つかどうか……勤務中は、    当面、落ち込みを隠さないといけません。一生    隠し続けるのは無理だと分かつてはいますが。    収入を失わずに方向転換できるだけの時間が欲    しいんです。でもいつか解雇されたら、その時    はその時。人生、なるようにしかなりません。  50歳の高名な女性ジャーナリストの話も聞いてみま しよう。     1日10時間の激務にまた飛び込もうという気    になれない日が多いです。睡眠不足や頻繁な出    張は、体に負担になります。昔はすぐに体力が    同復しました。でも今は違います。同僚たちは、    だいたい40代にパフォーマンスががっくり落ち    ました。第三者である私から見ると、どうも飽    きがきたようでした。みんな、重い足を引き    ずって、市議会、高速道路上の事故、殺人事件、    税金関係の話題などの取材に向かっていました    I何年も、何百回も扱ってきた内容ばかりで    す。うんざりしていました。  2007年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校と プリンストン大学の学術研究班が、1千人以上の高齢 者のデータを分析しました。その結果はごO呂邑Of (aerontology(ジヤーナルーオブージェロントロ ジイ)』誌で発表され、自分は「役に立っているとは まったく思わない」、もしくは「ほとんど思わない」 高齢者は、「役に立っているとよく思う」高齢者に比 べ、軽度の障害を発症するリスクが3倍に近く、その 研究期間中に亡くなるリスクも3倍以上でした。  あなたは、「世の中に自分の価値を示せた時期が一 度でもあれば十分だ」と答えるかもしれません。莫大 なお金と権力と威信を積み上げようとしている人たち は共通して、人生とはそういうものだと思い込んでい ます。一度成功すれば人生「上がり」だ、人生は宝探 しだ、と。つまりこういうことですI一山当てれば、 たとえ栄光の日々が過ぎようと、残りの人生はそのお 宝で楽しく幸せに生きていける。お金持ちになって、 早く引退しよう。有名になって、ブームが去ったら過 去の成功に浸って生きていこう。この考えを大学教授 という私の職業に当てはめるなら、終身在職権を手に 入れれば安泰だ、昔のように成功できなくなったら過 去の功績を思い出して楽しめばいいじやないか、とい うことです。  この基準で考えれば、「はじめに」で出てきた機内 の男性は、世界一幸せな人間だったはずです。男性は 富も名声も手にしていて、昔の功績により尊敬されて いました。いわば勝ち組です。その意味ではダーウィ ンとポーリングも同じです。しかし3人はまったく幸 せではありませんでした。なにしろ、幸福の基準が甚 だしくずれています。そもそも、出世競争に勝てば幸 福になれるという前提自体が、完全に間違っているの です。むしろ、機内の男性が「人並の」人生を送って いたなら、つまり人並外れた功績を上げていなければ、 あれほどの無力感に苛まれることはなかったかもしれ ません。  この考え方はさしずめ、「職業的威信と苦悩の相関 法則」と呼べるかもしれません。要するに、落ち込み による苦悩の程度は、過去に培った威信の大きさと、 威信への執着度に直接関係しているのではないでしょ うか。高い期待を抱かず、たいした業績を上げない人 (または、高い業績を上げても仏並みに無心で、職業 的威信に執着せずにいられる人)は、おそらく、キャ リアが落ち込んでもあまり苦しみません。でも、卓越 した業績を達成し、そのために深く打ち込んできた人 は、避けられない凋落に直面したときに、激しい虚無 感に襲われる可能性があります。それが苦悩の正体で す。  若くして偉大な才能を発揮し、素晴らしい功績を上 げたからといって、必ずしもその後の苦しみを減らせ る保証はありません。むしろ、仕事で権力と業績を追 い求めてきた人は、そうでない人に比べ、引退後に不            − 幸になる傾向があります。20。  それどころか、幼少期にギフテッド(訳注一先天 的に平均より著しく高い知的能力を有する人)と認め られるだけでも将来苦しむ可能性がある、と指摘する のが、テキサス大学オースティン校の心理学者キヤロ                     ー ルーホールハンとチャールズーホールハンです。21。 2人は、幼少期に公的にギフテッドと認められた数百 人の高齢者を調査し、次のように結論づけています。  「ギフテッドを対象とする調査のメンバーに自分が 人つていると知らされたときの年齢が若いほど(中 略)、80歳時点の精神的な幸福度が低いという相関が 見られた」  ホールハンの調査結果は単に、高い期待に応えるの は困難だということ、そして、「お前は天才だ」と伝 える育児は避けるべきだということを示しているだけ かもしれません。しかし、高い業績が出せなくなると、 その高い業績が裏目に出ることを示す根拠もあります。 プロスポーツ選手に目を向けると、スポーツ選手とし てのキャリアを離れたとたんにひどく苦しむ人がたく さんいます。依存症や自殺などに至る悲劇的な事例で あふれています。そう考えると、スポーツ選手は引退 したらI少なくとも一時的にはI不幸になるのが むしろ普通なのかもしれません。  私は1996年にオリンピックで体操の金メダルを 取ったドミニクードーズに、世界最高レベルで戦い抜 いた後の生活をどう感じているか尋ねました。すると、 普通の生活を楽しんではいるけれど、新しい生活に適 応するのは簡単ではないし、まだ適応しきれていない、 とのことでした。「オリンピック選手としての自己を 追求していけば、結婚生活は破綻するでしょうし、子 どもたちにも引け目を感じさせてしまうでしょう」と ドーズは率直に語ってくれました。「毎日がオリン ピックであるかのように生きれば、周りを不幸にする だけです」。オリンピック後は、とてつもなく高い業 績を達成した人たちが落ちる落とし穴を、巧みに避け て生きてきました。良い結婚生活と子どもに恵まれ、 カトリックの信仰にも真面目に取り組んでいます。過 去を生きてはいません。多くのスター選手は、これは どうまくいっていません。  栄光を蓄えておいて遠い将来の楽しみにすることが できない以上、本書で後ほど取り上げる「不満」とい う問題が出てきます。人間は単純に、昔の栄光を楽し めるようにはできていません。止まらないランニング マシンに乗っているようなものです。成功による満足 感はあっという間に過ぎ去ります。立ち止まって満足 感を味わうわけにはいきません。足を止めれば、一瞬 で転げ落ちます。だから私たちは、次の成功が、つま り前回以上の成功が、私たちの渇望する不滅の満足感 をもたらすことを願って、ひたすら走り続けるのです。  そうなると、落ち込みは二重の苦しみをもたらしま す。不満感を回避するには、常にこれまで以上の成功 を収めないといけないのに、現状の成功を維持する能 力は低下していくのです。いえ、実は苦しみは三重で す。現状の成功を維持しようとすれば、仕事依存など の依存症的な行動パターンに陥り、不健全なほどそれ にのめり込み、配偶者や子どもや友人との深いつなが りを犠牲にしてしまいます。ランニングマシンから転 げ落ちる頃には、抱き起こしてはこりを払ってくれる 人は、一人も残っていないのです。  こうして、高い目標を達成した人たちは悪循環に陥 ります。落ち込みに怯え、頻度が下がり続ける勝利に 不満を覚え、ますます遠い過去になってゆく成功にし がみつき、孤立します。世間を見回したところで、あ なたの利用できる支援があふれているわけではありま せん。成功者を憐れむ人はいません。快適な生活を 送っているストライバーが、「実は悩んでいるんです」 と訴えたところで、贅沢な悩みだと思われるだけです。  しかし、その悩みは現に存在するのです。      私たちはここからどこに向かうか  ストライバー仲間のあなたに、結論をお伝えしま しよう。あなたは懸命に働いてうらやましいほどのス キルを手に入れ、その道で成功したわけですが、その スキルは、早ければ30代、遅くとも50代前半には大幅 に落ち込みます。絶対にです。嫌な話ですね。申し訳 ありません。  ではその落ち込みにどう対応しますか? あなたは 今からくぐるドアを選択できますが、そのドアは3つ しかありません。 I.やがては落ち込むという事実を否定し、落ち込み   に抵抗するI待っているのは挫折と失望です。 2.あきらめて落ち込みに屈するI老化は避けられ   ない悲劇だと思いながら生きていくことになりま   す。 3。現在のあなたを作った仕事を続けても、未来はな   いことを受け入れるI新しい強みとスキルを身   につけなくてはいけません。  3を選んだ方、おめでとうございます。あなたには 明るい未来が待っています。でも、それを実現するに は、一連の新しいスキルと、一つの新しい考え方が必 要です。  落ち込みは避けられません。身も蓋もありませんね。 でも歳を取るのは悪いことばかりではありません(孫 と遊べるとか、サラソタの分譲マンションで優雅に暮 らせるとかいう意味ではありませんよ。それはそれで いい話ですけどね)。実は、年齢とともに自然と向上 する知能やスキルがあるのです。歳を取るほどに向上 していくためのコツは、そうした新しい強さを理解し、 養い、実際に発揮することです。それができればI やり方はこれからご説明しますから、心配はいりませ んI落ち込みが、途方もない新しい成功に変わりま す。  高齢者を見ていて、一向に会話力が落ちないな、と 思ったことはありませんか? 高齢者は若い頃よりも 豊富な語彙を身につけている傾向があります。この高 い語彙力はさまざまな能力につながります。たとえば、 高齢者は単語作成を競う「スクラブル」が得意だし、 外国語の習得も上々です(アクセントを完璧にするの は苦手でも、語彙の増強、文法の理解に長けていま す)。高齢者に見られるこうした特徴は、研究により 裏づけられています。母国語であれ外国語であれ、死                         − ぬまでずっと、語全力は落ちずに伸びていくのです。 −  また、複雑なアイデアを組み合わせて活用する能力 は高齢者のほうが高いことに気づく人もいるかもしれ    I ません。2.言い換えれば、高齢者は、若い頃のよう な画期的な発案や、素早い問題解決はできないかもし れませんが、既知の概念を使ったり、既知の概念を他 者に表現したりするのは相当うまくなっています。他 人のアイデアを解釈するのも得意で、ときには発案者 本人に、その意味を分かりやすく解説してあげること さえできます。  以上のことは、私自身も実感しています。私は若い 頃スペインに住んでいて、バルセロナとアメリカとの 往復生活を30年以上続けています。バルセロナにはス ペイン語とカタルーニャ語という2つの公用語があり、 バルセロナに住んでいたときはどちらも堪能でしたが、 アメリカに住んでいる間に少々下手になりました。し かし妙なことに、50歳あたりから両言語の能力が向上 しはじめ、今ではバルセロナに住んでいた頃を上回る ようになりました。社会科学者としても同様の体験を していて、キャリアの初期よりも今のほうが、データ からストーリーを組み立てて説明するのが得意です。 過去に書いた論文を今書けと言われたら書けないと思 いますが−20年前にやった研究の計算を理解できな いときもあるくらいですからI研究から導き出した 個々の洞察が互いにどう関係しているのか、その洞察 を人生にどう活かしたらよいのかは、説明できます。 だからこそ、今こうして、数式を駆使した難解な学術 論文ではなく、本書を書いているわけです。昔はアイ デアを考案し、今は自他のアイデアを統合しているの です。  人生の後半に現れるこうした能力は、特定の職業と 相性が良いです。たとえば、サイモントンのデータの 予測どおり、論理数学者は早くにピークと落ち込みを 迎えます。しかし、応用数学者(数学を用いて、商売 上の問題など実在する課題を解決する学者)は、論理 数学者よりかなり遅れてピークに達します。応用数学 者は既存のアイデアを組み合わせ活用することを専門 としており、そのスキルは高齢者に有利だからです。 既存の事実やアイデアを組み合わせる職業の典型例で ある歴史家はどうでしようか。なんと、落ち込みの通 常の範囲から大きく外れ、キャリア開始から平均39。 7年後にピークを迎えます。この事実は何を意味する のでしょう。仮に、あなたがプロの歴史家を志し、32 歳で博上号を取得するつもりだとします。この場合、 残念ながら、50代になっても、あなたはまだまだ駆け 出しです。しかし嬉しいことに、72歳になっても、半 分以上やれる仕事が残っているのです’・ 80歳に代表 作を書けるように、いっそう健康に気をつけましょう。  今説明した事柄をばらばらに受け止めると、人生に 活かせるような具体的な戦略はほとんど見えてきませ ん。せいぜい、「スクラブルの一流選手になろう」、 「歴史学の博上吁を取ろう」といった程度ではないで しょうか。しかし、これらの事象は、けっしてばらば らではないのです。1960年代に、レイモンドー キャッテルというイギリスの心理学者が、このような 事象が生じる理屈の解明に乗り出しました。キャッチ ルが見つけた答えは、ストライバーの呪いを打破し、 あなたの人生を変える可能性があります。      2つの知能  1971年、キヤツテルは『Abilities: Their Structure「 Growth「 and Action(能力Iその構造と成長 と作用)』を出版し、「人には2種類の知能が備わって いるものの、各知能がピークを迎える時期は異なる」 と提唱しました。  うち1つ目の知能が、「流動性知能」です。キヤツ テルの定義では、推論力、柔軟な思考力、目新しい問 題の解決力を指します。一般的に、生得的な頭の良さ と考えられている知能で、読解力や数学的能力と関連                   − があることが研究で明らかになっています。3.革新 的なアイデアや製品を生み出す人は、概して流動性知 能が豊かです。知能テストを専門としていたキヤツテ ルの観察では、流動性知能は成人期初期にピークに達 し、30代から40代に急速に低下しはじめました。  このことから、若い人は生まれながらにして、ゼロ から新しいアイデアを生み出すのに最も向いている、 とキヤツテルは考えました。もしキヤツテルが今生き ていれば(長寿をまっとうし、1998年に92歳で亡 くなっています)、ここまでの本書の内容を読んで、 すぐにこう言うことでしょうI「ブルックス君、君 が話しているキャリアの落ち込み、つまり初期の能力 があまりにも早く衰えるという話は、流動性知能の衰 退によるもので、ハードワークで成功した人たちはほ ぼ全員、キャリアの初期は流動性知能に頼っていたの だよ」と。  キャリアの早期に成功を収め、アイデアの考案や困 難な問題の解決を伴う仕事をしていた人は(本書のほ とんどの読者が該当するに違いありません)、流動性 知能のおかげで成功したのです。現代産業で若くして ずば抜けた業績を出す人はほぼ例外なく、流動性知能 に頼っています。覚えが早く、重要なことに専念し、 解決策を考案します。残念ですが、本書でここまで詳 細に検討してきたように、加齢による流動性知能の低 下は、ふつう避けられません。繰り返しになりますが、 だからこそ、あなたは本書を読んでいるのでしょう。  でも、「流動性知能は低下します」で話は終わりで はありません。その続きがキヤツテルの研究の肝なの です。知能は流動性知能だけではありません。「結晶 性知能」も存在します。結晶性知能とは、過去に学ん だ知識の蓄えを活用する能力です。再び大図書館にな ぞらえて考えてみましよう。ただし今回は、レファレ ンス係の仕事が遅いと嘆くのではなく、レファレンス 係がうろつきまわる空間にある蔵書の膨大さに、目を 見はってください。多少の時間はかかるにせよ、レ ファレンス係が目当ての本の所在を知っていることが いかにすごいことか、考えてみてください。レファレ ンス係の働き方を見れば分かるように、結晶性知能は 知識の蓄えに依存するため、40代、50代、60代と年齢 を経るほど向上します。仮に減少するとしても、人生 の終盤になってからです。  キヤツテル自身は2つの知能を次のように説明して います。「(流動性知能は)抽象的な問題を解決する脱 文脈化された能力であるのに対し、結晶性知能は、人 が生きるなかで文化的適応と学習によって獲得した知       − 識に相当する。4」  言い換えれば、こういうことですI若いときは地 頭に恵まれ、歳を取ったら知恵に恵まれる。若いとき は事実をたくさん生み出せるし、歳を取ったらその意 味と使い方が分かるようになる。  少々話を整理しましよう。キヤツテルの説によれば、 第1章で出てきた図1の生産性曲線は、実質的に流動 性知能の曲線で、30代半ば頃まで上昇し、40代、50代 にかけて低下します。その一方で、流動性知能の裏に はもう1つの曲線、つまり結晶性知能の曲線が潜んで いて、こちらは成人中期から後期を通して上昇してい きます。この考えを表したものが図2です。  これは、あなたにとっても私にとっても、大きな、 実に途方もない発見です。というのも、流動性知能だ けを頼りにキャリアを積んでいれば、かなり早期に ピークと落ち込みを迎えますが、結晶性知能の必要な                丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶 キャリアを積んでいるか、もっと結晶性知能を活かせ 丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶 るようにキャリアを再設計できれば、ピークが遅れる 代わりに、落ち込みの時期もI来ないとは言わない までもIかなり先に延ばせるのです。  この点を踏まえて、前述した各職業のキャリア曲線 を説明するとどうなるでしょうか? テック企業の起 業家などの場合は、キャリア曲線は流動性知能曲線と 実質同じです。だからこそ、あれほど若い時期にキャ リアが落ち込むのです。しかし他の分野、2種類の知 能を混ぜ合わせる必要のある分野だと、キャリアの頂 点が多少後ろにずれます。そして、脳内の膨大な蔵書 と、それを活用する能力にほぼ全面的に頼っている キャリアだと、ピークは人生のかなり遅い時期に訪れ ます。  いずれ流動性知能の落ち込みに見舞われることは、 まず確実です。しかし、革新中心のキャリアから、指 導中心のキャリアへとキャリアを年々再設計する能力 は失われませんから、加齢による強みを発揮すること は可能です。この再設計が比較的容易なキャリアもあ ります。たとえば、歴史の研究では、大量の知識と知 恵を蓄えて統合する必要があり、ほぼ100%結晶性 知能によって成り立つ分野です。  しかし、結晶性知能を活かしやすい、もっと一般的 な職業もあります。その最たる例が、教師です。話術 と、大量の蓄積された情報を説明する才能が求められ る職業です。教職が若者より高齢者に向いているのは、 不思議でも何でもありません。『The Jouヨal of Higher 回肓注目(ザージャーナルーオブーハイヤー・エ デュケーション)』誌に掲載された近年の研究では、 大学学部内でも特に高齢な教授たちの指導が最も高く             I 評価される傾向にありました。5.その傾向が特に顕 著だったのが人文系学部で、人文系学部の教授たちの 評価点は、キャリア初期が最低で、60代と70代にかけ て改善していました(本書をお読みの大学生に匸一。肖。 高齢な教授の授業を取りましよう)。  この晩年に成功する傾向は、大学教授の在職期間が 長くなるI囚になっていると思われます。大学教授の 4分の3は65歳以降に引退を予定しています(いっぽ                    I う、アメリカ人の引退の平均年齢は62歳です。6)。 この話で思い出すのが、大学院を卒業して助教授と なった1年目のある日、60代後半の同僚と話したとき のことです。引退を考えたことはありますか、と私か 尋ねると、同僚は笑いながら、「僕がここを去るのは 生きているときじゃなくて死んだときじゃないかな」 と答えました。  この言葉を学長が聞いたら、苦笑いしたことでしょ う。大学の管理職たちの言い分は分かります。終身在 職権を持つ教授陣は、キャリアの最後の数十年に入る と研究の生産性が顕著に落ちるし(研究の生産性は流 動性知能に左右されます。分析的な研究であればなお さらです)、高齢の教授たちでポストが埋まっている せいで、本来雇用できるはずの、研究に積極的な(か つ流動性知能にあふれた)若手の学者を雇用できない じやないか、というわけです。しかし、そこにチャン スがあるのです。立てるべき問いは「高齢の教授陣を 剌激し、学術雑誌用の複雑な論文を書かせるにはどう したらよいか」ではなく、「職位をはく奪せずに、こ れまでの発見や経験を教職に活かしてもらうにはどう したらよいか」です。  晩年に入ったら指導に回るという考え方は、古今東 西の偉大な知恵文学に見られるテーマです。オイゲ ンーヘリゲルの名著『弓と禅』では、弓道の老師が次 のように言っています。「燃えるろうそくで他者のろ うそくに火を灯すのと同じように、師というものは、 火種となる正しい術の精神を心から心へと灯すので す」  紀元前I世紀に政治家、弁護上、学者、哲学者とし て活躍したマルクスートウツリウスーキケロの知恵も 借りましよう。キケロは当時の声を現在に伝える最重 要人物で、キケロが生きた時代のラテン文学のうち。                      − 現存する文学の4分の3は、キケロの著書です。7. キケロは晩年、『義務について』と題する息子宛ての 公開書簡を書き、高潔な人が負うべき責任について 語っています。その大部分は若者の義務について語ら れていますが、人生の後半の職業にも触れています。     老人は(中略)肉体労働を減らし、頭を使う    活動を増やすべきであるように思う。相談に    乗ったり、実用的な知恵を教えたりして、友人    や若者、そして何より国家にできるだけ奉仕す    るよう努力すべきだ。8.  キケロは歳を取ってからの生き方について3つの信 念を抱いていました。第1に、ぐうたらせずに、奉仕 に専念すべきであること。第2に、晩年に恵まれる最 大の強みは知恵であり、学習と思考から生み出す世界 観によって、他者を豊かにできること。第3に、晩年 ならではの才能を活かす手段が相談を受けることであ り、お金や権力や名声といった世俗的な見返りを狙わ ずに、他者を指導、助言、教育すべきこと。  ちなみに、キケロは良い助言をしただけではなく、 その助言を実践して生き、その助言を貫いて死にまし た。当時は、政治的な提言をする知識人にとって危険 な時代でした。現代は「キャンセルカルチャー」に悩 まされていますが、キケロは攻撃的な思想が原囚で (特に、ユリウスーカエサルが殺害された後、マルク スーアントニウスを弾劾したことが仇となりました)、 63歳のときに暗殺されたのです。自らの政治観が仇と なり命からがらに逃亡したものの、ローマの百人隊長 にとらえられ、まさに殺されようというときのことで す。結晶性知能がピークを迎えたキケロは死の間際も 教師で、「あなたがやろうとしていることは、まった く適切ではない。でも殺すなら適切に殺してみなさ                 I い」と百人隊長を指導したそうです。9.  2年ほど前、シリコンバレーにある有名なテック企 業の従業員向けに講演をしたところ、結晶性知能に よって可能になる教える才能について、考えさせられ た出来事がありました。話を終えると、聴衆の青年か ら、ハイテク業界における多様性の問題について質問 されました。技術職には少数派の人種や女性がほとん どいないことを問題視しているとのことで、私は喜ん でそれに対する意見を述べました。続いて、その機に 乗じて、若手が席巻するハイテク業界に、年齢の多様 性について考えたことのある人がいるか尋ねてみまし た。「この会社では高齢者は足りていますか?」とい う質問に対する青年の答えは、実に勉強になりました。 「高齢者って、30歳以上の人のことですか?」  なんてこった、と心の中で叫びましたよ。  高齢者にあてがう仕事を捻出しろと言っているわけ ではありません。高齢者は経験豊富で、ありかちな愚 かな過ちを犯し尽くし、避けられる過ちを犯さないよ うに若者たちに教えてやれる立場にあります。その大 たちの知恵と経験をかき集めよう、と言っているので す。この数年、テック分野の若手だらけの企業は、ス キャンダルや企業イメージの急落に見舞われています。 かつては資本主義の未来とあがめられたのに、今では 有害な製品を作る企業、自己中心的で子どもっぽい リーダーの率いる企業と見られがちです。他業界の高 齢の経営陣たちは、テック企業の若い創業者たちが一 見して明らかな過ちを犯すのを見て、やれやれと思っ ているのです。  では、そんなやり手の若者たちに足りないものは何 でしょう? それは、製品開発チームの高齢者、マー ケティング部門の高齢者、最高幹部の高齢者です。斬 新なアイデアだけでなく、苦難続きの歳月からしか得 られない実のある知恵が必要なのです。       第2の曲線の喜び  第2の曲線の存在は、誰にとっても素晴らしい知ら せとなります。なぜなら、第1に、40代か50代に発生 する典型的な能力の落ち込みに説明がつくからです。 言い換えれば、あなたが私と同年代以上であれば、落      丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶 ち込みはあなたに限った話ではないのです。第2に、 成功したければ、高齢者に有利な第2の波に乗ればよ いと分かるからです。第3に、大方の予測によれば、 この第2の波で得るものは、第1の波で得るものより も(儲けや名声の点では劣りますが)価値があるから です。結局のところ、ことわざにもあるように、「ト マトはフルーツだと知っていることが知識、フルーツ サラダにはトマトは入れないと知っていることが知恵 こなのです。聖書の言葉を借りるなら、「生涯の日 を正しく数えるように教えてください。知恵ある心を                     I 得ることができますように」ということです。10。 *この格言の発言者については長年複数の説が存在し ます。  あなたが流動性知能の落ち込みを今まさに経験して いるならI私と同年代ならそうでしょうIあなた はまだお役御免ではありません。流動性知能曲線から 結晶性知能曲線へと飛び移る時が来たということです。 時に抗う人は新しい曲線に乗らずに、古い曲線を曲げ 戻そうとしているのです。しかし曲げ戻すことはまず 不可能です。そのため、ひどく悔しい思いをするだけ で、たいていは成功していません。  それなのに、なぜ人は懲りもせず同じ試みを繰り返 すのでしょう? 理由は2つあります。第1に、第1 の曲線は自然と下降していくものだという認識があり ません。自分の調子が悪いんだと思っています。第2 に、別の種類の成功に通じるもう1つの曲線が存在す ることを知りません。  それに、もう1つ曲線があるのではと思っても、飛 び移るのは難しいし恐ろしいことかもしれません。生 活やキャリアを変え、教育者の立場に近づくにはI 教育者の意味するところは分野によって異なるにして もI勇気と不屈の精神が必要です。誰もがそれを望 むわけではありません。拒む人もたくさんいます。  しかし思い切って飛んだ人には、必ず莫大な見返り があります。本書の取材をするうちに気づいたのです が、50代、60代、70代に大きな幸福感と満足感を抱い ている人たちは、例外なく、第2の曲線に飛び移った 人です。例を2つ紹介します。まずは、48歳の保険数 理士の男性から。男性は次のように語りました。     私は今、引退が楽しみになってきたところで    す。働かなくてよくなるからというより、自分    にとってとても重要になってきた別のことに取    り組めるからです。日中の仕事とは別に、週に    I同、夜、金融数学を教えています。長年の    キャリアで得た知見を熱意ある若者たちに伝え    られるので、とてもやりがいがあります。生徒    たちは学習欲にあふれています。そんな生徒だ    ちに会い、教科書には載っていないような発見    の手助けをするのは、楽しいことです。  テレビジャーナリストを引退し、小さな大学の教職 に就いた女性も、同じような感想を漏らしています。     学問の世界に入れて幸運です。高齢者が評価    される世界だと思います。同僚の教授たちに比    べれば私はまだまだ若造で、教授たちは魅力的    で優秀な方ばかり。ニュースの世界と学問の世    界を比較したときに、特に素晴らしいと思う違    いの一つが、それです。大人が尊重され、指導    的役割を任されるし、大人の知識が正当に評価    されます。ニュースの世界では革新性がモノを    言いますから、学問の世界のようにはいきませ    ん。      バツ(のようにあれ  第1章では、歴史上の著名なストライバーたち、 チャールズーダーウィンとライナスーポーリングを取 り上げました。2人は第2の曲線の存在を知らなかっ たか、知っていても飛び移れませんでした。しかし歴 史には、それを見事にやってのけた人々も存在します。 不本意な落ち込みの後に、第2の曲線を見つけ輝きを 放った例として、ぜひ紹介したいのが、大作曲家ヨハ ンーセバステイアンーバッハです。  1685年、ドイツ中部の名音楽家の家系に生まれ たJ・S・バッハは、類まれな天才音楽家として、早 くから頭角を現しました。当時としては可能な限りの あらゆる楽器編成の曲を作り、生涯に1千曲以上の作 品を発表しました。オーケストラと合唱のためのカン タータに関して言えば、音楽史上傑作とされるものの うち、数十曲をバッハの作品が占めているように思え ます。コンチェルトはというと、作曲技法の面から見 て、文句のつけようがありません。ピアノ曲は、無駄 がなく優雅です。  バッハは、私の大好きな作曲家です。バッハの音楽 が好きすぎて、子どもの頃は自慢げに説明していまし たI「バッハ(小川)」を英語風の苗字にすると 「ブルック」で、それをもっと一般的な苗字に置き換 えると「ブルックス」になるんだよ、と。すごい偶然 でしょう?  とはいえ、バッハのファンは私以外にもいくらでも います。バッハの無伴奏チェロ組曲を世界中の聴衆に 届けた、20世紀を代表するスペインの名チェロ奏者パ ブローカザルスは、自分にとっての音楽の英雄につい て次のように述べました。  「神性が明らかになるまで人間性をはぎ取り、日常的 な活動に精神的な熱情を吹き込み、最もはかないもの に永遠の翼を授け、神聖なものを人間らしく、人間ら しいものを神聖にするのがバッハである。音楽史上最           − も偉大で純粋な瞬間だ。H」  また、作曲家のロベルトーシユーマンに言わせれば、 「宗教があるのは教祖のおかげ。それと同じくらい、 音楽があるのはバッハのおかげ」なのです。そこまで 言っていいのか、つまりバッハとキリストを同列に論 じていいのか私には分かりませんが、本章を読み終 わったら、「マタイ受難曲」かミサ曲口短調をぜひ聴 いてみてください。私も今この言葉を書きながら聴い ているのですが、その曲を聴けば、バッハが一部の人 から「第五の伝道師」と呼ばれる理由が理解できるで しょう。  話は変わりますが、バッハの驚異的な生産量は音楽 に限ったことではありませんでした。バッハは20天の 子をもうけたのです。最愛の先妻マリアーバルバラ (55歳で非業の死を遂げました)との間に7人、後妻 アンナーマクダレーナとの間に13天です。成人まで生 きた子どもは10天だけでしたが、うち4人は作曲家と なり、親の七光りではなく自分自身の能力でかなりの 名声を博しました。その代表がカールーフイリップー エマヌエルーバッハで、「C・P・E・バッハ」の名 で後世に知られています。  J・S・バッハの音楽様式は、ハイバロックでした。 J・S・バッハは、キャリアの初期には、多くの人か ら有史以来最高のバロック音楽作曲家とみなされてい ました。仕事の依頼が絶えず、王族(特にアンハルト =ケーテン候レオポルト)からもひっぱりだこで、若 手の作曲家だちからは作風を模倣されました。愛する 大家族に囲まれながら、ますます名を上げていきまし た。  しかしその名声と栄光は長くは続きませんでした。 その原囚は少なからず、ある若手の有望な新人の出現 により、音楽界の状況が急変し、J・S・バッハの キャリアが役立だなくなったことにあります。ハイバ ロックはディスコ並みに時代遅れになり、J・S・ バッハはスポットライトの外へと追いやられました。 そうやってJ・S・バッハの立場を略奪した張本人は、 他でもない、バッハの実の息子C・P・E・バッハで した。  C・P・E・バッハは早くから父と同じ音楽的才能 を示しました。成長とともに、バロックの流儀を修得 しながらも、当時もてはやされた最新の「古典派」音 楽に魅了されていきました。古典派音楽の人気ととも に、C・P・E・バッハの名声も高まりました。それ に対し、バロック音楽は、時代遅れで野暮だとみなさ れるようになりました。そして、新しい作風の音楽を 書かなかった(もしくは書けなかった)J・S・バッ 八をはじめとするバロック音楽の作曲家たちも、バ ロック音楽と同様の評価を受けました。  こうして、J・S・バッハに代わり、C・P・E・ バッハが一族の音楽的寵児となりました。J・S・ バッハが生きた最後の数十年間(とその後I世紀の 間)、C・P・E・バッハはバッハ家一の大物と考え られていました。ヨーゼフーハイドンとルートヴイ ヒーヴアン・ベートーベンは、C・P・E・バッハを 崇拝し、C・P・E・バッハの作品を収集しました。 ヴオルフガングーアマデウスーモーツァルトは、J・ S・バッハではなくC・P・E・バッハを指して 「バッハは父で、私たちは子どもである」と言ってい ます。  J・S・バッハは、ややもすればダーウィンのよう にみじめな思いをする可能性がありました。第一線で 活躍できなくなり、音楽通から取り残されてしまった、 と。しかし実際には、我が子の独創性を誇りに思い、 自分の人生を設計し直し、音楽の革新者から名教師へ と転向したのです。人生最後の10年間は、とりわけ 『フーガの技法』の制作に時間を費やしました。『フー ガの技法』は、あるテーマに基づいて書かれたフーガ とカノンの曲集で、その狙いはバロック音楽の作曲法 を教えることにありました。  『フーガの技法』は一種の教本だったのです。バッハ の死後100年経ってからその真価が見直され、人前 で演奏されるようになりました。今では、コンサート でもおなじみの曲となっています。考えてもみてくだ さい。教本でありながら、まるで文学作品、いえ、詩 のようだと言われるほど美しいのです。J・S・バッ ハの偉大さが分かるというものでしょう。でも、 『フーガの技法』に負けないくらい見事だったのが、 J・S・バッハ個人のレジリエンス、回復力です。 J・S・バッハは音楽の革新者としてキャリアの落ち 込みを経験しました。しかし挫折感や落胆を味わうど ころか、教師として自らを革新し、幸せな父親として 生涯を終えたのです。  J・s・バッハは、その偉大な教本のまさに執筆中 に亡くなりました。『フーガの技法』のコントラプン クトウス第14番の原稿は小節中で途切れており、後年、 c・P・E・バッハによって「Uber dieser Fuge . 。 。 ist der Verfasser gestorbe(この箇所で(中略)作曲者は亡 くなった)」と補記されました。この終わり方は、 バッハ家にちなんだ内輪の冗談にもなっていました。 というのも、そのフーガでは圃7‐A‐c-Bヨという 音の並びが使われていました。これをドイツ式の記譜 法で記すと、洳づは「B」、圃ヨは「H」となります。 つまりバッハ(Fg)はB‐A‐C‐Hを曲の主題に 用いたのです。そして不幸な巡り合わせにより、それ がバッハの書いた最後の音符となりました。最後の瞬 間まで人生をまっとうしました。  あらためて、チャールズーダーウィンの人生と比較 してみましよう。ダーウィンとバッハは、表向きは似 ています。2人とも並外れた才能に恵まれ、若くして 革新的な発見や作曲をし、その偉業によって名声を築 きました。若かりし頃の革新が時代の変化に合わなく なっても、大いに尊敬され、死後も不滅の名声を勝ち 取りました。J・S・バッハは今ではC・P・E・ バッハをはじめとする同時代の作曲家をしのぐ有名人 となり、シリアス音楽をたまに聴く程度の人たちの間 でさえ高い人気を誇っています。そしてダーウィンは 歴史に残る偉大な科学者の一人として広く知られてい ます(グレゴールーメンデルが一般的には知られてい ないのとは対照的です)。  ダーウィンとバッハの違いは、人生の乗り越え方に あります。中年期に革新者としてのキャリアが落ち込 んだときに、どう対処したか、ということです。壁に 当たったとき、ダーウィンは意気消沈しました。そし て失意のうちに亡くなりました。多くの例にもれず、 第2の曲線を探すことも見つけることもありませんで した。ですから晩年は落ち込みしか目に入りませんで した。  それに対し、バッハは流動性知能曲線が後半に差し かかると、思い切って結晶性知能曲線に飛び移り、 けっして後ろを振り返りませんでした。革新者の第一 線から脱落すると、自己を教師として生まれ変わらせ たのです。そして人々に愛され、尊敬され(かつてほ ど有名でなくとも)、満足して、誰から見ても幸せに、 この世を去りました。  「バッハに習え。バッハにはすべてが詰まっている」 と、バッハの死から100年後、大作曲家ヨハネス。            − ブラームスは言いました。12。『フーガの技法』とい う美しい教本があるからこそ、その後何世紀にもわた り、作曲家たちはハイバロック音楽の技術を理解して 再現してこられました。師匠と同じように、とはいか なくとも、どんな生徒でも初歩は押さえられるように、 この教本にはフーガやカノンの作り方が明確に示され ています。  バッハの模範的な人生にも、同じことが言えます。 変化するスキルに合わせて天職を見事に変えたからこ そ、バッハの人生は喜びと愛と他者への奉仕に満ちあ ふれていました。ブラームスの助言を音楽だけに当て はめるのではなく、バッハを見習って自分の人生をさ らに良いものにしましよう。  誰しも生まれながらに才能を持っています。演奏不 可能と言われたオルガン曲を15歳にして披露し、20代 で作曲家として名を上げるなど、10代から頭角を現し たJ・S・バッハのように、若くして天性の才能を発 揮する人もいます。そうではなく、私の大半の教え子 と同様に、もっと後に、大学と大学院で長年勉強して から自分の適所を見つけ、天職に就く大もいます。さ らには、本書の取材に答えてくれた住宅建築業の男性 のように、科学の高等教育を修了してから建築に目覚 めるなど、遠回りをしてから自分の才能に気づく大も います。そして、音楽が天職だと100%確信してい たのに、その確信が崩れ、他の職に目を向けざるを得 なくなり、社会科学の世界に適性を見出した、私のよ うな人間も存在します。  いずれにしろ、夢中になれることを見つけたら、最 初は情熱的に追求し、世のため人のために捧げるべき です。しかし、成功に固執しすぎてはいけません。能 力の変化に応じて変わっていく心構えでいましよう。 世俗的な威信を失っても、その変化を受け入れるので す。境遇の変化は、どんなものであれ、学び、成長し、 価値を生み出すチャンスであることを忘れないでくだ さい。本章が伝えていることは、苦境にあっても精 いっぱいそれを楽しもう、というレベルの話ではあり ません。「人生の後半だけに訪れる大きなチャンスを 逃すな」ということです。  バッハだって、死後100年経ってから教師として の作品が見直され、世界中のコンサートで演奏され、 自分が多くの人から史上最高の作曲家と目されるよう になるとは、つゆほども思っていなかったでしょう。 ただ、才能を最大限に活かし、自分の愛することを巧 みに教え、息子たちの威信が高まっていくのを応援し ていただけです。その結果として、自覚なしに、曲線 を乗り換えたのです。  人生の後半は、知恵で他者に奉仕しましょう。あな たが最も重要だと思うことを分かち合いながら歳を重 ねるのです。何かに秀でているということは、それだ けで素晴らしいことなのだから、それ以上の見返りは 不要です。そう思って生きていけば、歳を経るほど最 高に秀でた存在になれるのです。      第2の曲線に飛び乗る  ここまでの話をまとめて、ストライバー仲間のみな さんに、秘訣をお伝えします。ずばり、第2の曲線に 乗りましよう。流動性知能で得られるものから、結晶 性知能で得られるものへと飛び移るのです。自分の知 恵を活かすことを覚えてください。  とはいえ、言うは易く行うは難しでしよう。次は第 2の曲線に乗るべきだと知っていることと、実際に第 1の曲線を飛び出すことは、別の話です。第1の曲線 を飛び出すのは、並大抵のことではありません。なに しろ、ストライバーのまさにやらないことをやろうと 言っているのですから。ストライバーはあきらめませ ん。むしろいっそう仕事に励みます。しかし、あなた はここまでデータを見てきたわけです。そしてデータ は墟をつきません。「今以上に働く」という戦法では、 うまくいかないのです。  そこで、本書ではここから、あなたが新しい曲線へ 飛び移れるように助けていきます。まず、あなたを引 き留めている3つの足かせと、その足かせを取り除く 方法をお伝えします。足かせとは、「仕事と成功への 依存心」、「世俗的な見返りへの執着」、「落ち込みに対 する恐怖心」です。続いて、第2の曲線を第1の曲線 より良いものにするために今すぐ始めるべきことを、 3つご紹介します。つまり、「人間関係を深めること」、 「精神性を探究すること」、「弱みを受け入れること」 の3つです。最後に、曲線の過渡期に予想される心境 についてお話しします。  道のりは長いですが、話はいたってシンプルです。 あなたには第2の曲線があって、あなたはそこに飛び 乗れるし、飛び乗ればとっても幸福になれるのです。  本書の執筆中に交わした最も痛烈な会話といえば、 同年代の女友達との会話でしょう。彼女はウォールス トリートで大成功しています。富も築いたし、高い評 価を受けています。  ところが、このところ、あちこちでミスをするよう になりました。管理者としての判断に以前のような冴 えが見られず、直感も頼りにならなくなってきました。 かつては一同を指揮していましたが、今では後輩だち から不審の目を向けられています。そんなこんなで、 落ち込みの兆しが見えて焦っていたときに、私の記事 を読み、連絡をくれたのです。  私は彼女の人生についていろいろと質問しました。 彼女は、もう何年も(というより、それまでずっとか もしれませんが)あまり幸せではありませんでした。 結婚生活に不満を抱いていたし、少々飲酒が過ぎまし た。大学生の子どもだちとの関係は、悪くはありませ んが疎遠でした。本当の友達はほとんどいません。信 じがたい長時間労働をこなし、ほぼ常に疲れていまし た。彼女にとっては、仕事がすべてでした。いわば 「仕事が生きがい」なのに、その仕事さえも失いかけ、 怯えていました。  以上のことを、彼女は率直に答えてくれました。こ の話を聞けば、不幸に対する解決策は明らかだ、と思 うでしょう。私も、なぜ不幸の原因を正さないんだい、 と尋ねました。結婚生活を修復し、子どもだちと過ご す時間を増やし、飲酒問題の解決に必要な支援を取り 付け、睡眠時間を増やし、体調を改善するべきです。 もともとは身を粉にして働いたおかげで成功したのは 分かります。でも、何かをすることで二次的に不幸に なっていると気づいたら、その行動を正すのが普通で しょう? たとえパン好きでも、グルテン不耐症にな れば、体調不良を避けるために、パンを食べるのはや めるはずです。  彼女は私の質問についてしばらく考えていました。 やがて私を見て淡々と言いました。「私は幸福になる より、特別になりたいのかもしれないわ」  驚く私の顔を見て、彼女は説明しました。「幸福に なるために必要なことは、誰にでもできる。旅行に行 くとか、友達や家族と一緒に過ごすとか。でも、すご いことを成し遂げるのは、誰にでもできることじやな いから」。最初はその言葉を一蹴した私でしたが、後 でひそかに思いを巡らせました。考えてみれば、私自 身も彼女と同じ選択をしていた時期がありました。正 直に言えば、人生の大半はそうだったかもしれません。  金融業に就いている彼女は長年、他者から(その中 には、両親などの故人も数名含まれていました)賞讃 される自分を作り上げてきました。何より、彼女自身 の憧れの人物像、大成功している、バリバリ働く重役 を演出してきたのです。そして、その願いどおり成功 しました。しかし何事も永久には続きません。以前と 違って、働けば働くほど物足りなさを感じていました。 得られる幸福感も、権力や威信も、減っているような 気がしました。問題は、彼女が作り上げた「特別な自 分」は、アバターにすぎなかったことにあります。あ る意味、彼女は自分の象徴を手に入れるために自分を 売ってしまったのです。  私たちはこれと同じことを他者に対して行いがちで す。人を、身体的な美しさ、お金、権力といった、1 つか2つのきらびやかな特性に単純化しようとします。 この行為を「モノ化」(訳注一人間性を考慮せずに表 面的な特性で人をとらえ、「モノ」として扱う行為。 客体化、対象化とも)と言います。このようにモノ化 されることの恐ろしさは、有名人たちがよく語るとこ ろです。モノ化に基づく結婚、たとえばお金のために する結婚は、必然的に無残な結末を迎えます。  他者をモノ化するのは不当で不道徳な行いだと、内 心では誰もが分かっています。でも、自分をモノ化し てしまうこともあるという事実は忘れがちです。先ほ どの金融業の女友達は、仕事や成果、世俗的な見返り、 プライドを軸に自分の価値を定義し、モノ化して、自 分を特別な存在に仕立てていました。その「モノ」が 徐々に失われていっているにもかかわらず、世俗的な 成功に執着するあまり、変化を起こして今の自分にふ さわしい幸福を追うことができなかったのです。  仕事依存症で、その根底には、成功依存症がありま した。あらゆる依存症の例にもれず、その依存によっ て女友達は人間性を失いました。自分のことを、一人 の人間というよりも高性能の機械、いえ、かつては高 性能たった劣化した機械とみなしていました。  この感覚、あなたなら分かるかもしれませんね。私 は分かります。本章では、下降していく流動性知能曲 線にしがみつく原囚となる自己モノ化、仕事依存症、 そして何より成功依存症の貞相に迫りましよう。さら に重要なこととして、そうした抗いがたい束縛から抜 け出し、新しい成功に向かって飛び移るための方法を 見ていきましよう。      依存症になって 「私は幸福になるより、特別になりたいのかもしれな いわ」  その金融業の女友達の言葉を聞いたとき、うっすら と連想したことがあっだのですが、それが何なのか、 はっきりとは分かりませんでした。しかし、数日過ぎ てから思い出しました。昔、アルコール依存症と薬物 依存症で長年苦しんでいた友人と会話を交わしたとき のことです。依存症になって以来ずっと不幸のどん底 にいたし、そのことはよく自覚していた、と言う友人 に、率直に尋ねました。「不幸だと思うなら、なぜや めなかったの?」  金融業の女友達と同じように、その友人は間をおい てから答えました。  「幸福になることよりも、ハイになることのほうが、 僕にとっては大事だったんだ」  その言葉を思い出したとき、はたと気づきました。 幸福になることより特別になることを選ぶ人は、依存 症に陥っているのです。にわかには信じられないかも しれませんね。酒に溺れて抜け出せない人を思い浮か べてみてください。あなたがイメージしたのは、運も お金も尽きた人、厳しい世間で負ったトラウマ(心的 外傷)を酒で癒している人ではないでしょうか? きっと、バリバリ働く成功者ではないでしょう。成功 者が依存症の餌食になるとは考えにくいですよね?  でも、実は違うのです。経済協力開発機構(OEC D)によると、飲酒の可能性は教育水準および社会経 済的地位が高いほど上昇します。1.一説ではI私 も自分の研究に鑑みて同意見ですがI大きなプレッ シャーのかかる仕事をしている人は、スイッチを切る ように不安感を一時的に遮断しようとしてアルコール で自己治療する傾向があり、なかには、危険なほど大 量の飲酒をする人もいます。  しかし、アルコール依存症は、ストライバーが陥り やすい唯一の依存でもなければ、おそらく最悪の依存 症でもありません。私かこれまで見てきた中で、特に たちが悪く毒性の高い依存症は、仕事依存症です。 「仕事依存症」という言葉は、1960年代に心理学 者ウェインーオーツによって生み出された造語です。 きっかけは、オーツの息子が、多忙なオーツの時間を 借りるために、わざわざ診察の予約を入れたことにあ りました。1971年に、オーツは仕事依存症を「絶 え間なく働かなくてはいけないという強迫観念または               I 制御不能な欲求」と定義しました。2.  仕事依存症は、仕事で成功している人たちによく見 られる特有の症状です。『ハーバードービジネスーレ ビユー』誌によると、アメリカの労働者の週間労働時 間が平均44時間なのに対し、アメリカのCEO(最高 経営責任者)の週間労働時間は平均62・5時間となっ     I ています。3.もっともらしい話です。私も、CEO たった10年の間、週間労働時間が60時間を下回ったこ とがあっただろうかと思います。私以上に長時間働き、 仕事以外の人間関係を深める時間がほとんどないりI ダーだってたくさんいます。  圧倒的な長時間労働をしているりIダーたちは、ま ともな成果を出そうと思えば長時間労働もやむを得な いと囗をそろえます。しかしそんな話は信じられませ ん。私自身の人生を振り返っても、他者の人生を覗い てみても、仕事依存症の人はたいてい悪循環に陥って います。人よりたくさん、つまり必要以上にたくさん 働くことで成功すると、そのペースを維持しないと桁 外れな生産性を維持できないと考えはじめます。桁外 れな生産性から得られる見返りは、落ちこぼれたくな いという恐怖心へと変わり、ますます走り続ける推進 力となります。こうなれば、仕事でいっぱいいっぱい になり、人付き合いや野外活動をする時間が取れなく なるのも時間の問題です。仕事以外のものはほとんど 失い、仕事しか残っていないせいで、悪循環がさらに 加速します。仕事依存症が恐怖心と孤独感を強め、恐 怖心と孤独感が仕事依存症を強めるのです。  仕事依存症の診断では、一般的に次の3つの質問を 用います。 I.自由にできる時間は仕事に充てることが多いです   か? つ气仕事をしていないときも、仕事のことを考えがち   ですか?                      − 3.求められている以上の仕事をしていますか。4?  しかし、この診断の枠組みは、問題の本質をとらえ ていないと思います。本書の読者の大半は、「仕事依 存症」であろうとなかろうと、この質問に「はい」と 答えるに違いありません。心から仕事を楽しんでいて、 一流になることに全力を注いでいるからです。一流に なりたければ、解雇されない必要最小限の努力では足 りません。必死に働いていても、それを楽しんでいる なら、仕事依存症ではないのです。  とはいえ、そこから仕事依存症へと発展してしまう 大をたくさん見てきましたし、私自身も人のことは言 えません。個人的には、次のように尋ねたほうが的を 射ていると思います。 I.仕事後に大切な人のために使う干不ルギーを残し   ておけず、抜け殼のようになるまで仕事をやめら   れませんか? 2.人の目を盗んで仕事をしていますか? たとえば、   配偶者が日曜日に外出したら急いで仕事に取りか   かり、配偶者が帰ってくる前に机の上を片づけて、   仕事の痕跡を消していませんか? 3.仕事から離れて大切な人と行動をともにするよう   配偶者などから提案されると、特別急ぎの仕事が   ないときでさえ、不安になったり、不機嫌になっ   たりしますか?(ちなみに、この文章を書いてい   る私は今、ちょっとカチンときて、弁解したい気   分です)  まるでアルコール依存症みたいだなと思った人もい るかもしれませんが、それもそのはず。仕事依存症と 家族関係をテーマに幅広い執筆活動を行っている心理 療法上のブライアン・E・ロビンソンによれば、仕事 依存症の大にはアルコール依存症の大と同じ行動パ ターンが多く見られるし、配偶者と疎遠である点も両         − 者に共通しています。5.依存症の大は「分かっても らえない」「責められている」と感じ、隠れて行為に 及びます。一方、配偶者はほったらかしにされている と感じ、傷つきます。婚姻関係の解消に至ることも珍        − しくありません。6.すると仕事依存症の大は、2人 の関係が破綻したのは相手が恩知らずだからだと弁明 します。本書を書いていたとき、ある男性が言いまし た。「妻はお金で手に入るいろんないいものを欲しが るくせに、お金を稼ぐために必要なことを私がしてい ると、気に入らないんですよ」。そうでしようね。  仕事依存症の人は、自分の求める成功を実現するに は14時間目の労働が必須だと信じ込んでいます。しか し実際には、その時点になると、生産性は極端に下が る可能性が高いです。経済学の研究では一貫して、1 日あたりの労働時間が8時間もしくは10時間を超える                           I と限界生産性が低下する、という結果が出ています。 − 70  1日D一〜14時間労働をしている人は、夕方以降は 注意力が恐ろしく散漫になることに気づいているので はないでしょうか。単純に、人間の集中力はI座り 仕事だと特にIそこまで長時間続かないのです。  あらゆる依存症に共通するのは、人間と愛情関係を 結ぶに値しないもの、たとえば酒やギャンブルや賞讃、 そして、そう、仕事と、不健全な関係に陥る点です。 仕事依存症の人の人生は、仕事に支配されています。 そのため、仕事依存症の大は記念日に出張し、我が子 の野球試合を見逃します。キャリアを優先するために 結婚をあきらめ、「仕事と結婚した大」と言われる大 もいます。(人間との)良い結婚生活はどんな仕事よ りも充実感を与えてくれると十分承知しているのにで す。普通の労働パターンで生きている人には、理解し がたいことでしょう。しかし仕事依存症の人と仕事の 関係を割くのはハイイログマとその子グマの関係を割 くのと同じです。  仕事依存症になると、仕事に縛られます。しかしそ れ以上に、それまでの労働パターンからいっさい抜け 出せなくなります。別のことをして、明けても暮れて も一緒にいる最重要の関係から離れるのが恐ろしいか らです。こうなると、新しい曲線に飛び移ることはほ とんど不可能です。      成功依存症  解決策を探す前に、もう少しこの問題を掘り下げる 必要があります。アルコール依存症の人がアルコール に依存しているのはそのとおりですが、実際には、ア ルコール依存症の人は「アルコールが脳に与える作 用」に病みつきになっているのです。  仕事依存症も同じです。仕事依存症の人が本当に求 めているのは仕事そのものではなく、「成功」です。 身を粉にしてまで働き、手に入れたいのは、お金であ り権力であり威信なのです。なぜなら、それは世間か ら承認され、喝采され、賞讃されていることの表れで あり、コカインからソーシャルメディアまであらゆる 依存性のあるものの例にもれず、神経伝達物質のドー             − パミンを刺激するからです。8.  なぜそうも刺激を求めるのでしょう? 私か出会っ た人たちの一部に言わせれば、成功したときの興奮は、 一瞬とはいえ、「普通」の生活の陰鬱さを忘れさせて くれるのだとか。目標を達成することは、普段の冴え ない気分を盛り上げる手段なのです。「普通」だと思 うと焦ってしまい、赤の他人から得られるかもしれな い賞讃を得るために大切な人をないがしろにするなん て、明らかに何かが間違っています。  しかしこの現象は、史上トップクラスのストライ バーたちに、驚くほど共通して見られます。おそらく 20世紀の最重要の政治家であろうウィンストンー チャーチルを例に挙げましよう。チャーチルは「黒い 犬」について度々語っていました。チャーチルの言う 「黒い犬」は、ウィスキーと強迫的な労働でごまかし ていた憂鬱感であり、大物になりたいという抑えがた い欲望でした。戦時中の首相として多忙を極めても耐 えがたい苦悩を忘れられなかったチャーチルは、同時 期に43冊の本を書きました。  同様に、エイブラハムーリンカーンは生涯を通じて 断続的に絶望的な悲しみに襲われ、時には自殺願望に かられることもありました。自分に刃を向けてしまい そうだからポケットにナイフを入れて出歩かないよう                     I にしている、と友人に明かしたこともあります。9. 1838年、リンカーンの地元イリノイ州スプリング フィールドの地方紙{bangam巳O同旨}(サンガモー ジヤーナル)』紙に「自殺の独白者」と題する匿名の 詩が掲載されました。歴史家の大半が、この詩をリン カーンの作品と見ています。以下に一部を抜粋しま しよう。     見事な刀よ! その鞘から飛び出し     きらめきながら その能力を示せ     我が気管を引き裂き     血の雨を降らせよ!  この詩は、リンカーンが非常に活動的だった時期に 生まれました。このときのリンカーンが、精神科医 ジョンーガートナーが「軽度躁状態」と呼ぶ精神状態 にあったことは明らかです。軽度躁状態は、高い業績 を上げた人の大うつ病エピソードの合間によく現れる。                   − 躁病に近い精力的な精神状態のことです。10。リン カーンは、うつ病の治療を始めるまで長年、コカイン からアヘンまであらゆる手段を試しました。しかし、 日ごろから変わらず頼りにしていた手段は、仕事と世 俗的な成功でした。  西暦400年頃に書かれた、聖アウグスティヌスの 『告白』に、素晴らしい一節があります。まず他者目 線の成功を求める飽くなき欲が描かれています。「私 は名誉を渇望し(中略)ほとばしるさまざまな思いに 心を奪われ、平静を失っていた」(成功依存症の大な らこの気持ちが分かるでしょう)。続いて、ミランの 路上で乞食を見かけたときの描写です。なんと、聖ア ウグスティヌスは、乞食にひそかな憧れを抱きました。  「乞食は楽しく、私は不安。乞食は心配事がなく、私 は不安だらけ」  思うに、私たちは成功依存症になるように進化して いくものなのではないでしょうか。成功することで他 者に対する魅力が増し、遺伝的適応度が高まるのであ れば、その進化は理にかなっています(結婚生活が破 綻しない程度であれば)。しかし、絶えず注目される 特別な存在になるには、高い代償を払わなければいけ ません。少数のリアリティー番組のスターと、偶然有 名になった人は別として、成功者になるのは過酷なこ とであり、犠牲を伴います。なにしろ、1980年代 に医師のロバートーゴールドマンが発表した有名な研 究結果によれば、大志を抱いている陸上選手の半数は、 今オリンピックの金メダルを取るためなら、5年後に                 I 確実に死んでも構わないと考えます。H。ジョンーミ ルトンは詩『リシダス』で次のように述べています。  「名声は、明晰な精神を高め、喜びを嘲笑し労多い 日々へと駆り立てる拍車である」  しかし目標が達成されることはありません。成功依 存症の人はいくら成功してもし足りないのです。高揚 感は一両日もすれば消え、成功依存症の人は次の成功 を探しに向かいます。「幸福になるために成功に依存 する人は不幸だ」とは、元FIドライバーのアレツク スーディアスーリペイロの言葉です。  「そういう人は、成功したキャリアが終われば、一巻 の終わりだ。苦い思いを抱きながら死ぬか、他の職業 でさらなる成功を探し求め、成功から成功へと渡り歩 いて倒れ死ぬか、運命は2つに1つ。いずれにしろ。                − 成功後の人生は存在しないだろう。12」      自分をモノ化する  私は物心ついた頃から、他者をモノ化するのは悪い ことだと聞かされて育ちました。他者をI特に女性 をI主に身体的な特徴でとらえる男になってはいけ ないと、父から叩き込まれました。モノ化は相手の人 間性を奪う行為で大罪だと、私も父も信じていました。  この道徳的な教えは、まったく目新しくもなければ、 特別神聖なわけでもありません。たとえば、哲学者イ マヌエルーカントはこれを主要なテーマの一つとして 追求し、次のように書きました。  「大が、ある人の欲求の対象となったとたんに、道徳 的な関係性の動機はすべて機能しなくなる。なぜなら、 ある人の欲求の対象となった大は、モノと化し、全員 からモノとして扱われ利用される可能性があるからで   I ある。13」  このカントの言葉は、ほぼ完全に、性的なモノ化と、 性的なモノ化によってウェルビーイングが低下するこ とに主眼を置いていますが、仕事などではモノ化は別 のかたちで現れます。カールーマルクスが主眼を置い たのはこちらのほうで、1844年に、こう書いてい ます。  「人間の想像、つまり人間の脳と人間の心による自発 的な活動は、本人から独立した活動として個人に作用 する(中略)労働者の活動は、労働者の自発的活動で はなく、他者に属するものであり、自己を失うこと  I だ。14」  これは、資本主義という経済的社会的システムに よって人々が不幸になるというマルクスの指摘です。 資本主義は、人々を人間から成る機械の一部にしてし まう。そこでは、人間性は抹消され生産性のみが残る。 人々はモノ化され、単純化されてしまう、というわけ です。  資本主義というシステムの分析に関しては、私はマ ルクスと意見が異なります(それについては過去に著 書も出しました)。しかし、「労働者として人をモノ化 すると幸福が損なわれる」という指摘は、的確だと思 います。2021年にフランスの研究者2人が、 『Frontiers in Psychology(フロンティアーズーインーサ イコロジー)』誌にて、職場でのモノ化の指標を発表 しました。その基準は、「道具として利用されている」 という感覚があるか、そして、「労働環境において主 体的行為者とみなされていない」という感覚があるか、    − でした。15。2人によると、職場でのモノ化は、燃え 尽き症候群や職への不満感、うつ病、セクハラにつな がるといいます。  このように、「他者をモノ化する」という道徳的な 問題としてモノ化を語る分には、話はいたって単純で す。しかしモノ化する側とモノ化される側か同一人物 となると、話が複雑になってきます。これは、いわゆ る「自己モノ化」です。学術的な定義によれば、相手 の人間性を隅々まで考慮しない第三者的視点から自分         − をとらえることです。16。例を挙げるなら、鏡に向 かったときに、外見の良し悪しだけで、不足感や無価 値感を抱いたり、逆に満足感や幸福感を覚えたりする ことです。仕事で言えば、良くも悪くも自分の価値を 仕事の成果や職業的地位で判断することと言えます。  自己モノ化をすると、自尊心も人生の満足感も低下 します。女性たちが行う身体的な自己モノ化に限って 言えば(自己モノ化に関する研究は実質すべて、この 身体的な自己モノ化に焦点を当てています)、自己モ ノ化をすると自分の体を恥じて自己肯定感が下がり、 そのせいで人生の満足感も低下することが、研究で明          − らかになっています。17。特別魅力的な人たちの場合 でさえ、この種の視点で自分を見ること自体が、人間 性をはく奪する、自己批判的な行為なのです。なにし ろ、体には必ず不満な部分があるものです。当然なが ら、こうした問題はすべて、ソーシャルメディアに よって悪化します。ソーシャルメディアは、自己モノ                 ー 化をかつてないほど容易にしています。18。  若い女性を対象とした研究では、自己モノ化は、透 明人間になったかのような感覚と自主性の欠如につな がること、摂食障害やうつ病と直接関係していること         I が判明しています。19。また、自己モノ化は、何とい うことのない日常的な活動をこなす能力も低下させま す。2006年に行われた19〜28歳の女性79人を対象 とした実験では、女性たちにセーターか水着のどちら かを着るよう無作為に指示しました。さらに、その状 態で全身鏡を見て、セルフイメージに関する質問票に 回答してから、色を識別する単純作業をこなしてもら     I いました。20。すると、水着を着た女性、つまり「私 =私の体」という気にさせられた女性は、セーターを 着た女性に比べ、色を識別するスピードが有意に遅 かったそうです。  職業的な自己モノ化をし、「私=私の仕事」と考え ている場合に、幸福感と能力がどう変化するかを調べ た研究は存在しません。しかし常識的に考えて、職業 的な自己モノ化は、身体的な自己モノ化に引けを取ら ないほどひどい圧制でしょう。なにしろ、マルクスの 主張どおり、自らが無慈悲な労働監督となり、自分を こき使い、単なる経済人として扱うことになります。 「まだ成功を維持できているだろうか?」という問い に対するイエスという答えを求め、愛と楽しみを犠牲 にして働く日々を繰り返します。生身の自分から切り 出され、等身大の人型パネルになってさまよい続けま す。そして避けられない終わりが訪れたらIキャリ アの落ち込みが始まったらIかつての希望と勢いを 失って自分に戻り、必然的に他者から忘れられるので す。  1964年の著書『人間拡張の原理−メディアの 理解』にて、マーシャルーマクルーハンが「メディア                         ー はメッセージである」という有名な主張をしました。 − 21。その際、よく知られているギリシャ神話を引き合 いに出し、「ナルキッソスは自分に恋をしたのではな く、自分のイメージに恋をしたのだ」と述べました。 私たちが職業的な自己モノ化をするときも同じです。 仕事はメディアであり、メディアはメッセージです。 私たちは現実の自分ではなく、成功している自分のイ メージを愛しているのです。でも「あなた=あなたの 仕事」ではないし、「私=私の仕事」ではないのです (私自身も肝に銘じておきたいので、書かせてもらい ました)。      プライド、恐怖心、社会的比較、離脱      症状  自己モノ化の根底には、プライドの問題が存在しま す。現代社会では、プライドは良いものだと思われが ちです。賞讃を示す言葉として使われています。たと えば、私は子どもたちに「お前たちは私のプライドだ よ」と言ったりします。あるいは、臆面もなく、「私 は本書にプライドを持っている」と言ってもいいかも しれません。しかし、プライドという言葉がこのよう な意味合いで使われるようになっだのは、比較的最近 のことです。ほぼすべての哲学の流派において、プラ イドは人を徹底的に腐敗させる凶悪な罪とされていま す。仏教では、プライドを意味する言葉として、慢と いう言葉が使われます。これは、自分を高く見て他者 を軽視することで結局己を苦しめることになる「慢 心」を意味するサンスクリット語に由来します。トマ スーアクィナスはこれを、優越性を過度に求める、不              − 幸へ至る欲望と定義しています。22.ダンテの『神 曲』では、悪魔サタンはおぞましいプライドの犠牲者 として描かれ、コウモリのようなグロテスクな翼を羽 ばたかせ、その風によって凍った地面に、腰から下を 水漬けにされ苦しんでいます。  プライドはこっそりと、良いものの中に忍び込んで います。聖アウグスティヌスは次のような鋭い指摘を しています。「他の罪はどれも悪行を犯したことに原 因があるのに対し、プライドは善行にさえも潜み、善            − 行を台無しにしようとする。23」。まったくそのとお りです。意味と目的の源であるはずの仕事が、人間関 係を害する仕事依存症になり、優越性の産物である成 功が成功依存症になる。すべてはプライドのせいです。  プライドの同類が恐怖心です。薬物やアルコールに 依存する人たちは、自分が依存から抜け出せないのは、 苦労やストレスや退屈がつきものの「普通の」暮らし を恐れているからだと囗をそろえます。成功依存症の 人も大きな恐怖を抱いていることが多いです。成功依 存症の人が恐れているのは、失敗です。  失敗に対する恐怖心については、相当な研究がなさ れてきました。たとえば、大学生が一般的に最も恐れ ていることは「人前で話すこと」だと分かっています。 「人は死よりも人前で話すことを恐れる」という有名         − な学説もあります。24。私かそのことを最も実感する のは、ストライバーの特徴が目立つ生徒たちを見てい るときです。その生徒たちは、何事においても、たと えば授業で取るに足らないプレゼンテーションをする ときでさえも、失敗に怯えているのです。しかし、失 敗する恐怖心に悩まされているのは、若者や初心者だ けではありません。2018年に実施された調査によ ると、CEOの90%が「失敗への恐怖心は、他のどん な心配事よりも寝つきを悪くする、と認めている」そ    I うです。25。  成功依存症の人はみんな、恐怖心に駆り立てられて いるのです。哲学者シャン=ジャツクールソーは、著 書『告白』で次のように書いています。  「私は罰を恐れているのではない。不名誉を恐れてい るだけだ。不名誉は、死よりも、犯罪よりも、この世          − の何よりも恐ろしい。戸  この言葉、あなたは共感できますか?  失敗を強く恐れている人たちが、実際にことを成し 遂げてもたいした喜びを感じられず、重大な場面で失 態をさらすことを心配しているとは、なんと悲しい皮      − 肉でしょう。27。言い換えれば、その人たちを動かし ているのは、価値あるものをつかみ取れる可能性とい うよりも、しくじる可能性に対する恐怖心なのです。  こうした恐怖心は、完璧主義に陥る原因の一つでも あります。実は、完璧主義と、失敗に対する恐怖心は、 密接に関係しています。どちらも、「成功とは良いこ とをすることではなく、下手をしないことだ」という 気持ちにつながるのです。失敗への恐怖心に悩まされ ている人なら、私の言わんとすることがよく分かるは ずです。有名な登山家ジョージーマロリーが、山を登 る理由を聞かれて「それがそこにあるから」と答えた ように、成功を目指す奮闘は本来、夢の目的地を目指 す胸躍る旅であるべきです。しかし、失敗を恐れてい れば、その旅は、崖から転げ落ちないようにするだけ で精いっぱいの、苦行のような道のりに感じられてし まいます。  しかしその一方で、完璧主義者は自分のことを特別 な存在だと思っています。研究によれば、完璧主義者 は「自分は他者より高い能力と理想を持っていて、よ り高い成果を上げられる」と考えています。確かにそ のとおりであることも多いのです。そうやって他者と 比較し、優位だと思えばつかの間安心できますが、す ぐに、落ちこぼれたらどうしようという考えが浮かび、 破滅的な失敗が目に見えているかのような焦燥感にか られます。私も、他者より優れていると考えると、つ まり「優れている」ことをアイデンティティーの核に すると、失敗など絶対にできなくなります。失敗した ら、モノ化された自分から破門されてしまいます。そ んなのは一種の死と同じです。  自分よりも成功している人を見ると負けた気になる、 と打ち明ける成功依存症の人がたくさんいます。成功 は基本的に地位的なもの、つまり社会的地位を高める ものです。社会科学者たちは何十年もの間、地位財で は幸福になれないことを明らかにしてきました。「お 金が欲しいのは、必要なものが買えるからで、それ以 上の理由はない」と人々は囗をそろえますが、そのお 金でさえも、比較的低いレベルを超えると、地位を高 める手段としての要素が大きくなります。かつてダラ イーラマの言葉を聞いてそのとおりだと思っだのです が、人は10本しか指がないのに20個の指輪を買います。 そうやって地位を高めるのが、私たち人間の生来の習 性なのです。  世俗的な成功を収めて地位を高めたいという願望は、 一歩間違えれば強迫的な情熱へと変わります。問題は、 この種の成功は、すべての依存性物質と同様に、どこ まで行っても切りがなく、満足に至らないことにあり ます。どれだけ有名になろうと、どれだけ裕福になろ うと、どれだけ権力を手に入れようと、満足する人は いません。「富は海水のようなものだ。飲めば飲むほ ど喉が渇く。名声もまたしかり」とは、哲学者アル トウールーショーペンハウアーが1851年につづっ た言葉です。1851年と言えば、ソーシャルメディ アが登場し、この問題を10倍悪化させる150年以上      − 前の話です。28.  一方で、成功の階層で上位を維持するのは過酷なこ とです。以前かなり有名な音楽家から、「名を上げて それを維持する行為は、退屈と恐怖を組み合わせる不 幸な行為だ」と聞きました。エミリー・ディキンソン はこの苦役を「私は無名の人!・ あなたは誰?」とい う詩の中で見事に表現しました。     なんて退屈なんでしょう 偉い人でいるっ    て!・     なんて目立つんでしょう カエルのように     6月中ずっと その名を告げ     沼から返ってくる賞讃を求めるなんて!・  俗説によれば、元大統領セオドアールーズペルトは、 社会的比較を「喜びを奪う泥棒」と呼んでいたそうで す。俗説の真偽はさておき、社会的比較が「喜びを奪 う泥棒」であることは確かです。社会的比較をすると 幸福感が減ることは、昔から研究で明らかになってぃ   I ます。29。しかし、そのことを理解するために、わざ わざ研究をひもとく必要はありません。何時間か instagramを覗いて、どれだけ自信を失うか試してみ ればいいのです。正確性に欠ける情報源から読み取っ た他者の成功と、自分の成功とを比較しているのです から、良いことは何一つありません。  社会的比較、失敗に対する恐怖心、そして完璧主義 は、ダンテの描いたプライドに満ちた水の海のような ものです。「成功しなければ人にどう思われるか」そ れどころか「自分にどう思われるか」という思考にと らわれ、凍って身動きできなくなります。いずれも成 功依存症の産物です。挙句の果てに、待っているのが 「離脱症状」です。  アルコール依存症の場合、離脱症状は身体的に苦痛 な体験になる可能性があります。しかし、アルコール 依存症の経験者に話を聞くと、実態はそれよりずっと 深刻だと分かるでしょう。前述したとおり、酒は関係 です。おそらく、アルコール依存症の人の親友です。 アルコール依存から抜け出すことは、その親密な関係 を失うことです。離脱の見込みが出てくるということ は、虚無の奥底を覗き込むようなものです。あの最高 の快感は二度と味ねえないのです。  成功依存症の大も離脱症状を体験します。ワシント ンD.C.のシンクタンクを経営していた頃は、いつ もその現象を目の当たりにしていました。政治的な一 線を退いた大たちは、それが自らの決断によるものか どうかにかかわらず、ひどく苦しんでいました。話す ことと言えば、ほとんど昔話ばかりです。そして、後 任者が助けも助言も求めてこないのはけしからん、と こぼしていました。      克服の一歩を踏み出す  もしかしたら、あなたはこの章を読むまで自分の依 存症をはっきり自覚したことがなく、今もまだ半信半 疑かもしれません。試しに、次の質問に答えてみま しよう。 I.自分の価値は肩書もしくは職位で決まると思って   いますか? 2.自分が成功しているかどうかの指標は、お金また   は権力または威信ですか? 3.職業上の成功が終わった後の展開がはっきり見え   てこない、または見込まれる展開に不快感を覚え   ますか? 4.引退の具体的な予定はなく、働けるだけ働くつも   りですか? 5.職業上の成功によって人々に記憶されたいと思い   ますか?  「はい」が1つでもあった人は、成功依存症だと言え そうです。ちなみに、このプロジェクトを開始したと きの私であれば、全開「はい」だったと思いますので、 あまり落ち込まないでくださいね。  プライペートも仕事もうまくいっているうちは、成 功依存症を解決しないと、従来の強さから新しい強さ へと移ることはありません。成功依存症を解決するの は簡単ではありませんが、だからといって、依存症矯 正施設に入る必要もありません。当然、仕事を辞める 必要もありません(よかったですね。あなたも私と同 じで、生計を立てないといけないでしょうから)。  しかし、真実を素直に認め、変化を誓わないといけ ません。「自分は今問題を抱えていて、解決したい。 今までのやり方はもう通用しない。幸せになりたい」                 丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶 と認めるのです。なお、これはどんな依存症にも共通 する、克服の第一歩です。アルコホーリクスーアノニ マス(訳注一アルコール依存症の克服を支援する国 際組織)が定める克服プログラムのステップー(第一 歩)も、「私たちはアルコールの前に無力であり、そ のせいで生活が破綻したことを認めました」となって います。  幸福になりたいなら、「なんとしても幸福になりだ い」、「世間から見た自分の特別度が多少下がることを 受け入れて、自己モノ化をやめたい」と正直に宣言し なくてはいけません。「肩の荷を下ろしたい」という 願望をはっきり囗にするのです。そのために必要なの はプライドではなく、その対極にある謙虚さです。  私は謙虚になるためにあることを習慣にしていて、 大きな効果を感じています。20世紀初期のスペインで は、カトリック教会の枢機卿ラフアエルーメリー・デ ルーヴァルが「謙虚の連祷」という美しい祈りを残し ました。これは、屈辱から逃れることを求めるのでは なく、屈辱の恐怖と向き合う勇気を求める祈りで、 「主よ、屈辱を恐れる気持ちから我を解放したまえ」 と詠われています。この詩に触発されて、私も短い連 禧を作りました。そして、第2の曲線への移行を邪魔 する仕事依存症、プライド、失敗への恐怖心、完璧主 義、社会的比較にとらわれかけたときに、この詩を利 用しています。あなたも、信仰を持っているかどうか に関係なく、この詩を利用できます。大事なことは、 信仰の有無ではなく、依存症を言葉にし、解放された いという願望を囗にすることです。  人よりキャリアを優先する人生から、私を解放して ください。  仕事にかまけて人生をないがしろにする行為から、 私を解放してください。  他者より優位に立ちたいという欲望から、私を解放 してください。  世間の空虚な約束に惹かれる心から、私を解放して ください。  職業上の優越感から、私を解放してください。  愛よりプライドを取る心から、私を解放してくださ い。  依存から離脱する苦痛から、私を解放してください。  落ち込み忘れられる恐怖から、私を解放してくださ い。      次のステップ  ストライバーの大半がそうであるように、あなたも 世俗的な成功を達成するために長年を費やしてきたこ とと思います。それなのに今や、そうしたストライ バーの本能に抗いなさいと言われているわけです。し かし、その道を歩みはじめれば、人生で手に入れた多 くのものは、自他から見て「成功している」「特別な 存在」というイメージを築くために飾っておく、単な るトロフィーだったと気づくでしょう。トロフィーは、 物理的なもの、つまりあなたのすごさを象徴する「地 位財」である場合もあります。その代表例が、家や車 やボートですね。でも、そうしたものがあなたにとっ ては重要でないとしても(私にとっては重要ではあり ません)、または、あなたにとっての成功が大金をも たらす種類の成功でないとしても、他人事だと思わな いでください。あなたのトロフィーは、地位財以外の もの、たとえばソーシャルメディアのフォロワー数や、 有名人の友達、世間の水準から見て素晴らしい住環境 かもしれないのです。  いずれにしろ、そうした特別性の象徴が大量のフジ ツボのようにあなたにこびりついていることを自覚す るべきです。象徴は本当の満足感をもたらさないばか りか、あなたの体を重くし、次の曲線に飛び移るのを 邪魔します。ある程度削り取らないといけません。し かしどれを削り取ればいいのでしょう?  大きな家からアパートに引つ越したことがあれば分 かるでしょうが、引つ越しで一番厄介なのは、不用品 の見極めです。一つ一つのものを眺めては思い出にか られ、「これにはいい思い出があるし、また必要にな るかもしれない」と考えるものです。同様に、「自分 はものすごく特別な存在だ」という誤ったイメージを 捨てることを考えると、「後悔するんじやないか」と 恐ろしくなるでしょう。  そこで、次の章では、正しい「削り方」について考 えていきましょう。  台湾を訪れるなら絶対に見逃せない名所の1つが、 国立故宮博物院でしょう。8千年前の新石器時代から 20世紀初頭までの7千点以上にのぼる常設展示品は、 中国の美術品と工芸品のコレクションとしては世界最 大と言えます。  一つだけ問題があるとすれば、まさしくその規模で す。I同訪れただけでは、コレクションのほんの一部 しか見られません。ガイドなしだと見学はたちまち強 行軍と化し、壺や複製画や石の彫刻品を次々と通り過 ぎることになります。どれもこれも同じに見えて、最 も印象に残ったのは同じ建物内の軽食堂という落ちが 待っています。  そういうわけで、数年前のある日の午後、私は国立 故宮博物院をきちんと楽しむためにガイドを雇い、有 名な作品をかいつまんでその芸術的・哲学的意義を解 説してもらいました。まったく予想もしていなかった ことですが、たった匸一。肖で、そのガイドは私の人生を 変えたともいえる助言をすることになります。  清朝時代に作られたどっしりとした翡翠の仏像を見 ていたとき、「この作品には、東洋的な芸術観と西洋 的な芸術観の違いがよく表れていますね」とガイドが 何気なく言いました。「どう違うんですか?」と私は 尋ねました。  ガイドは多くを語らず、質問に質問を返しました。  「これから制作されようとしている美術作品を想像し てください、と言われたら、どんなものを想像します か?」  「真っ自なキャンバスですかね」  「そのとおりです。あなた方西洋人は、芸術は無から 生み出されるものだと考えているからです。東洋では、 芸術はすでにあって、それを明らかにするのが人間の 仕事だと考えます。足すから見えるようになるのでは なく、芸術でない部分を取り除くから見えるようにな るんです」  未着手の芸術と聞いて私か真っ自なキャンバスを思 い浮かべたのに対し、ガイドが思い浮かべるのは彫刻 が施される前の翡翠の岩、それこそ目の前にある仏像 の元となった岩の瑰みたいなものだと言うのです。私 にとっての芸術作品は、私か形を与えて絵を描いて初 めて存在します。ガイドにとっての芸術作品はすでに 存在し、岩から彫像でない部分の岩を取り除くことで 姿を現します。  この比喩は、彫刻の場合は極めて分かりやすいです。 これが音楽となるとやや難しくなりますが、不可能で はありません。インド出身の音楽家から以前、どうし てブラームスの交響曲の「音楽を聴き取れ」るんです か、と尋ねられました。私はどういう意味かと聞きま した。85の楽器が100デシベルもの音を響かせる オーケストラで、その音楽を聴かないのは極めて困難 ですから。するとその音楽家は言いました。「あまり にも大人数で同時に演奏されると、僕の頭の中では音 楽がぼやけてしまうんです」。これはまさに、西洋の クラシック音楽と、インドの古典音楽ラーガとの根本 的な違いです。クラシック音楽は「正解」に至るまで 音を足していきます(結果として、ブラームスの交響 曲のような巨大なオーケストラになります)。それに 対し、ラーガは「本当の音楽」をぼやかす音をすべて 切り捨てます(結果として、少人数の合奏になるわけ です)。  やはり、芸術は人生観を映し出す鏡です。西洋では、 損失を避け、より多くのものを蓄積することで成功と 幸福を手に入れられます(または、そう信じられてい ます)。お金、成果、人間関係、経験、威信、フォロ ワー、財産など、どれも多ければ多いほどよいのです。 それに対し、ほとんどの東洋哲学では、「貪欲は物質 主義と虚栄の種であり、その人の本質をぼやけさせ、 幸福探しの旅を脱線させる」と警鐘を鳴らします。自 分の姿が見えてくるまで、人生という翡翠の大岩を削 り取らなくてはいけません。  西洋では一般的に、歳を取るほど人生の装飾品、つ まりトロフィーは、増えていくべきだと考えられてい ます。より東洋的に考えれば、話が逆になります。歳 を取るほど、ものを蓄積して自分を装うのはやめ、無 駄をはぎ取って本当の自分を見つけ、ひいては第2の 曲線を見つけるべきです。紀元前4世紀に『老子』を 著した老子は、次の言葉を残しています。     私は素朴な心によって打ち克とう。     心が素朴であれば欲ば生じない。     みなが欲を捨てれば、みなの心が平静になり、     世の中はおのずと安定するだろう。1.  私は本書の調査を開始してまもなくこの思想に出会 い、心を奪われました。考えてみれば、生まれてから ずっと芸術漬けでした。私自身が音楽家だったという のもありますが、母もプロの画家でした。だからいつ だって、人生は創造力を発揮する試みだと思って生き てきました。「真っ自なキャンバス」という比喩は、 そんな私の人生をずばりと言い表しています。真っ自 なキャンバスを、アイデアや創造的な交流で埋め尽く していく日々が、私にとっては何より楽しいのです。  しかし台湾人ガイドと話し、その教訓を振り返ると、 人生の後半を生きている私にとって、西洋の比喩は正 解とは言えないんじやないか、と思い至りました。実 は、幸福と満足の邪魔になりはじめているかもしれな い、と。  50代となった私の人生は、財産、成果、人間関係、 意見、責務でぎゆうぎゆうです。私は自問しました。  「死ぬまで足し算を続けることが、幸福な人生を手に 入れるための正しい方程式なのか?」  どう考えても、答えはノーです。その手法は、そも そも無益なうえ、第1の成功曲線が下降し、努力で得 られる見返りが減るにつれ、ますます効果的でなくな ります。  第1の曲線から第2の曲線へ飛び移りたければ、人 生にものを足すのではなく、足し続けてもうまくいか ない理由を理解したうえで、ものを取り除かなくては いけません。      バケットリスト  手に入れるもの、所有するもの、やることを延々と 増やし続けることで幸福になろうとする戦略には、名 前があります。「バケットリスト」です。この言葉を インターネットで検索すれば、8千万件の結果がヒッ トするでしょう。周知のとおり、バケットリストとは、 死ぬまでに見たいもの、やりたいこと、手に入れたい ものをすべて書き出したリストです。芸術作品が完成 するまで筆を足していくのとまったく同じ考え方です。 バケツに入っている項目をすべてやれば、充実した幸 福な人生が手に入る、というわけです。  私はこの戦略に従っている人をたくさん知っていま す。あなたもたくさん知っていることでしょう。時々 思い出すのが、まだ10代たった頃に出会った男性です。 男性は、ソフトウェア分野の草分け的起業家で、人々 の生活を一変させることになる変革の最先端にいまし た。貧しい育ちで、仕事も鳴かず飛ばずでしたが、30 代後半にとあるチームに参加し、製品開発で大躍進し、 現在もよく知られているコンピュータープログラムを 開発したことで、本人も想像すらできなかったほど裕 福になりました。  それ以来、男性のアイデンティティーはもっぱら、 「成功した起業家」だけになりました。要するに、ず ば抜けて特別な人、ということです。しかしそうなる と、特別であり続けるために、一発屋ではいられなく なりました。男性はあれこれ画策しましたが、他に目 立った成功は収められませんでした。そこでバケット リストを始めました。家を何軒か買いました。車も何 十台も買いました。最新の便利機器、芸術品、高価な 小物類を、気の赴くままに買いあさりました。あまり に買いすぎて、買ったものを楽しむことさえできな かったほどです。ダイニングルームは一種の倉庫と化 し、獲得品の詰まった箱が未開封のまま積まれていま した。絵画は飾られずに床に置かれ、車は使われてい ませんでした。  あるとき男性は満足げに、起業家マルコムーフォー ブスの言葉を引用しました。「おもちゃを一番たくさ             I ん持って死ぬやつが勝ちだ。2」  それを聞いた私は思ったものです。  「おもちゃを一番たくさん持ってたって、死んだら同 じだろ」  男性の時間の使い方と人間関係も、その購買行動と 相通じるものがありました。男性は頻繁に旅をしては、 ドイツの城、カンボジアの寺院、北極の氷山など、バ ケットリストに挙げた場所をつぶしていました。自分 が見たものを人に見せるために、写真ばかり撮ってい ました。人間関係も似たようなもので、ほとんど知ら ない相手だけど写真を一緒に撮ったという理由で、何 百人もの人を友達にカウントしていました。いわば、 人をコレクションしていたのです。  そうまでしても、男性は幸福どころか不幸でした。 昔の大成功を、つまりモノ化した自分の定義を自慢し 続け、その自己像を強化できそうな新事業を探してい ました。男性が喉から手が出るほど欲しがっているも のが成功であることは明らかで、その代替品としての コレクションは、ますます増えて積み上がっていきま した。しかし、男性の成功願望が満たされることはあ りませんでした。  これはなにも目新しい問題ではありません。この問 題を解決した2人の男性を紹介しましよう。      王子から聖人になった者たち  1225年、貴族の家に生まれたトマスーアクイナ スは、アクィノ伯ランドルフの息子で、イタリア中部 の町ロツカーセッカにある家族の居城で育ちました。 ランドルフの兄弟(トマスのおじ)シニバルドはベネ ディクト会最古の修道院であるモンテカッシーノの修 道院長で、社会的に権威のある立場でした。貴族の息 子であるトマスも、聖職者になることを期待され、お じの輝かしい地位を継ぐ前提で育てられました。  しかしトマスはその世俗的な栄光には関心がありま せんでした。19歳になると、新興の修道会であるドミ ニコ会(清貧と遍歴説教活動に徹する托鉢修道上の一 団)に入る意向を告げました。それが、自分の本当の アイデンティティーだと感じたからです。富と特権に まみれた人生をそぎ落とし、本当の自己を見つける必 要がありました。  家族はその意向を認めませんでした。アクィノ領主 の一家ともあろう者が、名もなき貧乏人に落ちぶれる なんて許せません(親が子どもをモノ化するのはよく あることですよね?)。トマスをドミニコ会から強制 的に連れ戻し、1年間城内に幽閉したこともあります。 幽閉中も決意を翻さないトマスに業を煮やした兄弟が、 揺さぶりをかけるため、娼婦を雇ってトマスを誘惑さ せましたが、トマスは娼婦を暖炉の火かき棒で追い払 いました。  とうとう家族が折れ、トマスはドミニコ会の修道院 で学者としての道を究め、難解な哲学書を世に送り出 し、実に幸福な日々を過ごしました。俗世の特別な地 位よりも信仰の充実を選んだだけでなく、両者を区別 する専門家にもなったのです。トマスに言わせれば、 世俗の道を選ぶ人は「神の代用品」を選ぶ人です。そ の偶像は、偶像崇拝者をモノ化するだけで、偶像崇拝                       − 者の幸福願望を満たすことはけっしてありません。3. トマスが挙げたありかちな偶像の例は、宗教を信仰し ていない人にも当てはまるように思います。  その偶像とは、お金、権力、快楽、名誉です。  最後の「名誉」は、あまり不健全な執着には見えな いでしょう。現代では、名誉はとても好ましい意味合 いで使われます。私の息子はアメリカ海兵隊の隊員で、 「名誉をもって貢献する」ことを期待されています。 しかしトマスの言う名誉は、これとは違い、名声、つ まり有名であることを指しています。こう聞くと、自 分には関係ない(「有名かどうかなんて気にしません よしと一蹴したくなるかもしれませんが、名声とは、 名声の陰に潜む同類、威信と賞讃のことでもあり、要 するに、「大物」とあがめられることです。成功して はいても不安な多くの読者は、職業的または社会的な 威信にひどく執着します。  トマスの論じるところによると、そうした偶像は私 たちが一人の人間として求めているものではないため、 私たちの心を満たしません。それらは、モノ化された 特別な自己に支払われる偽造通貨なのです。たとえば お金について、トマスは次のように述べています。     富をはじめとする世俗の財を求める欲に関し    て言えば(中略)私たちはすでに所有している    ときはそれを軽蔑し、他のものを探す(中略)   なぜなら、所有すると、そうした財の不十分さ   がいっそうはっきりするからだ。まさにその事   実は、世俗の財が不完全であり、そこに至高善                 −   は存在しないことを示している。4.  言い換えれば、世俗的な財は満足をもたらしません。 トマスは権力、快楽、名誉についても同様の論議を展 開し、いずれの場合も、実は私たちの心からの願望を 満たすには不十分だ、と結論づけています。  しかし、トマスはただ講釈を垂れたわけではなく、 前述のとおり、それを実践しました。トマスが本当の 意味で偉大になれた理由は、世間の定義する偉大さを 捨て、世俗的な見返りを削り、自分の本質を見つけた からに他なりません。もしトマスがベネディクト会の 大修道院長という輝かしい地位に就いていたら、トマ スの生きた記録は中世の大修道院長を記した一覧にし か残らず、今日トマスを知る人は一人いるかいないか、 いたとしても、博上論文を執筆中の無名の学生くらい だったでしょう。しかし実際には、トマスは当時の最 も偉大な哲学者として名を馳せ、今なお西洋思想とカ トリック教会に影響を及ぼしているのです。  トマスの知恵は実際の生活に応用可能で、「幸福を 見つけるには、自分なら何を削るべきか」を理解する のに役立ちます。試しに、私の考えた「私の偶像は 何?」というパーティーゲームをやってみましよう。 トマスが挙げた4つの執着がそれぞれどの程度あなた を支配しているかを、低いほうから順にランクづけし ていきます。たとえば、他者を動かす権力に興味がな ければ、権力が4位。お金はあるに越したことはない けれど、そのために無理をするつもりはないので、3 位。この調子で続けます。快楽は微妙なところで、惹 かれはしてもコントロールできる、ということで2位 にしましようか。残ったのは名声、つまり威信または 賞讃です。他者の好意的な注目を絶えず求める欲、一 抹の後ろめたさを覚えながらも、惹かれずにはいられ ない、満たされることのない願望。それがあなたに とっての偶像で、それを手に入れるほど、あなたはモ ノになるのです。  トマスの話は珍しくもなければ、特別西洋的でもあ りません。釈迦の例があります。釈迦は紀元前624 年、現在のネパールとインドの国境地帯に住んでいた 釈迦族の王、浄飯王の下に生まれました。釈迦の母は 釈迦の生後まもなく死去し、浄飯王は人生の憂き目か ら息子を守るという誓いのもと、息子を宮廷内に閉じ 込め、息子の世俗的な欲求と願望をすべて満たしまし た。  宮廷から出たことがなかった釈迦でしたが、29歳に なると、好奇心を抑えられなくなり、外界を見せてほ しいと御者に頼みました。宮廷から町へ出ると老人に 遭遇し、初めて老いというものを目の当たりにしまし た。人はみな老いるのだと、御者から聞きました。宮 廷に戻ってからもその事実に悩まされ、もう一度町へ 連れて行ってほしいと頼みました。  2度目の逗留では、病人と、朽ちかけた死体と、苦 行僧に出会いました。病と死を知り再び苦悩しました が、苦行僧には困惑を覚えました。あの男が探してい るものが、私の満喫している世俗的な快楽でないとし たら、いったい何なのか、と。それに対する御者の答 えが、釈迦の人生を変えました。「あの苦行僧は財産 を放棄することで、(釈迦を悩ませている)病と死の 恐怖から解放されることを目指している」というので す。  こうした体験に衝撃を受けた釈迦は、生きる苦しみ との向き合い方を学ぶために、翌日祖国を離れ、苦行 僧となりました。それから6年、貧困の日々を送り、 すべての快楽を絶ち、断食し、あえて苦痛に身を投じ ました。しかし悟りには至りません。断食をしていた ある日、一人の娘から粥を提供されます。この施しを 受けた瞬間、快楽の放棄自体は生きる苦しみから解放 される鍵ではないと悟りました。そこで断食をやめ、 沐浴し、菩提樹の根元に座り、真理を体得するまで動 かないと誓ったのです。  その後数日かけて、真理に目覚めました。苦しみか らの解放は、俗事を放棄することで達成されるのでは なく、俗事への執着を捨てることで達成されるのだ。 極端な苦行も過度な快楽も避けた中道こそが目指す道 であり、苦行と快楽はどちらも執着であるため不満に 通じる。そう悟った瞬間、釈迦は仏陀になりました。  仏陀は、厄介な執着に対処するための実用的な指針 を考案しました。それが次に示す四諦です。 真理0 人生は、不満がつきものであり、苦(サンス     グリッド語: duhkha)である。 真理e その苦は俗事に対する渇望、欲望、執着から     生じる。 真理@ 渇望、欲望、執着を排除することで苦に打ち     克てる。 真理○ 渇望、欲望、執着を排除するには、八正道     (サンスクリット語一日高智)に従うことで     ある。  この真理を私たちの問題に当てはめると、次のよう になりますI「私は世俗的な成功を通して世間から の見返りに満足を求めるようになったが、それではい つまで経っても満足には至らない。世間からの見返り に執着していると、見返りを得ても不満ばかり覚え、 見返りを得られなくなれば余計に苦しむことになる。 この問題を解決するには執着を脱ぎ捨て願望を再定義 するしかない。それが私の悟りへの道であり、第2の 曲線への道である」。  トマスも仏陀も、世俗的な見返りそのものが悪だと 言っているわけではないことに注意してください。む しろ、世俗的な見返りは使い方次第では大いに善にな ります。お金は社会を機能させ家族を養うのに欠かせ ません。権力は他者を支援し伸ばすために使うことも できます。快楽は生活を活気づけます。名声を活かせ ばモラルを向上させる活動や思想に注目を集められま す。しかしそれらに執着すると、つまり人生の関心が 世俗的な見返りに集中し、それが手段ではなく目的に なってしまうと、問題が生じます。世俗的な見返りか らは、私たちの望む深い満足は得られません。  私たちは第1の成功曲線では世俗的な執着を追い求 めます。死ぬほど働いて、手のひらをすり抜ける満足 をつかみ取ろうとします。だから成功曲線が下を向き 始めると、その執着にひどく苦しめられます。第2の 曲線に飛び乗れるようにするには、その執着を削らな くてはいけないのです。      満足の科学  それから2千年近くかかって、大衆文化と現代社会 の科学がようやく釈迦とトマスーアクィナスの知恵に 追いつき、執着の問題に対する私たちの理解を助けて くれるようになりました。  ローリングーストーンズの曲で知っている曲が1つ だけあるとすれば、それはおそらく1965年の大 ヒット曲「(I Can't Get No)Satisfaction.(絶対に満足 できない)」ではないでしょうか。時代を超える名曲 の一つですが、その理由は音楽としての素晴らしさで はなく、人生の真理が歌われていることにあります。 私たちの「トカゲ脳」(正確には、大脳の辺縁系)の 奥、意識レベルのはるか下では、満足は左に示す誤っ た単純な方程式で定義されています。  満足=欲しいものを手に入れること  驚くほど単純でしょう。赤ん坊だってこの方程式に 従っています。信じられませんか? フライトポテト に手を伸ばしてくるI歳児に、ポテトを1本あげて、 表情を観察してください。あなたが前回大幅な昇給か 昇進を果たしたときの表情と、大差ないはずです。あ なたは心から望んだものをがんばって手に入れ、その 見返りに深く満足したのです。  そう、深く満足するのです……1日か2日は。本当 の問題はそこではないでしょうか? ローリングース トーンズのあの歌のタイトルは「(I Can't Keep No) Satisfaction.(絶対に満足は続かない)」にするべきで した。私たちは、願望を満たして満足する方法は多少 なりとも知っているのですが、その満足感を維持する ことがとてつもなく下手なのです。まるで、一つのも のを長く楽しむことを、脳が阻止しているのではない かと思えるほどです。  そして実際に、そうなのです。その理由を理解する には、「ホメオスタシス」という概念を知る必要があ ります。ホメオスタシスとは、あらゆる生態系に備 わっている、生存のために一定の状態を維持しようと する性質です。この言葉が初めて登場したのは、医師 ウォルター・キヤノンによる1932年の著書『から だの知恵この不思議なはたらき』で、私たちには体 温、水分、塩分、糖分、タンパク質、脂質、カルシウ ム、酸素濃度を調節する仕組みが備わっていることが         I 説明されています。5.  ホメオスタシスは私たちの生命と健康を保つだけで なく、薬物とアルコールの作用機序にもなっています。 初めてアルコール度の高い酒を飲んだり、ヘロインを 打ったりしたときは、無防備な体に大きな衝撃が走り ます。依存症の人は、その最初の感覚に病みつきに なってしまうのです。これは非合法の薬物に限った話 ではありません。私か初めて大量のコーヒーを飲んだ ときもそうでした。中学1年生のときのことです。友 達の両親がエスプレッソマシンを買いました(当時は 1977年でしたから、とても珍しいことでした)。 私はシアトル育ちだったので、当時世界で唯一たった スターバックスまで一緒に出かけ、コーヒ上豆をIポ ンド買い、エスプレッソをI人8杯ずつ飲みました。 その夜、私は友達の家の屋根に上り、樋で腹に深い傷 を負ったにもかかわらず、血をだらだら流したまま、 「なんて澄んだきれいな星空だろう」と思ったもので す(ここまで極端ではなくても、依存性のある物質を 初めて摂取すれば、誰でも似たような体験をする可能 性があります。だからこそ、スターバックスは「最初 の一口に覚えたあの感覚」をキャッチコピーにしてい るのです)。  あの最初の一口(ものによっては「一撃」「一発」 と言うべきですが)に、あなたが快楽を覚える一方で、 脳は均衡を破る急襲を感知し、侵入する薬物を中和す ることで反撃し、最初の感覚を復活させないようにし ます。ですから、今の私は飲もうと思えば一日中でも コーヒーを飲めますが、屋根に上がることはけっして ありません。さらに、ホメオスタシスはあらゆる娯楽 物質に対しリバウンド効果を発揮し、飲酒後の二日酔 い、ヘロインからの離脱症状、カフェインが切れた後 の疲労感をもたらします。  依存症は基本的に、ホメオスタシスの不適応であり、 均衡を乱す絶え問ない襲撃に脳が過剰に慣れた状態と 言えます。14歳で飲んだ初めての酒は忘れられないほ ど刺激的たったとしても、何年も過剰摂取を続ければ その日最初の一杯を飲んでもたいした刺激はなく、そ の刺激が去ると不快感を覚えます。あなたの脳は「ア ルコール不足」に苦しんでいる状態なので、あなたは 「正常」の感覚になるためだけに、アルコールを必要 とします。  感情にも同じ原理が働いています。良い意味でも悪 い意味でも、感情が衝撃を受けると、脳は均衡を回復 しようとして、その高揚や低迷を長引かせないように します。特にポジティブな感情の場合がそうで、その 原理は、進化学的に見れば「生き残る」という目的に かなっています。あなたの祖先の原始人は、茂みで果 実を見つけたからといって、その喜びに長時間かまけ、 脅威を見落とし、トラのおいしい昼食になってしまう わけにはいかなかったのです。  そんなこんなで、いくら成功しても、あなたはけっ して満足できません。成功によって自尊心を保ってい ると、みじめな気分を回避するために延々と勝利を探 し続けることになるでしょう。それは単純に、ホメオ スタシスの働きによるものです。成功のもたらす高揚 感はあっというまに中和され、みじめな感覚だけが残 ります。あなたがまた成功を探すと分かっていると、 脳は最終的に普段の感覚を「成功不足」ととらえるよ うになります。そのうちに、あなたは失敗したような 気分にならないためだけに、絶えず成功による高揚感 を求めるようになります。この現象を社会経済学では 「快楽のランニングマシン」と呼びます。走っても 走っても、目標にはまったく近づいていません。止 まったり減速したりして後ろに吐き出されるのを避け ているだけです。  ですから私たちの方程式を見直し、ここまで見てき たことをもっと正確に表す新しい方程式に更新しま しよう。  満足=欲しいものを手に入れ続けること  あなたの目の前には、つかの問の達成感というニン ジンかぶら下かっていますが、実際には、感情という 快楽のランニングマシンの上で同じ場所を走り続けて いるにすぎません。しかも、能力が低下しはじめると、 これまで以上に速く走っているにもかかわらず、ニン ジンは徐々に遠ざかっていきます。このように、不満 という問題が落ち込みの問題を悪化させます。  何年か前に見たアニメーションで、臨終の男性が悲 嘆にくれる家族に「くだらないものをもっと買ってお けばよかったなあ」と言う場面がありました。成功者 は富を増やすために働き続け、本人だけではとても使 い切れないうえに相続しても余りあるほどの財産を貯 め込む傾向があります。私はある日、裕福な友人にそ の理由を尋ねてみました。その友達によると、お金持 ちになった人はたいてい物質的な観点からしか自分の 価値を測れないため、何年経っても「稼いで手に入れ る」という快楽のランニングマシンから降りられない のだそうです。走り続ければいつかは、「十分に成功 して幸福になったから、そろそろ死んでもいい」と思 える日が来るだろう、と思っているのです。  しかし、その作戦はけっしてうまくいきません。      進化の仕組みに紛れ込んだバグ  進化心理学によれば、「もっともっと」と際限なく 求める私たちの傾向は、完璧に理解できます。有史以 来ほとんどの期間は、大多数の人類が飢餓に瀕してい ました。「裕福な」原始人は余分な獣皮と矢じりをい くつかIもしかしたら、予備の穀物と干し魚をかご 数杯分もI持っていました。この意味での「もっ と」は間違いなく生存に有利だったでしょう。厳しい 冬を乗り越えやすくなるからです。  ただ、私たちの原始人の祖先は越冬したかっただけ ではありません。それ以上の野望を抱いていました。 パートナーを見つけ、子どもも持ちたかったのです。 どうしたらそれが可能でしょうか? 所有物が十分あ るだけではだめです。隣の洞穴の住人よりもたくさん 持っている必要があります。そうすれば、パートナー 市場でより有望な候補者になれるでしょう。  そう考えると、生きている限り私たちが地位と富で 社会的比較をせずにいられない理由が見えてきます。 成功で得られる満足感について語る際、考慮すべき要 素がもう1つあるのです。つまり、成功は完全に相対 的なものだということです。結局のところ、社会的階 層の基準となるのは、あなたが属するコミュニティー の他人です。ここで言うコミュニティーは、地理的な もの、職業的なもの、バーチャルなものも含みます。 私の知り合いには、何億ドルもの資産があるのに失敗 者だと感じている人たちがいます。「友達は数十億ド ル持っているから」というのがその理由です。他の誰 かのほうがもっと有名だという理由で落ち込んでいる ハリウッドの有名セレブもI人ではありません。  言うまでもなく、社会的比較は愚かで有害な行為で す(この点については最終章でも触れます)。研究も それを裏づけています。「隣人」と張り合う行為は、 不安どころかうつ病の原囚になることが明らかになっ       I ているのです。6.人間の被験者にパズルを解かせた 複数の実験では、いずれも、他の被験者との相対的な 出来栄えを最も気にする人たちが、最も不幸を感じて     I いました。7.他人からうらやまれたときにほとばし る小さな優越感は、次の瞬間には、「もっとたくさん 持っている人がいる」という不幸感にかき消されます。 それなのに、「他人よりたくさんのものを手に入れた い」という私たちの衝動がやむことはありません。  残念ですが、社会的比較はそう簡単にやめられそう もありません。そうなると、方程式も変わってきます。  成功=他人よりもたくさんのものを持ち続けるこ  別の表現をするなら、成功しているという満足感を 得るには、快楽のランニングマシンで走り続けるだけ でなく、同じようにランニングマシンで走っている他 人よりも、多少速く走らなければなりません。  しかも、ランニングマシンに乗っているということ は、何かを追って無駄にたいそうな運動をしているだ けでは済みません。何かに追われてもいるのです。そ の何かとは、失敗です。よくご存じかもしれませんが、 ランニングマシンで走っても、実際にはIミリも前進 しません。しかし走るのをやめれば、インターネット で模倣・拡散される痛い爆笑動画さながらに、後ろに 吹き飛ばされます。そして、その可能性はどんどん上 がっていくように見えます。能力の落ち込みを避けら れない以上、走る速度を上げても、徐々に遅れていく ことになるからです。  当然、恐怖心が湧き、次の方程式が成立します。  失敗=持っているものが減ること  「増やしたい」という衝動以上に強力なのが、「減ら したくない」という抵抗感です。私たちは、利益を得 るよりも、損失を避けることにいっそう力を注ぎます。 この発見により、プリンストン大学のダニェルーカー ネマンがノーベル経済学賞を受賞し、エイモス・トペ ルスキーとの共同研究によるプロスペクト理論の功績         − が認められました。8.プロスベクト理論は、「人は 理性に基づき、利益と損失を同等に評価する」という 仮説を覆します。「人はあるものを得るより、それを 失うことにはるかに敏感だ」と断定しているのです。  カーネマンとトペルスキーが「損失回避」と呼ぶ傾 向が、私たちには備わっています。株式市場が10%値 上がりしたときよりも、10%値下がりしたときに報道 機関が大騒ぎするのはそのためです。同じ理由から、 私たちは失望をひどく嫌い、研究で明らかになってい るとおり、あれこれと手を尽くして失望を避けようと    I します。9.たとえば、私の亡き父は誰もが認める悲 観主義者でした。かつてモンタナの田舎を車で長距離 移動していたときも、「きっとガス欠になって道端で 車中泊する羽目になるぞ」と言いました。ガスメー ターを見る限り、ガソリンは半分以上残っています。 どうしていつもそういう最悪中の最悪のシナリオを想 定するのかと尋ねると、父は言いました。  「想定外にがっかりするより、嬉しい驚きのほうがい いじやないか」  これもやはり進化論的にはもっともとしか言いよう がありません。人類が常に飢餓と隣り合わせたった時 代はI産業化前、つまり人類史の大部分は、世界の 大部分がそうだったわけですがI利益は確かにいい ものですが、損失は死につながる恐れがありました。 誰かに洞穴に忍び込まれ、冬ごもり用のバッファロー の乾燥肉を盗まれたら、餓死してしまいます。プロス ペクト理論に従えば、時計を盗まれると、他に時計を 4つ持っていたとしても恐怖を感じるのも、うなずけ ます。隠しておいたバッファローの乾燥肉を盗まれた と錯覚しているのです。  産業化とグローバル化と企業活動によって、繁栄が 広がり大衆化してもなお、私たちは神経生物学的な本 能に衝き動かされています。産業化社会では、つまり 今日の世界のほとんどの場所では、厳しい冬は大半の 人にとって重大な脅威ではなくなっていますし、年々 その度合いも増しています。それにもかかわらず、私 たちはまだ、快感を味わったり、成功しているという 信号を他者に送ったりするために利益を増やし、恐怖 や恥のような不快感を避けるために損失を減らさずに はいられません。  現代生活では、心身を消耗してまで5台の車やら5 つの浴室やらをIもっと言えば5枚のシャツさえも I持つ意味はまったくありません。でも、単純に。       − 欲しいのです。10。その理由を解き明かすのが神経生 物学です。新しいものを購入する、お金を手に入れる、 権力が増す、評判が上がる、さらには、性的なパート ナーができる、といったことを考えると、神経伝達物 質のドーパミン(ほぼすべての依存行動の裏にある快             − 感のもと)が放出されます。H。生き残って遺伝子を 残すのに有利な行動を取ると、私たちに報酬を与える ように脳が進化したのです。現代生活においては前世 紀の遺物とも言える仕組みですが、何はともあれ、そ れが現実です。  問題はここからです。本章に出てきた方程式は、 ドーパミンの放出を司り、短期的な快楽を生み出しま す。でも長続きする満足感はもたらしません。人生の 後半に差しかかっている場合は特にそうです。若い頃 は、比較的所有物が少なく、何かと見栄を張りたい時 期でもあるので、世俗的な見返りが増えれば一時的に 満足感を得られます。しかし、歳とともに、その満足 感は続かないことが分かってきて、虚しさを実感する ようになります。その間にも、周りに後れを取るよう になり、恐怖心にかられます。だからこそ、心理学者 カールーユングは、「若者にとっては普通の目標が、 歳を取ると神経症をもたらしかねない障害になる」と 述べたのです。  その実例として私か好んで挙げるのが、10世紀にス ペインのコルドバを生きたアミールでもありカリフで もある、アブドーアツラフマーン3世です。アツラフ マーンは贅を極めた絶対的統治者でした。70歳頃、自 分の人生を次のように評価しています。     私は勝利と平和を守って50年以上君臨し、臣    下には愛され、敵には恐れられ、味方には敬わ    れてきた。富と名誉と権力と快楽が、呼べばい    つでも訪れる状態だった。私か幸福であるため    に必要なこの世の恵みは何であれ不足したこと    がないように思える。12。  想像を絶する名声、富、快楽。最高でしょう? で も、続きはこう書かれています。     純粋にまぎれもない幸福に恵まれた日々を丹    念に数えてみた。計14日だった。      方程式を修正する  まとめると、私たちの衝動も、永続する満足感が達 成できそうもない理由も、次の3つの方程式で説明で きます。  満足=欲しいものを手に入れ続けること  成功=他人よりもたくさんのものを持ち続けるこ  失敗=持っているものが減ること  不満という病から抜け出せなければ、これまで以上 の高みを求めて世俗的な見返りを追い続けることにな ります。しかしいくら追っても満足には至らないため、 キャリアの落ち込みが余計につらくなります。なにし ろ、満足できるだけのことを達成しようと必死に走っ ているのに、むしろ後退していくのです。快楽のラン ニングマシンから少しずつ落ちていっているのです。  もちろん、そんなことは内心では分かっています。 しかし分かっていても、問題は解決不能に見えます。 その驚くべき証拠と言えるのが、「快楽のランニング マシン」という言葉の生みの親であるフイリップーブ リツクマンです。ブリツクマンは著名な心理者で、 「宝くじの当選による満足感は持続しない」ことを明 らかにした功労者でもありますが、ミシガン大学の自 身の執務室から通りの向かい側の建物に身を投げ、自      − 殺しました。13.あるいは、起業家トニー・シェイの 例もあります。シェイはオンライン小売業の草分け的 企業ザッポスの創業者で、『ザッポス伝説』という超 ベストセラー本の著者でもあります。しかし、長期間 にわたる薬物乱用などの自己破壊的な行動の末、自傷 を予告する緊急通報を最低でもI件入れたのちに。                 − 2020年、46歳で亡くなりました。14。  しかし、絶望するのはまだ早いです。満足は実現で きます。古い方程式ではうまくいかないだけです。間 違った方程式をすべて捨てて、仏陀やトマスや現代の 社会科学者の知恵を取り入れた次の方程式を使うので す。  満足=持っているもの÷欲しいもの  満足とは、持っているものを欲しいもので割った値 です。前述の方程式との違いが分かりますか? 前述 の進化論や生物学に基づく方程式はいずれも、分子の 「持っているもの」しか見ていません。今人生に満足 していない人は、ずっと「持っているもの」だけに焦 点を当ててきたに違いありません。分母の「欲しいも の」を無視してきたのです。「欲しいもの」を管理せ ずに「持っているもの」を増やし続ければ、「欲しい もの」は増殖し際限なく広かっていくでしょう。一歩 間違えれば、成功の階段を上るほど満足感が減ること になりかねません。「欲しいもの」が常に「持ってい るもの」を上回ってしまうからです。そうなれば、満 足感は下がります。  その実例は、嫌と言うほど見てきました。たとえば、 ある女性は、物質的には途方もない成功を収めている のに、富と知名度が増すほど、満足できなくなってい ます。50歳のときにベンツを買いましたが、30歳でシ ボレーを買ったときほど満足していません。なぜで しょう? 今度はフェラーリが欲しくなったからです。 本人は、何か起きているのか気づいてさえいません −何かを手に入れるたびにランニングマシンに戻っ て走り出すことを、延々と繰り返しているだけだとい うのに。  世の中は、「欲しいもの」をいつの間にか増殖させ る手練手管であふれています。ランニングマシンで 走っているということは、「持っているもの」を増や すことで、切りのない「欲しいもの」を満たそうとし ている状態ですから、他人に金儲けをさせているのだ と自覚するべきです。世界で最も悟った人物と言える ダライーラマ法王でさえ、こう認めています。「時々 スーパーマーケットに行きます。いろんな素晴らしい ものであふれていて、見ていてとても楽しいのです。 それであれこれ見ていると、欲が湧いてきて、つい飛 びつきそうになります。あれも欲しい、これも欲しい。           − と思ってしまうんです。15」  別に世の中が悪いわけではありません。私たちが満 足できないのは企業のせいではなく、私たち自身の責 任です。高速のランニングマシンで前進しようとし、 マーケティングのしかけにひっかかって落ちる、とい う徒労を繰り返してはいけません。欲を管理すること で、ランニングマシンのスイッチを切るのです。スペ インのカトリック教会の聖人ホセマリアーエスクリ バーの、「最も持っている人とは、最も要求しない人                        − のこと。自ら要求を増やさないようにしましよう。 − 16」という言葉どおりです。      1.WHATではなくWHYを問う  欲を管理し、持っているものを削る心構えができた ら、まずは具体的に何を削るか考えなくてはいけませ ん。その際生じるのが「私のWHYは何?」という疑 問です。ベストセラー作家でスピーカーのサイモンー シネックは、仕事やプライベートで本当の成功を探し 求める人々には必ず、「自分のWHY(目的)を見つ               I けるべきだ」と助言しています。17。つまり、自分の 中に眠っている貞の可能性と幸福に目を向け、生きる 目的を明確な言葉で表し、その目的に貢献しない活動 を削るのです。あなたのWHYこそが、翡翠の岩に秘 められた彫刻です。  大半の人は、人生のWHAT(していること)に時 間を費やしています。キャンバスに描いた筆致しか見 えていません。たとえば、私自身も自分を「大学教 授」「作家」などととらえがちです。日々のWHAT で精いっぱいな人たちもいます。例として、成功して いる50歳のジャーナリストから受け取った次のメール を読んでみましよう。     親友とよく言うんです。「私たち、50代の今    をもっと楽しんでおかないと、後悔するんじや    ないの?」。きっと後悔するよね、と言い合っ    て、電話を切ったら狂気の日常に戻ります。狂    気の日常を望んでいる人はいないと思います。    でも、良い家が欲しい。他にも、良い学校、旅    行、自然食品、大学、教会、キッズキャン    プ……と一一。一にっていたら、今の境遇から抜け出せ    やしません。  この女性の発言について考えてみましよう。女性は、 幸福になりたいなら雑多な願望に惑わされてはいけな いということは百も承知なのです。でも、そうすると 話があまりにもややこしくなり、平凡な暮らしが崩壊 してしまう。だから、自分の望む幸福は他にあると 知っているのに、そのために必要な変化を起こそうと しないのです。  そのメールを受け取ったのと同じ日に、この女性と よく似た境遇にいる別の人からもメールをもらいまし た。50代の女性で、仕事で大成功していたものの、執 着心に悩まされていました。しかし、父親の死にざま を見て、目が覚めたのだそうです。    (もはや)モノに囲まれて暮らす必要性は感じ    ていません。特に父が自宅で亡くなってからは。    家の中がモノであふれ返っていて、救急隊が父    の元にたどり着くのにひどく苦労したんです。    とても大きな教訓になりました。  女性の父親は、ガラクタの山に埋もれたまま、救助 される前に死んでしまったのです。女性は自問しまし た。私も巨岩を築くことに人生を費やしてきたせいで、 精神的なガラクタに埋もれてしまっているのでは? そして、WHYを見つけるために、WHATを削るこ とにしたのです。  このような話は何度となく聞いてきました。喪失や 病気を経験することで重要なものがはっきり見えるよ うになって、人生における不健全な執着に気づくので す。さまざまな研究で示されているように、病気や喪 失を乗り越えた人々は心的外傷後成長を体験します。 実は、がんと診断されてから長期間生き延びている 人々は、人口統計学的に類似の特徴を持つ、がん経験 のない人々よりも、高い幸福度を申告する傾向があり   I ます。18。がんの長期生存者に話を聞いてみてくださ い。財産、お金の心配、非生産的な関係性といった、 重しとなっていた愚かな執着から解放された、と答え るでしょう。命を失う脅威は、早々に削岩機を手に取 り、本当の自分を包み隠している翡翠に当てて、生き る目的を掘り出そうとします。  とはいえ、悲劇的な喪失や命の危機を体験しなくて も、このプロセスは開始できます。最近、ルーサー・ キタハラというカリフォルニア出身の55歳の起業家に 出会いました。ルーサーは世界的有名人ではありませ んが、アメリカンードリームを体現した人生を送って きました。移民の両親から、「勉強と仕事に精を出し 成功しなさい」と言われて育ち、それを実現したので す。コンピューター科学者になり、7つの会社を立ち 上げました。成功のランニングマシンで懸命に走り、 外発的な見返りを追求・獲得しては、すぐに満足感を 失いまだ走り出すことを繰り返してきました。  50歳頃、とうとう苛立ちと虚無感に襲われ、自分の 欲を削りはじめました。「それまでの私は、情熱や意 義、目的で動く思考回路ではなかったんです」。数年 かかりましたが、最終的には前のキャリアを離れ、今 では人生の立て直し方(むしろ「解体のし方」という べきでしょうが)を人々に指導しています。家族と過 ごす時間も増やし、精神生活にも力を入れています。 お金や権力、名声が減ったのは確かです。しかし、生 まれて初めて、満足できるようになりました。  増やすのをやめ、削りはじめたことで、晴れて第2 の曲線に飛び移れたのです。本人の簡潔な表現を借り れば、「今の生き方が本当に気に入っている」そうで す。  あなだだって同じセリフを言えます。でもそのため には、削ること、つまり世俗的な欲を管理することを 開始しなくてはいけません。それも、今すぐに、です。 欲を放置するほど、流動性知能曲線に足を引っ張られ、 今の曲線から飛び出しにくくなってしまうことを、肝 に銘じましよう。      2.リバースバケットリスト  削減に着手するもう1つの方法は、私たちを満たさ れない経済人にしている助言を見直し、真逆のこと をすることです。たとえば、自己啓発のカリスマたち が言いがちな助言として、「誕生日にバケットリスト の棚卸をしましよう」というものがあります。これは、 世俗的な野望を強化しましよう、と言っているも同然 です。欲しいものを一覧にすれば、一時的には満足で きます。願望を司る神経伝達物質であるドーパミンが 刺激され、快感が生じるからです。  しかし一覧を作れば執着が湧き、一覧が増えるほど 不満も増えます。前の章でご紹介した私の友人を思い 出してください。友人は満足感を求めてバケットリス トの項目をつぶし続けましたが、その戦略は実を結び ませんでした。仏陀は『法句経』で次のように述べて います。「無節操に生きる人の渇望は、つる植物のよ うに伸びていく(中略)この浅ましくしつこい渇望に                    I 溺れれば、雨後の草のごとく悲しみが育つ。19」。私 自身はこの流れに逆らい、本章の考えを現実的かつ効 果的に実践するために、「リバースバケットリスト」 を作成しています。  毎年誕生日に、自分の世俗的な欲と執着を一覧にし ます。世俗的な欲と執着とは、トマスが論じた「お 金」「権力」「快楽」「名誉」という分類に当てはまる ものすべてを指します。正直に書くよう心がけていま す。ボートやケープゴッドの家など、本当に欲しいわ けではないものは、書きません。欲しくてたまらない ものと向き合います。それはたいてい、他者からの賞 讃を意味するものです。お恥ずかしい話ですが、本当 のことです。  次に5年後の自分を想像しますI幸福で、心は穏 やかです。自分の人生をおおかた楽しんでいます。満 足して、目的と意義に根差した生活を送っています。 妻に言います。「今は、本当に幸福だとしか言いよう がないよ」。想像が一段落したら、そんな未来の人生 に含まれるどんな要素が、幸福に大きく貢献している のかを書き出します。それはきっと、信念、家族、友 情、そして働くこと自体が満足をもたらすような、有 意義な、他者に奉仕できる仕事でしょう。  続いて、バケットリストに戻ります。バケットリス トの項目と、先ほど考えた幸福の要素とを比べて、時 間、注意、リソースを割くに値するか考えます。幸福 の要素に比べたら、バケットリストの項目がいかに無 意味か。人間関係を犠牲にして赤の他人の賞讃を選ん だらどんな未来が待っているか。その思いを念頭に置 いて、バケットリストを見直します。各項目に対し、 次のように言います。「悪いものではないけれど、こ れを手に入れても私の求めている幸福と平穏は訪れな いし、そもそもこれを目指す時間もない。この願望は 手放そう」  最後に、本当の幸福をもたらす要素を見返し、それ を追求することに時間と愛情とエネルギーをかけよう と誓います。  このワークをやるようになってから、私の人生は大 きく変わりました。あなたも効果を感じられるかもし れません。      3.「小さく」生きる  ほとんど空白の残っていないキャンバスに筆を足す。 この悪しき習慣を打破する3つ目の方法は、身の回り にある小さな物事に目を向けることです。ヴォルテー ルの1759年の風刺小説『カンディード』は、主人 公の純朴な青年カンディードが、彼の家庭教師で筋金 入りの最善主義者であるパングロス教授とともに繰り 広げる冒険を描いたものです。20。物語では、阿鼻叫 喚の展開が次々と待ち受けています。戦争に、強姦に、 共食いに、奴隷制度。パングロスが臀部を半分切断さ れる場面さえあります。最後は、2人で小さな農園に 退き、幸福の秘訣は世俗的な栄光ではなく、足るを知 ること、つまり「自分たちの畑を耕す」ことだと気づ きます。  満足は、より大きなものを追うことから生じるので はなく、より小さなものに注意を払うことから生じま す。禅師ティクーナットーハンは、著書『マインドフ ルの奇跡』で次のように説いています。「皿洗いをし ているときは、皿洗いだけに集中するべきです。つま り、皿洗いをしている間は、皿洗いをしているという                 − 事実を完全に意識しているべきです。21」。その理由 とは? 皿洗い中に過去や未来のことを考えているな ら、「皿洗いをしている間は、生きていない」からで す。死んだ過去を追体験しているか、観念の中にしか 存在しない「未来に吸い込まれている」か、どちらか です。ですから、マインドフルであることだけが、本 当の意味で生きていることなのです。  以前、妻とともに親友たちの家にお邪魔し、庭で飲 食していたときのことです。夕闇が迫るなか、親友た ちの声掛けで、私たちは小さな閉じた花をつけた植物 の周りに集まりました。「花を見ててごらん」、と親友 が言いました。私たちはそのとおりにしました−10 分ほど、無言のまま。すると突然、花がパッと開き、 毎晩こうやって咲くのだと教わりました。驚きと喜び で息をのみました。震えるほど満ち足りたひと時でし た。  面白いことに、昔バケットリストに書いた大半のく だらない物事と違い、その満足感は持続性がありまし た。当時のことを思い出すと、今も喜びに包まれます I私か残したたくさんの世俗的な「成果」を思い出 すときよりも、嬉しくなるのです。なぜなら、それは 大きな目標が成就した記憶ではなく、思いがけない小 さな幸運に感動した記憶だからです。まるで特別な理 由も目的もないのに贈り物をもらったかのような、小 さな奇跡だったからです。      先を見据える  本章では、「バケットリストを作れば不満以外は何 でも手に入る」という考えを一刀両断にしました。で も、従来のバケットリストの利点も1つ言わせてくだ さい。従来のバケットリストを作れば、時間の有限性、 ひいては時間の上手な使い方に目が向きます。バケツ トリストの狙いは、やり残しがあることを確認し、 「まだ死ぬわけにはいかない!・ 熱気球に乗ったこと がないんだから!・」と言うことにあるのです(熱気球 の例は創作ではありません。「熱気球に乗る」は、 2017年の調査で、バケットリストの平均第6位で   I した。22)。  生きている以上、死ぬのはあまりにも正常で当然の ことです。それなのに私たちは、死が異常で突拍子も ないことであるかのようにふるまうのが驚くほど上手 です。私の教え子たちは大学院生なので、20代後半で あることが多いのですが、死ぬまでに感謝祭を迎える のはあと50〜60回、親に会えるのはあと20〜30回だと 私から聞かされると、大きなショックを受けるようで す。若者だけではありません。アメリカ人が押しなべ て、「老齢期」は平均寿命の6年後から始まると考え ていることを思い出してください。私たちは寿命や残 された時間の現実から目をそらし、自らをだまして、 いくらでも時間があると思い込んでいるのです。これ では、今すぐ人生を変えなくてはいけない、たとえば、 第2の曲線に飛び乗らないといけない、という切迫感 は湧いてきません。  ですから、私たちが次に挑むべきことは、終わりに 向けて計画することです。それは、課題であると同時 に、チャンスでもあるのです。  数年前、私とほぼ同い年の、CEOの旧友と昼食を 取っていたときのことです。私は本書の研究内容につ いて、洗いざらい話しました。君の流動性知能曲線は 必ず落ち込むし、多くの成功者にとって、その落ち込 みを乗り超えるのはとても難しいことなんだ、と。  「僕は大丈夫さ」と旧友が言いました。  「どうして?」  「落ち込まないから。常に前よりがんばればいいだけ でしよ。がんばれなくなるまで」  要するに、限界までがんばってコロツと死ぬ、とい うのです。第2の曲線の出番はありません。乗り換え る必要がないからです。  このやり方で流動性知能の落ち込みに対処すること を、私は「光が消えかけても抵抗する作戦」と呼んで います。これはもともと、ディランートマスが 1951年に発表した有名な詩「あの心地よい眠りに おとなしく入ることなかれ」に出てくる表現です。臨 終の父に向けて作ったその詩の中で、トマスは「光が 消えかけても最後まで抵抗してくれ」という有名な一 節で、文字どおり死について詠いました。実際、人々 はいつも死に抵抗してきたのです。  あなたの言いたいことは分かります。「私は死を恐 れていない」と言いたいのでしょう。それについて私 には何とも言えません。心理学者なら、そんなのは自 己暗示にすぎないと言う人が多いでしょうが。  いずれにしろ、ポイントはそこではありません。あ なたは、「仕事は私の命だ」と考えたことがあります か? あるなら、あなたが落ち込みに抱く恐怖心は、 死に抱く恐怖心と根本的には同一です。仕事が生きが いで、働くことが生きることとイコールなら、または、 そこまででなくても、仕事がアイデンティティーの源 になっているなら、自分が確かに生きていることを証 明するには、仕事の能力や業績を示さなくてはいけま せん。それが落ち込むということは、死の途上にある ことと同じです。  そもそも、ストライバーのあなたが流動性知能と キャリアの頂点にたどり着けたのは、強い意志でがむ しやらに働き続けてきたおかげです。がんばって「抵 抗する」という対処法が、最もなじみ深いのです。し かし、抵抗しても寿命には逆らえないように、キャリ アの落ち込みにも逆らえません。流動性知能で可能に なる能力は、上昇したら、下降します。どんな仕事で もそうです。その時期が早い人もいれば、遅い人もい るように、職業による差はかなりあります。でも、肉 体労働ではないという理由だけで、キャリアの落ち込 みを無限に引き延ばせると考えるのは大間違いです。 「頭脳労働」だって一般的に、認知症やボヶが始まる 何十年も前から流動性知能が落ち込みはじめることは、 これまで見てきたとおりです。  キャリアの落ち込み、つまり一種の死という現実と 向き合って初めて、第2の曲線へと進めます。向き合 わなければ、私の旧友のように避けられない現実と戦 おうとするか、現実を回避できる方法がどこかにある んじやないかと夢見ることになるでしょう。現実と向 き合うとは、死の恐怖にI文字どおりの意味でも、 職業的な死という意味でもI打ち克つということで す。死を恐れているうちは、流動性知能曲線に拘束さ れます。死の恐怖を克服できたら、計り知れないほど の見返りが得られます。拘束から解き放たれます。  しかしそのためには、現実と正面から向き合うしか ないのです。      死の恐怖を理解する  「死を思うこと、死に対する恐怖心は、何よりもしつ こく人類を悩ませる」とは、人類学者アーネスト・                  − ベッカーの著書『死の拒絶』の一節です。1.大多数 の人がある程度死を恐れていますし、ほとんどの調査                    − では20%の人が死に強い恐怖を感じています。2.な かには、「死恐怖症」という精神状態に達するほど極 度に死を恐れている人もいます。  恐怖の程度はいろいろですが、死の恐怖には8つの 次元があります。「滅びる恐怖」、「死の過程に対する 恐怖」、「死者に対する恐怖」、「大事な人が死ぬ恐怖」、 「未知に対する恐怖」、「死を意識する恐怖」、「死後の                   I 体に対する恐怖」、「早死にする恐怖」です。3.  うち1つ目は、人間特有の恐怖です。いわば、存在 しないことの恐怖、完全に消えることの恐怖、忘れら れる恐怖です。私の飼い犬は脅威にさらされれば恐怖 を感じるかもしれませんが、私の知る限り、「存在し ない」という概念は理解していません。そもそも自分 が「存在」していることを知りませんからね。そう考 えると、「存在しなくなる」恐怖は、生物学ではなく 哲学の範疇にあると言えます。死は不可避ですが、私 たちは自分の存在しない状態を想像できないため、死 は起こりえないものにも思えます。ここに、解決不能 な耐えがたい認知的不協和が生じます。ケンブリッジ 大学の哲学者スティーヴンーケイヴはこれを「死のパ              − ラドックス」と呼んでいます。4。  落ち込みの恐怖は、まさにこの「存在しなくなる」 恐怖を意味します。他者にとって私の存在が成果や地 位によって決まっているなら、落ち込みによって私は きれいに消えてなくなります。ですから誰であれ、そ の人にとっての「存在しなくなる危機への対処法」と 「キャリアの落ち込みへの対処法」が同じになるのは、 当然でしょう。  死とキャリアの落ち込みをひどく恐れていたと言わ れるウォルドーディズニーは、その典型例です。 1909年のある日、7歳のディズニーは、ミズーリ 州にある農場内の自宅の裏庭で一人で遊んでいました。 そして背中を向けている大きな茶色いフクロウを見つ けました。わんぱく少年の例にもれず(私の息子たち も、7歳のときなら同じ行動に出たはずです)、後先 も考えずに、フクロウを捕まえようと忍び寄りました。 しかし捕まえたとたん、パニックになったフクロウが 叫び声をあげながら爪でひっかいてきました。予想外 の事態に今度はディズニーがパニックになり、フクロ ウを地面に投げつけ、踏みつけて死なせてしまったそ うです。  古代では、フクロウは縁起が悪いと考えられていま した。西暦77年には、「フクロウが現れるときは、必 ず災いを予言している」と大プリニウスが述べていま す。確かにそのとおりでした。フクロウはディズニー の夢に現れて長年ディズニーを悩ませました。そして、 死に対する病的な恐怖をディズニーに抱かせたばかり か、ディズニーの多くのヒット作にも影響を与えたの です。  ディズニーが若手アニメーターとして初の大ヒット を達成したのは、ミッキーマウスを主人公としたアニ メーション作品『蒸気船ウィリー』を発表した26歳の ときのことです。映像だけでなく音声を同期させたこ の映画は、サイレント映画終焉の強力なきっかけとな り、ディズニーの娯楽の先駆者としての未来を確かに しました。しかし、それからまもなく発表された次作 の短編映画『骸骨の踊り』では、枝にとまっているフ クロウが震え上がる冒頭に続き、骸骨が墓からよみが えります。ディズニーの配給先は、ディズニーの弟口 イに「お兄さんはいったい何がしたいんです? うち をつぶす気ですか?」と聞いたそうです。「お兄さん に、こんな気味の悪い駄作、配給会社は求めてないっ て言ってやってください(中略)。もっとネズミを出            − してください、ネズミを。5」  これは、これから起きることのほんの一例にすぎま せんでした。ある学者は次のように論じています。  「ディズニーがアメリカ人の生き方の代弁者だったな ら、ディズニーが声を上げずにいられなかった原因は                         I もっぱら、奇妙なほど死を気にかけていたからだ。 − 6」  『白雪姫』から『ピノキオ』まで、ディズニー映画の 代表作は、ほぼ例外なく、「死」というテーマを意識 して作られています。  ディズニーの私生活も落ち込みと死にとらわれてい ました。娘のダイアンによると、ディズニーは死を気 にかけるあまり、30代前半に占い師を雇い、自分の死 期を予言させたそうです。予言では、35歳で亡くなる とのことでした。どう考えても、それ以上悪い返事は ありえません。仕事依存症と成功依存症たったディズ ニーは、仕事に全力投球することで気を紛らわせまし た。多忙が続けば、自分の気だけでなく、死神の気も そらせるかもしれません。こうして35歳は生き延びま したが、占い師の予言を忘れることはありませんでし た。55歳の誕生日が迫ると、35歳というのは聞き間違 いで、本当は55歳と言われたのだ、という結論に至っ たそうです。      本当に永遠に粘り続けたいですか?  私の父は、「人生うまくいってる?」と聞かれると 決まって、「死ぬよりはましだね!・」と朗らかに答え たものです。働くために生きている人は、「仕事うま くいってる?」と聞かれたときに、同じ答えを返すか もしれません。  しかしよく考えてみると、「死ぬよりは生きている ほうがまし」とは、必ずしも言えません。この点を見 事に描いているのが、ジョナサンースウィフトによる 1726年の小説『ガリバー旅行記』です。主人公は、 ラグナグ国で、偶然生まれることがある「ストラルド ブラグ」という希少人種の存在を知ります。見た目は 他の人種と変わらないのに、不死だといいます。なん とうらやましい!・ とガリバーが思っだのは最初だけ でした。実は、ストラルドブラグは死にはしないもの の老化はするし、典型的な老化症状に悩まされるとい うのです。唯一の違いは、その症状により死に至るこ とはない、という点だけ。視力も聴力も失い、痴ほう になっても、けっして死にません。80歳になると、政 府により法的に死者とされ、財産も仕事もはく奪され ます。何も生産せず施しを受け、ひどくふさぎ込んだ                         I まま、事実上世を忍んで、永遠に生きていくのです。 −  この創作は身体的な死について描いているわけです が、職業的な落ち込みを体験している多くの人の実情 を、かなり正確に描き出しています。あなたは、「全 盛期を過ぎた」という事実を受け入れようとしない 人々、つまり「粘れるだけ粘る」と決めている人々に、 出会ったことがありますか? その大たちは自ら挫折 の道を選び、変化し成長する機会を逃しているのです。 せいぜい、解雇の屈辱を免れて、「職場のストラルド プラグ」になるのが落ちです。無能なために、周りか ら憐れみと軽蔑の入り交じった妙な扱いを受けるので す。  ここまで話を聞いたあなたは、こう言うかもしれま せん。なるほど、いつまでも粘り続けるのはあまり得 策ではないな。それなら、ものすごいレガシー(名声、 功績)を残せばどうだろう? 少なくとも、世間から 忘れられることはないのでは? これはホメロス作 『イリアス』に見られる「アキレス効果」です。アキ レスは、トロイア戦争で戦うかどうかの決断を迫られ ます。戦えば死は確実ですが、輝かしいレガシーを残 せます。戦わなければ故郷に戻り幸せに長寿をまつと うできますが、無名のうちに死ぬことになります。ア キレスは自分の決定を次のように説明しています。     死す日へと向かつて、2つの運命が私にのし    かかつている。     この地で交戦し、トロイを包囲すれば     帰郷の夢は散るが、私の栄光はけっして滅び    ない。     愛する祖国に戻れば、     私のプライド、私の栄光は滅びる。8.  アキレスは前者を選び、死んでも能力が落ち込んで も奪われることのない、神話的な不朽の名声を選んだ のです。  『イリアス』のアキレスはホメロスの作った架空の人 物ですが、現実世界でも同じ考え方をする人がたくさ んいます。忘れられる苦しみを避ける典型的な戦略と して、仕事でレガシーを残そうとするのです。本書の 取材でも、キャリアの末期にいる多くの人が、人々に どのように記憶されたいかを語りました。  しかし、その戦略は効果がありません。世間はあな たを忘れます。人々は立ち止まりません。ジャック・ 二コルソン主演の人気映画『アバウトーシュミット』 では、保険数理士として成功した主人公が仕事を引退 したところ、誰からも助言を求められなくなって呆然 とします。引退の数日後、仕事を手伝ってやろうと思 い元職場に立ち寄ると、同僚たちが自分の過去の仕事 を一つ残らず業務用廃棄ボックスに捨てていたのです。 あまりにも憐れな、しかし真実を映し出した場面です。 本書の執筆中に、ある引退したCEOが言っていまし た。「私はたった半年の間に、著名人から無名人に なってしまったんです」  「後世に名を残すための努力は必ず徒労に終わるため、 追求するに値しない」と思い出させてくれるのが、ス トア哲学者でローマ皇帝のマルクスーアウレリウスの 言葉です。「ゆえに記憶せよ、君という一小化合物は 分散してしまうか、あるいは君の息が消滅してしまう か、それとも場所を変えてよそにおかれるか、このい               I ずれかが君の運命であることを。9」  マルクスの言葉は2千年近くも残っているのですか ら、マルクス自身はこのルールの例外である点は、特 筆に値します。それでも、マルクスの指摘はもっとも です。あなたも私も、マルクス・アウレリウスではな いのですから。それに、マルクスだって、いつかは消 えることでしょう。  だいたい、人々があなたのレガシーをあがめ続けた としても、それがそんなに素晴らしいことだと、本当 に思いますか? 飛行機で出会った英雄を思い出して ください。英雄が現在の地位にあれほど失望していた 原因は、短期間だけ楽しんだ過去の名声や栄光との落 差にあったのです。  しかも、未来のことばかり気にしていると今を生き られません。ある知人は、生前、仕事の評判を極度に 気にしていました。死期が近いと分かっていた最後の 数力月は、業績によって人々の記憶に残る方法を探し てばかりいました。あなたが自分の仕事を本当に愛し ているなら、働いているうちは働くことを楽しんだほ うがよいでしょう。自分のレガシーを作るために試行 錯誤してばかりいるなら、あなたはすでに死にかけて いるのです。      レガシーについての正しい考え方  今すぐ生き方を改善できるレガシーの残し方が一つ あります。デイヴィッドーブルックス(友達ですが、 血縁関係ではありません)は著書『あなたの人生の意 味』で、美徳には「履歴書向きの美徳」と「追悼文向                − きの美徳」があると書いています。10。履歴書向きの 美徳は、職業的な美徳で、世俗的成功につながります。 他人との比較なしには、成立しません。追悼文向きの 美徳は道徳的、精神的な美徳で、比較を必要としませ ん。平たく言えば、自分の葬式で、どんな人間だった と言われたいか、ということです。たとえば、「たく さんのマイルをためていました」ではなく、「優しく、 深い精神性を備えていました」と言われることを指し ます。  ストライバーとして生きていると、追悼文向きの美 徳に焦点を合わせるのは困難です。もちろん、誰だっ て良い人間になりたいのですが、追悼文向きの美徳を 追うことは、はっきり言って、特別なこととは思えな いのです。これまでずっと、誰にも真似できない成果 を上げることに職業人生をかけてきだのに、これから は誰でもできること、たとえば人に優しくすることに 精を出せと言うのでしょうか?  しかし、考えてもみてください。本書の読者ならご 存じか恐れているとおり、履歴書に書けるスキルの優 位性は失われます。一方、追悼文向きの美徳は結晶性 知能曲線を追いかけて上昇し、ついには追い越すこと もあります。追悼文向きの美徳を正しく伸ばせば、人 生経験と人間関係が豊富な年配者は、若者より優位に 立てるのです。  それに、追悼文向きの美徳を維持し養うこと自体に、 大きな意味があります。追悼文や、引退後の職場で自 分がどう語られているかは、実際に聞けるものではあ りませんが、あなた個人にとって最も価値ある美徳を 追求すれば、最大限に充実した人生を送れるでしょう。 友人や家族に寛大に接することで得られる報いに比べ、 昇進などの職業上の見返りがいかに一時的なものか、 考えてください。あなたに、より大きな満足をもたら すものは何ですか? 1時間の残業? 1時間の人助 け? それとも1時間の祈りでしょうか?  厄介なのは、たとえ追悼文向きの美徳を養おうと決 心しても、過去の習慣とつまらない日課に追われて、 いつまで経ってもそこまで手が回らないことです。 のっぴきならない仕事の最後の1時間のせいで、友人 の話を聞く最初の1時間にたどり着きません。  この問題について、解決の糸口を提供してくれる賢 人が何人かいます。レフートルストイ曰く、「死の何 か最悪かと言えば、人が死んだら、その人にしてし まった悪行を取り消すことも、その人にしてあげな かった善行をすることも、不可能になることだ。『い つ死んでもいいように生きなさい』と人々は言うが、 私ならこう言う。『誰が死んでも後悔しないように生     − きなさい。H』」。  要するに、「あと1年しか生きられない、働けない」 と思って生きればいいのです。毎月、最終日曜日の午 後に、今から挙げる疑問について考えてください。 キャリアも人生もあと1年しか残っていないとしたら、 来月の予定に何を入れるだろう? TODOリストに は何を載せるだろう? どの悩みを手放すだろう? きっと「配偶者との時間を犠牲にしてまた出張に行 く」「上司にアピールするため遅くまで残業する」と いう予定は入ってこないでしょう。その代わりに、 「週末に小旅行をする」「友達に電話をする」といった 予定が盛り込まれるのではないでしょうか。  この訓練は、マインドフルネスの体得に役立ちます。 マインドフルネス、つまり過去や未来ではなく、現在 を生きれば、誰もがもっと幸せになれると示す研究は 枚挙にいとまがありません。しかし、この訓練のメ リットはそれだけではありません。究極の決断をする ことで、自分のあるべき姿がはっきりするのです。      落ち込みに真っ向から向き合う  ただ、追悼文について検討するのは序の囗にすぎま せん。本番はここからです。死と落ち込みを直視しな いといけません。そうしないことには、本当の意味で 恐怖心を払拭することはできないのです。  「落ち込みを直視しよう」という助言は斬新でも何で もありません。病的な蛇恐怖症の人がセラピーを受け に行ったら、治療に使うのはおそらく……蛇です。疑 似体験療法は、恐怖や恐怖症と戦う最善の手法として            − しっかり確立しています。12。その根拠となっている のが、心理学用語の「脱感作」です。要するに、嫌な もの、恐ろしいものに繰り返し接すると、それが普通 で平凡なものに思えてきて、まったく恐ろしくなくな るのです。  蛇に効果があるなら、死と落ち込みにも効果がある はずです。2017年、アメリカの複数の大学が行っ た共同研究では、志願者を募り、末期患者か死刑囚に なったつもりで心境をつづる架空のブログ記事を書い てもらいました。その後、実際に死期の近い人や死刑 囚が書いた同様の記事と比較しました。 『Psychological Science(サイコロジカルーサイェン ス)』誌に発表されたその結果は、歴然でした。一時 的に死を想像して書かれた記事は、実際に死に際して 書かれた記事よりも、3倍ネガティブだったのです。 この結果を見る限り、直感的には理解しがたいことで すが、死は具体的な現実であるときよりも、抽象的な 遠い出来事であるときのほうが、怖くなると考えられ   I ます。13。  この研究自体は最近行われたものですが、その概念 は昔から存在します。16世紀のフランスの随筆家ミ シェルードーモンテーニユは次の言葉を残しています。 「私だちより圧倒的に優位にある死から、その優位性 を奪うには、死を見聞きすること、死に親しみ、慣れ ることから始めましょう。他の何よりも、死のことが                I 頻繁に頭に浮かぶようにするのです。14」  しかし、死を疑似体験する効果は、恐怖心の克服に とどまりません。死について考えることで、人生が有 意義になることさえあります。E・M・フォースター の指摘するとおり、「死は人を滅ぼすが、死の観念は         I 人を救う」のです。15。なぜでしょう? 簡単に言え ば、不足しているものは、何でも尊く感じられるから です。人生が有限であることを思い出せば、目の前の 人生をいっそう楽しめます。  現代社会で成功するのは、恐怖を抑え込むことに最 も長けている人たち、つまりあらゆる困難に立ち向か い、弱みを認めず、どんな敵からも逃げない人たちで す。その人たちが、得てして落ち込みをひどく恐れて いることは、皮肉としか言いようがありません。でも、 その皮肉の中にこそ、恐怖に永久に打ち克ち、ひいて は、自分が演じてきた人間に本当になるための、大い なるチャンスが潜んでいます。  タイとスリランカの上座部仏教の僧院を訪れると、 多くの僧院でさまざまな腐敗状態の死骸の写真が飾ら れていることに気づくでしょう。一見、気味が悪いし 戸惑います。しかし本書を読んできた私だちなら分か るように、それは心理学的に理にかなった、疑似体験 療法です。「私のこの体も、この死骸と同じ性質のも ので、この死骸と同じ未来を迎えるし、その運命は避 けられない」と心で唱えるように、僧たちは教えられ ているのです。  これはマラナサティ(死随念)という瞑想で、実践 者は自分の死体が次の9段階に変化していく様子を想 像します。 I。死屍が青黒くなり、膨張し、朽ちはじめる 2.腐食動物とウジ虫にむしばまれる 3.骨格が肉と腱で保たれている 4.肉が失われ、骨格が腱のみで保たれ、血にまみれ   ている 5.骨格が腱のみで保たれている 6.腱が失われ、骨がばらばらになる 7.色が抜け自骨になる 8.骨が堆積して1年以上経過する 9.骨が塵と化す  死に抵抗するのが無駄なように、落ち込みに抵抗し ても無駄です。そして無駄な抵抗は不幸と不満の元で す。落ち込みに抵抗すれば、不幸になるし、人生のさ まざまな機会を見落としてしまいます。真実を避けて はいけません。真実を直視し、真実について熟考、検 討、瞑想するべきです。私はマラナサティをアレンジ して実践し、次の各状態を一心に思い描くようにして います。 I.能力の落ち込みを感じる 2.私に以前のようなキレがないことに、身近な人が   気づきはじめる 3.私に向けられていた社会的・職業的注目が、他者   に移る 4.仕事量を減らし、以前は簡単にこなしていた日常   活動から手を引かざるを得なくなる 5.働けなくなる 6.人と会っても、多くの人が私のことを知らない。   または、私の残した功績を知らない 7.まだ生きているが、職業的には何者でもない 8.思考やアイデアを周囲の人に伝える能力を失う 9.死ぬ。私かさまざまな功績を残したことはきれい   さっぱり忘れ去られる  禅宗に伝わる有名な話があります。侍の騎馬隊が地 方を駆け巡り、破壊と恐怖の渦に巻き込みました。騎 馬隊が僧院に接近すると、僧たちは恐れをなして逃げ 出しましたが、死の恐怖に完全に打ち克っていた僧院 長だけは僧院にとどまりました。侍たちが僧院に入る と、僧院長が平常心そのもので蓮華座を組んでいまし た。騎馬隊の隊長が刀を抜きながら怒声を上げました。  「我を見て、平然とお主を突き剌せる人間だと分から ぬのか?」  僧院長は応じました。  「我を見て、平然と突き剌されることができる人間だ と分からぬのか?」  死の恐怖を本当に克服した者なら、年齢や境遇に よって威信が脅かされたとき、こう言えるのです。  「私を見て、平然と忘れ去られることができる人間だ と分からないのか?」      死と落ち込みの大きな違い  二人で死ぬことほど不運なことはない」と、コロン ビアの小説家ガブリェルーガルシア=マルケスは書     − きました。16。マルケスの言葉が意味しているのはも ちろん、誰にも看取られずに死ぬことで、それは確か に悲劇に思えます。でも、そもそも、死の道を進むと きは、誰もが一人なのです。よく財産に関して「あの 世には持っていけない」という言い方がされますが、 私たちの知る限り、友達だって家族だって、あの世に は持っていけません。死が怖い理由の一つは、そこに あります。  しかし、落ち込みを死になぞらえて論じるのはこれ で終わりです。落ち込みは、一人で体験しなくてもよ いのです。というか、一人で体験するべきではありま せん。問題は、多くの人が一人で落ち込んでいくこと にあります。上り坂のときに人間関係を枯らしてしま うので、下り坂に入ったときに支えてくれる人がいな いのです。そのせいで、人生後半の変化が何もかも、 いっそう困難で危機的に思えてしまいます。  とはいえ、この問題は解決できます。次章で取り組 んでいきましよう。    どう考えても、水ほど美しい詩はない                   I    ジョイスーキルマー、1913年。1  2018年、コロラドのさわやかなある夏の日、私 は本書の構想を練りはじめていました。座っている私 の頭上には、ポプラの水がそびえ、6月のそよ風に揺 られて木漏れ日をちらつかせていました。  水は真の成功者の比喩にぴったりに思えました。強 く、へこたれず、頼もしく、揺るがない。ソロモンの 詩編では、公正さを達成した人のことを、「その大は 流れのほとりに植えられた水。時が巡り来れば実を結 び、葉もしおれることがない。その人のすることはす                    I べて、繁栄をもたらす」と描写しています。2.  強く、生産的。たくましいほどに、孤立している。 巨大な森を構成する1本だろうと、大草原にぽつんと 生えている1本だろうと、本は一人で黙々と育ち、己 の頂点に達したら、最後は一人で死んでいく。そうは 思いませんか?  しかし、実は違います。ポプラの本は孤高の大では ありません。たまたま同日中に、私よりずっと木に詳 しい友達から聞いたのですが、ポプラの個々の本は、 巨大な1つの根を共有しているのだとか。それどころ か、ポプラは世界最大の生命体だといいます。ユタ州 にある「バンド」と呼ばれるポプラの単一群生は、広 さ約40万平方メートル、重さ約6千トンもの規模を誇 ります。  私か見ていた「孤高」のポプラは、孤高ではなかっ たのです。巨大な根系から伸びた1本の枝木にすぎず、 同じ植物から成る森の1つの生命の表れにすぎません でした。  そうと知って、1つの疑問が湧いてきました。ポプ ラは特殊な例なのでしょうか? その夏、さらに時間 を下った頃、私はカリフォルニア州北部の赤杉の森林 にいました。「セコイアデンドロン」と呼ばれるその 巨木種は、1本の木としては地上最大の種です。ポプ ラのように、1つの根系に属しているわけではありま せん。それなら、セコイアデンドロンのほうが、たく ましい個人の比喩に適しているのでは?  答えはやはりノーです。セコイアデンドロンは高さ 84メートルに達することもあるにもかかわらず、根は 驚くほど浅く、I・5〜I・6メートルほどの深さし かないのが普通です。それで何百年、何千年も直立を 保てるとは、物理の法則に反している気すらするで しょう。しかし、それはもう1つの事実を知らないか らです。セコイアデンドロンは密に群生することで、 浅い根を絡ませ合い、次第に結合します。初めは別々 の木ですが、成熟し成長するにつれて一体化するので す。  ポプラと赤杉は、「自己は幻想である」という仏教 思想をほぼ完璧に体現しています。仏教の世界では、 私たちはみな絡み合っていて、「個々の」生命はより 大きな生命の表れにすぎない、と考えられています。 そのことを軽視すると、幻想のなかで生きることにな り、多くの苦しみを味わうことになるそうです。仏教 僧であり作家でもあるマチウーリカールは次のように 表現しています。  「『自己』は独立した存在であるという理解に固執す ると、脆弱感や不安感が増すことになります。さらに、 自己中心的になる、あれこれ思い悩む、希望と恐怖が 入り乱れるといった特徴が目立つようになり、他者を 遠ざけてしまいます。人生で何かが起きるたびに、こ                  I のような幻想の自己は打撃を受けます。3」  この指摘の要点は、個人の宗教観に関係なく、有用 で、教訓に富んでいます。人間は生来、生物学的、情 動的、心理学的、知的、精神的に、つながり合ってい るのです。孤立した自己を創造するのは、自然に反す ることですから、危険で有害です。ポプラを1本の木 ととらえることがその本質を誤解しているのと同じよ うに、人を孤立した存在とみなすことは、その人がど んなに強く、どんなに高い業績を上げ、どんなに成功 していようと、私たちの本質を誤解していることにな るのです。  私たちは単独の存在のようでいて、実際には、家族、 友達、地域社会、国、そして世界全体と、1つの大き な根系を形成しています。私の、そしてあなたの人生 で起きる避けられない変化は、後悔すべき悲劇ではあ りません。相互につながっている人類の一員、つまり 根系から伸びた1本の枝木に起きた変化にすぎません。 私の落ち込みを乗り切る、いえ、楽しむ秘訣は、私と 他者をつなぐ根をもっと意識することです。私か他者 と愛情でつながれていれば、私にとってのマイナスは 他者にとってのプラスによって、十二分に相殺される でしょう。そして、その他者とは、本当の自分を別の 角度からとらえたものなのです。  さらに、他者とつなかっていれば、私はいっそう自 然に、普通のこととして、第2の曲線へ飛び乗れます。 実は、結晶性知能曲線に移行できるかどうかはつなが りの有無が大きく影響します。つながりがなければ、 私の知恵は伝えようがないからです。  そうは言っても、根系を構築するのは必ずしも簡単 ではありません。多くのストライバーが、「一人で生 きている」という幻想のもとに成人期を過ごし、今に なってその結果に苦しんでいます。根系は枯れ、健全 に機能していません。比喩抜きで言えば、単純に、孤 独なのです。本章では、適切な根系を構築(または再 構築)する方法に焦点を当てます。最初に、愛と幸福 の関係性、特に人生の後半における関係性を、研究結 果を通じて確認していきます。続いて、多くの成功者 が感じている孤独に目を転じ、孤独に立ち向かう方法 を考えます。      ○ヨコ11a vincit amo「  1938年、ハーバード大学医学大学院の研究者た ちが、奇想天外ながらも先見性のあるアイデアを思い つきましたIハーバード大学の男子学生たちの一団 を被験者とし、成人期を通して、つまり死ぬまで、学 生たちの経過を追跡しよう。学生たちには毎年、ライ フスタイル、習慣、人間関係、仕事、幸福度について 質問する。数十年後には研究開始当初の研究者は全員 亡くなっているだろうが、後任の研究者たちが、人生 初期の過ごし方と、老後の質との関係性を確認できる    I はずだ。4.  こうして、「ハーバード成人発達研究」が誕生しま した。当初のコホート(訳注一同一の因子を持つ調 査対象集団)である268人の男性には、ジョン・ F・ケネディや『ワシントンーポスト』紙の編集長ベ ンーブラッドリーといった将来の名士たちをはじめ、 さまざまな職業および地位の人々が含まれていました。 それでも、年月が経つにつれ、「コホートが人口統計 学的に著しく偏っているため(なにしろ、全員がハー バードの学生なのです)、一般化できる結果は導けな い」との結論に達し、おおよそ同時期に開始された、 ボストンの貧困家庭の若者456人を追跡調査した データセット(通称「グリュックースタディしと組 み合わされました(訳注一これに対し、ハーバード 大学の学生を対象としたデータセットは「グラントー スタディ」と呼ばれる)。この2つのデータはともに 80年以上更新され続けていています。当初の参加者の うち健在なのは60人弱となり、今では第1世代の子ど もや孫たちが追跡調査されています。  この調査結果は、まるで幸福を見通す水晶玉です。 その人たちの20代と30代の生き方、愛し方、働き方を 見た後に、残りの人生がどう展開したかを確認できる のです。この調査の所長を長年務めたハーバード大学 の精神医学の教授ジョージーヴァイラントは、調査結 果について3冊の著書を出しており、いずれもベスト セラーとなりました。さらに、ヴァイラントの後継者 である精神医学の教授ロバートーウォールディンガー がTEDに出演したことで、この調査はいっそう知れ 渡りました。このときのスピーチ動画「人生を幸せに するのは何? 最も長期にわたる幸福の研究から」は。 4000万同近く再生されています。  数十年に及ぶ調査のなかで特に興味深い試みは、高 齢になった参加者たちを幸福と健康の観点から分類し たことです。最も好調な人は「幸福で健康」と呼ばれ るグループの人で、身体的健康の6つの要素を満たし、 精神的健康も良好で、人生に高い満足感を抱いていま した。この対極にあるのが「不幸で病気」グループで、 身体的健康、精神的健康、人生の満足度のいずれも平           − 均を下回っていました。5.  それぞれの分類に至る要囚はなんでしよう? これ は誰もが知りたい重要なことですよね? その研究結 果によれば、老後の質を予測する因子には、コント ロール可能なものと、そうでないものがあります。コ ントロール不可能な因子(自分ではコントロール不可 能という意味ですが)には、たとえば、親の社会階級、 幸福な幼少期、長寿の家系、うつ病にならないこと、 などがあります。ここまでの情報は、特に意外でも有 用でもありません。  それより、私たちが影響を及ぼせる因子で、かつ晩 年の健康に非常に重要な因子を知ることのほうが、は るかに有用です。「幸福で健康」の予測因子には、私 たちがかなり直接的にコントロールできる重大な因子        − が7つあります。6. I。喫煙。単純な話です。喫煙はしないか、せめて早   めにやめましよう。 2.飲酒。グラントースタデイでは、アルコールの乱   用は、明らかに「不幸で病気」に通じ、「幸福で   健康」を遠ざける代表的な囚子です。あなた自身   に不健全な飲酒の兆候が少しでもあるか、家系的   にアルコール乱用のリスクがあるなら、その事態   を甘く見たり、わざわざ危険な真似を犯したりし   ないことです。今すぐ禁酒してください。 3.健康的な体重。肥満を避けましよう。正常範囲の   体重を維持し、バランスの取れた健康的な食事を   取り、リバウンドするようなダイエット、長続き   しない無茶な食事制限はやらないでください。 4.運動。座り仕事だとしても、習慣的に体を動かし   ましよう。これを実践する唯一にして最良の、そ   して実績のある方法は、毎日の散歩だと言えます   (詳しくは後述します)。 5.適応的対処。つまり、問題に真つ向から立ち向か   い、問題を正直に評価し、問題にじかに対処しま   す。過剰に思いつめたり、不健全な情動反応をし   たり、回避的な行動を取つたりしないことです。 6。教育。教育を受けたほうが、後の頭の働きが活発   になります。言い換えれば、より長く、より幸福   に生きられます。ここで言う教育とは、ハーバー   ド大学に行くことではありません。生涯を通して、   目的意識を持って学ぶこと、読書をたくさんする   ことです。 7.安定した長期的な人間関係。これは夫婦関係であ   る場合が多いですが、この定義に当てはまる関係   は他にもあります。肝心なのは、人生に何か起き   ようと、ともに成長していける相手、信頼できる   相手がいるかどうかです。  目標が7つというのは多すぎるとは言えませんが、 その中でも「最重要の目標」を知っておくと便利です。 焦点を絞れば、目標にかなり集中しやすくなります。 最も重要な因子は、喫煙か、飲酒か、はたまた運動で しょうか?  いいえ。ジョージーヴァイラントによると、「幸福 で健康」な高齢者に欠かせない最重要の特性は、良好 な人間関係です。ヴァイラントは「要するに、幸福と              I は愛である」と述べています。7.もう少し詳しい発 言もしています。「幸福には2つの柱がある(中略) 1つは愛。もう1つは愛を妨げることなく人生に折り                − 合いをつける方法を見つけること。8」。さらに、 ウェルギリウスの次の言葉も引用しています I「○mnia vincit amor(愛はすべてに勝る)」  ヴァイラントの後継者ロバートーウォールディン ガーはこう語っています。  「重要なことは、富や名声を築くことでも、必死に働 くことでもありません。この(中略)研究から伝わっ てくる最も明確なメッセージは、人間関係が良好なら、 ますます幸福で健康になっていけるということです。 他に言うべきことはありません」  「50歳のときに最も人間関係に満足していた人々が、 80歳のときに最も健康でした」      オールーザーロンリー・ピープル      すべての孤独な人々  爰に一点集中すればいい。簡単な話に聞こえますよ ね? それが、多くの人にとっては、そうでもないの です。特にやっかいなのは、ストライバーとしてこれ までずっと世俗的成功のために働き、人間関係を長年 ないがしろにしたために、孤立してしまっている場合 です。  もちろん、孤独は「一人でいること」と同義ではあ りません。一人でも、感情的・社会的に他者とつなが ることは可能ですから。むしろ、一人で過ごす時間は 健やかな感情と心の平穏に欠かせません。私は違いま すが、私の子どものように、健全な社会的・感情的つ ながりが保たれてさえいれば、一人でいるときが最も 幸福な人もいます。神学者で哲学者のパウルーティ リツヒは、名著『永遠の今』でこう述べています。  二人を喜ぶことが孤高、一人で寂しいと思うことが   I 孤独。9」  孤独は、感情的にも社会的にも孤立する体験です。 とてもありふれた体験なのに自分一人だけの体験のよ うに感じられるという、奇妙な性質を持っています。 小説家トーマスーウルフはエッセイ『(■rod's )onely Man(神に創られた孤独な人間)』で「これまで生き てきてはっきり確信したことがある。孤独は稀で奇妙 な現象どころか、人間が存在するうえで核を成す避け                  I られない事実なのだ」と述べています。10。孤独な人 たちは、自分だけが孤独であるかのように感じます。 自分だけが孤独だという孤独を感じているのです。  ただ、ありふれているからといって、孤独が無害と いうことではありません。孤独から生じるストレスは、 免疫の低下、不眠症、認知の鈍化、高血圧につながる                  − ことが、研究によって証明されています。H。孤独な 人は高カロリー・高脂質の食生活になりやすく、孤独 でない人に比べ、座りがちな生活を送っています。ノ リーナーハーツは著書『The 』onely Century :なぜ私 たちは「孤独」なのか』で、健康アウトカムの観点か ら言えば、孤独は1日当たり15本の喫煙に匹敵し、肥              − 満よりも悪いと指摘しています。12。また、孤独は認 知の低下および認知症と強い相関関係にあります。  それなら、保健当局が公衆衛生に対する脅威として 孤独に注目するのも当然です。アメリカ公衆衛生局長 官ビベックーマーシーがこのテーマについて書いた著 書は、次の言葉から始まります。「何年も患者を診て きたなかで、最も頻繁に目にした病気は、心疾患でも              I 糖尿病でもない。孤独である。13」。その言葉を裏づ けるかのように、本書の取材に応じてくれたある医師 も、「実質、本心を打ち明けられる相手に話を聞いて もいたいという理由だけで、長年通っている患者たち がいる」と言っていました(たいていは大成功してい る人たちだそうです)。  アメリカ保健資源事業局も「孤独が蔓延している」 と言明しており、その具体的な原因として、「社会集 団への不参加」「友達の減少」「人間関係における対                  − 立」といった現象の増加を挙げています。14。保険会 社の立場からすると、孤独は経費の上昇原因になって います。保険会社のシグナは、社会的な孤立が増加し ている原因を解明するために相当な資源を投じていて、 2018年には、アメリカ人の46%が孤独を感じ、43 %が「人間関係が有意義でない」と感じていることを         I 明らかにしました。15。  言うまでもありませんが、誰もが等しく孤独に悩む わけではありません。もともと孤独を好む気質の大も います。大より孤立しやすい境遇の大もいるでしょう。 たとえば、「孤独かどうか」には、性別と年齢はあま り関係しませんが、婚姻状況は大いに関係します。既 婚者は、離婚者、配偶者を亡くした死別者、未婚者よ り孤独ではありません。しかし、最も孤独なのは、 「不在がちな配偶者」を持つ既婚者です(仕事依存症 の方は要注意です。あなたの配偶者はおそらく孤独で、 その孤独に悩んでいます)。  では引退は孤独に関係するでしょうか? 引退する と孤独が増すかどうかを調べてみたところ、確かにそ のような事例もありましたが、それはもともと孤独に                I 陥りやすい人に限られていました。16。言い換えれば、 仕事以外で社会と交流する方法を知らないタイプの人 です。私か知っている多くの成功者が、このタイプで す。  最も孤独な職業やキャリアは何だろう、と思う人も いるかもしれません。論理的に考えれば、一人で過ご す時間が長い職業の人が孤独だと思うでしょう。たと えば、私か思い浮かべたのは農家です。私の息子の一 人は、高校卒業後、アイダホ州で小麦栽培の仕事に就 きました。収穫期には1日14時間、コンバインにこも りっきりでした。他の時期も終日一人で、フェンスを 修理したり、土壌から岩を取り除いたりしていました。 ほとんどの時期は一人たったわけです。でも、本来か なり社交的なタイプのわりに、孤独だという不満は一 度も囗にしませんでした。実は、就業時間外は、ほぼ 常に友達や農場のオーナー家族と過ごしていたのです。  孤独な職業と聞いて、次に思いついたのは営業職で す。ホテルや空港を渡り歩いているのですから、恐ろ しく孤独なはずでしょう? しかし、実は農家も、移 動が多い営業職も、孤独な職業のリストには人つてい ません。『ハーバードービジネスーレビュー』誌によ ると、孤独な職業ランキングの上位2つは、弁護上と     I 医者です。17。どちらも高スキル、高収入、高ステー タスの職業です……もしかしたら、あなたの職業もそ ういう職業かもしれませんね。      孤独なリーダー  これまでに見てきたとおり、成功し、出世した人ほ どスキルの落ち込みに苦しむ傾向があります。そう聞 くとみんな驚きますが、本来、驚くようなことではあ りません。大物であればあるほど、落差も激しいので すから。  孤独にも同様の原理が当てはまります。世俗的成功 を享受してきた人ほど深刻な孤独に陥ります。誰もが 知っている有名人なのに誰とも親交がない、という事 例は珍しくありません。有名シェフのアンソニー・ ボーデインを例に取りましよう。私はボーデインの ちょっとしたファンでした。別に食通というわけでは ありません。ボーデインのテレビ番組『アンソニー世 界を喰らう』『アンソニー世界を駆ける』があまりに も素晴らしく、食事という平凡な行為を通して視聴者 を世界へといざなう姿に、目を奪われたのです。 「きっと人生が楽しくてたまらないだろうな」と思い ました。実際、ボーデインは『ニューヨークータイム ズ』紙の取材で「僕はこの世で最高の職業に就いてい ます」と語りました。  「もし僕が不幸なら、想像力が足りないということで  I す。18」  私かこれから何を話そうとしているか、お分かりで しょう。2018年6月8日、ボーデインは番組の口 ケ地たったフランスのホテルの一室で、首を吊りまし た。私はボーデインの私生活のことは、あまり知りま せんでした。野次馬根性ではなく、社会経済学者とし ての興味から、さまざまな記事を読み、すべてを持っ ているように見えた人間が自殺した原因を探りました。 そして「飲酒問題を抱えていた」「人間関係に難が あった」などの説明を読むなかで、繰り返し目にした 2つの特徴が、ボーデインの仕事依存症とIある著 者の言葉を借りるならI「底知れない孤独」でし  I だ’190ボーデインは過酷な長時間労働を長年続けて いました。常に人に囲まれていましたが、各所の話か ら察するに、深い情で結ばれた相手はほとんどいな かったようです。  でも孤立感や孤独感を抱えてしまうのは、世界的有 名人だけではありません。巷にあふれる、やり手の 人々もそうなのです。成功に取りつかれた仕事依存症 の人は、落ちこぼれたくないという恐怖にとらわれて います。そのため、依存行動に振り同されている人全 員に言えることですが、生活のなかに、友達や家族の ために使える余裕を残しておきません。シカゴ大学の 社会神経科学者で孤独研究の先駆者である故ジョンー カシオポは述べています。「孤独とは、相手との関係         − 性に抱く感情です。尹。ですから、たとえ家族に囲 まれ、大勢の人がいる職場にいても、仕事依存症の人 は孤独を感じます。愛する過酷な仕事だけが心のより どころなのです。  リーダーは特に孤独になりがちです。その理由は少 なからず、職場で権限や監督権の配下にある相手と本 当の友情を築くことは困難または不可能なことにあり ます。職場の友情は大切です。70%の人が「職場の友 情は、仕事を楽しむための最重要の要素」と答え、58 %の人が「たとえ給料が上がるとしても、同僚とうま くやれない職場の仕事は断る」と答えているほどで  I す。21。ギャラップが2020年に実施したデータ分 析によると、「職場に親友がいる」と答えた従業員は そうでない従業員に比べ、勤務日を楽しめる確率が2 倍に近く、社会的ウェルビーイングが高いと答える確 率もほぼI・5倍だといいます。  しかしトップに立つ人々は得てして、職場で本当の 友情を築けず、結果として、とても苦しんでいます。 たとえば、『ハーバードービジネスーレビュー』誌の 調査では、CEOの半数は仕事で孤独を感じていて、 その大多数は、孤独により仕事のパフォーマンスが落           − ちていると感じています。22.また、孤独はリーダー の燃え尽き症候群につながるという研究結果も出てぃ   I ます。23.  トップに立つ人が孤独なのは、物理的に孤立してい るからではなく(CEOほど会議に参加している人な どいないでしょう?)、リーダーという立場上、職場 で深い人間関係を築けないからです。職場では、成功 者は大勢の人に囲まれているのに孤独なのです。  プリンストン大学の心理学者ダニェルーカーネマン らが実施したある研究は、リーダーが孤立する原因を 探る手がかりとなります。その研究では、大勢の働く 女性たちに、一日を思い返して、ポジティブな感情ま たはネガティブな感情を強く抱いた場面を、それぞれ              I 特定するようお願いしました。24。ポジティブな感情 に関する回答には、意外性はほとんどありませんでし た。ポジティブな感情をもたらした活動の上位3つは、 上から順に、セックス、社交、のんびりすること。幸 福感を引き出す交流相手の上位3つは、友達、親類、 配偶者でした(先ほどの上位3つの活動を加味すると、 こちらの3つは順不同のようですが、気にするほどの ことではありません)。ネガティブな感情をもたらし た活動の上位3つは、仕事、育児、通勤となっていま す(ごめんよ、子どもたち)。ネガティブな感情を引 き出す交流相手の第2位と第3位は、顧客と同僚。で は第1位は? 上司です。孤独な上司とは、誰も絡み たくないのです。  この結果を見て、私自身いろいろと腑に落ちました。 さらに、そのような調査結果になる理由を追ってみて、 ますます合点がいきました。たとえば、1972年の 有名な研究では、部下は自ら進んで上司と友達になろ うとはしない傾向があり、あえて上司にそっけなく接 し、気まずい奇妙な事態に陥っていると判明しまし  I だ。25。より近年の研究によれば、部下はリーダーを モノ化し、人ではなく、権力や情報やお金を引き出す             I 道具ととらえているのだとか。26。  しかし、そうした侮辱的なとらえ方をしない従業員 も、上司との関係をぎこちない、楽しくないものにし てしまう可能性があります。2003年のある研究に よれば、部下は上司を幼少期の権威者、たとえば親や 教師のように扱いがちです。その状態では、上司を 「ママ」とは呼ばないまでも、対等な友情を築くこと は不可能で、この間まで同僚だった上司さえも社会的           − に孤立してしまうのです。27。  それに、権力を持っている人は自ら孤立します。 1950年の名著『孤独な群衆』の主張によると、 リーダーが孤独な理由は、リーダーとして成功するに                   I は他者を操作し説得する必要があるからです。28.そ ういうわけで、部下がりIダーをモノ化するのとまっ                     I たく同じくらい、リーダーも部下をモノ化します。29。 さらにその後の研究で、リーダーは従業員の業績を公 平に評価できるよう、意図的に従業員と距離を置いて いることも判明しました。簡単に言えば、解雇する可 能性がある相手とは強い絆を築きにくいのです。      恋愛と友情  孤独を和らげるのに最適な関係、いわば私たちが育 てるべき最も身近なポプラは、恋愛関係と、親密な友 情関係です。それぞれについて詳しく見てから、スト ライバーが両者を軽視しがちな理由を考えていきま しよう。  「続く恋愛」と「続かない恋愛」の違いを題材とした 研究はたくさんあります。アメリカでは結婚がかなり の確率(最新のデータによれば、約39%)で離婚また                I は別居に至ることは周知の事実です。30。でも本当に 重要なのは、同居しているかどうかありません。ハー バード成人発達研究のデータを分析すると、結婚その ものは老後の主観的ウェルビーイングに2%しか寄与       − していません。31。健康とウェルビーイングに重要な のは、関係の満足度です。  大衆文化なら「満足度を高める秘訣は情熱的な恋愛 にある」と煽るでしょうが、それは間違いです。むし ろ、恋愛の初期はたくさんの不幸を伴います。たとえ ば、絶え間ない悩み、嫉妬、「監視行動」など、幸福 とは普通結びつかないものがつきものであるという研 究結果が出ています。しかも、真の相手や愛は初めか ら決まっているという「運命思考「destiny belie言」 だと、愛着不安と組み合わさったときに相手への許容              − 度が下がることが予測されます。32。恋愛感情は私た ちの脳を乗っ取りがちで、天にも昇るような高揚感や                    I 絶望の浮き沈みを引き起こす原因となります。33。で すから、正確には、「恋愛は幸福になるための初期経 費」だと言えるでしょう。この盛り上がるけれどスト レスも多い段階に耐えて初めて、本当に満足できる関 係性にたどり着けるのです。  言い換えれば、幸福の秘訣は恋に落ちることではあ りません。愛し続けることです。そのためには、心理 学で「友愛」、つまり激しい感情の浮き沈みに基づく 愛ではなく、安定した愛情や相互理解や一途さに基づ        I く愛が必要です。34。「友愛」だなんて、なんという か、夢がないなあと思うかもしれません。確かに、私 も初めて聞いたときはそう思いました。大変な努力を して将来の妻の心を射止めたぽかりでしたから。でも この30年で分かったのですが、私たち夫婦は愛し合っ てるだけではなく、好き合ってもいます。妻は昔も今 も私の恋人で、親友でもあるのです。  友情に根差しているからこそ、友愛は本当の幸福を       I もたらします。35。魅力に支えられた「熱愛」は、2 人の関係が慣れ親しんだものになってくると続かない のが一般的です。逆に、その「慣れ」や「親しみ」に 支えられているのが友愛です。友愛と幸福の関連につ いて、ある研究者は『Jourr邑Of Happiness Studies(ジヤーナルーオブーハピネスースタディズ)』 誌で次のように率直に要約しています。「配偶者を親 友ともみなしている人のほうが、結婚がウェルビーイ               ー ングヘ及ぼす利益は各段に大きい。36」「この種の愛 は、時間が経つほどに危機を乗り越えるため、『幸福 で健康』になるうえで有利に働く」  親友は互いに相手から楽しみや満足や意義を引き出 します。お互いを引き立てます。親しみを込めてから かい合い、一緒にいることを楽しみます。その手本と して有名なのが、元大統領のカルビンークーリッジと 妻グレースです。この夫婦にはあるエピソードが残っ ています(おそらく作り話でしょうが)。大統領夫妻 が養鶏場を見学していたときのことです。夫人は、大 統領にも聞こえる声で、農場主に言いました。一羽の 雄鶏でこんなにたくさんの卵が受精するなんてすごい    − ですね。37。はい、雄鶏は毎日何度も仕事をしますの で、との答えに、夫人は微笑みました。  「大統領にそのことを教えてあげるといいんじやない かしら」  それを聞いた大統領が、農場主に尋ねました。雄鶏 の相手は毎回同じ雌鶏なんですか。いいえ、雄鶏には たくさん相手がいるんです。大統領が言いました。  「大統領夫人にそのことを教えてあげるといいんじや ないかな」  見境のない雄鶏はともかく、友愛で結ばれた恋愛関 係によって人間が最も幸福になれるのは、一夫一妻制 の場合のようです。これは道徳的な観点ではなく社会 科学的観点から言っています。というのも、2004 年、1万6000人のアメリカの成人にアンケートを 実施したところ、男女とも、「過去1年間の性的パー トナーの数がIの場合が、最も幸福感が高くなると推                 − 定される」という結果が出たのです。38。  恋愛関係は間違いなく最重要の関係でしょう。しか し、恋愛関係は孤独を防ぐのに必須でも十分でもあり ません。ロバートーウォールディンガーから聞いた話 では、結婚している高齢者と未婚の高齢者の幸福度に は、結婚そのものによる差は見られません。充実感を もたらす密な家族の絆や友情が他にあれば、未婚でも 幸福になれるのです。  ただ、夫婦関係が唯一の友情関係になってしまうの は望ましくないことも、同じくらい肝に銘じておきま しよう。2007年、ミシガン大学の研究者たちは 「親友がいる」と答えた刀一〜79歳の既婚者を調査しま した。すると、最低でも2人の親友がいる(配偶者以 外に少なくともI人の親友がいる)人のほうが、人生 の満足度と自尊心が高く、抑うつ度が低いという相関         − 関係がありました。39。親友を2人挙げられない大に とっては、感情的欲求を満たすうえで夫婦関係かほる かに重要でした。この状態はさまざまなリスクをはら んでいます。お互いの感情をほぼすべて夫婦だけでケ アしなければならないと、結婚生活に大きな負担がか かり、結婚生活の難局がいっそう破滅的になるし、そ の際に孤立しやすくなってしまうのです。  私の父には親友と呼べる大が母しかいませんでした。 内向的で、大と親交を結ぶのがとにかく苦手たった父 にとっては、それが最も自然な流れでした。2人の結 婚生活は幸せなものでした。大学を卒業した4日後か ら始まり、父が66歳で亡くなるまで、44年間続きまし た。でも配偶者やパートナーしか親友がいないという のは無鉄砲で、一つの投資先に全資産をつぎ込むよう なものです。結婚生活に問題が生じれば、伴侶だけで なく友達も失いかねません。離婚したり、配偶者が亡 くなったりすると、まさにそうなりがちです。  多くの年配者が歳を取るとともにこの事実に気づき、 配偶者以外の友人とネットワークを構築します。特に 女性の場合は、男性よりも大きく、濃く、支えになる 友人同上のネットワークを持っています。それも、男                   − 女がはっきり区別されたネットワークです。40。配偶 者は別としても、年配の女性は男性を「友達」とすら 思っていない場合がほとんどで、親交のある相手とし て男友達の名を挙げる年配女性は、5人にI人しかい ません。  年配男性は、妻が友情を外に求めるようになったら、 こうしたことを理解することが重要です。歳を経ると、 男性は女性よりも、夫婦の絆が感情面の重要な支えと なります。男性の場合はたいてい、仕事のせいで友情 をはぐくむ余裕がなく、数少ない友情といえば、感情                    − よりゴルフでつなかっている友情だからです。41。妻 たちは感情の支えを求めて分散投資をしているわけで、 はっきり言って、これは分別のある賢い行動なのです。  たまに、老後は成人した子どもが親しい人間関係の 軸になるだろうと思っている人がいます。子どもは、 つまるところ、私たちが文字どおりの意味でも比喩的 な意味でも、最も投資してきた相手です。私たちのこ とを分かっているし、私たちも子どものことを分かっ ています。私の子どもたちを見ていると、まるで20代 の自分を見ている気になります。この子たちが私の老 後の親友になってくれるのでは?  その可能性は低いでしょう。私か成人した子どもと 衝突するのはたいてい、私自身が親とどう付き合って きたかを忘れているときです。両親は良い親でしたが、 私は自立を望んでいました。ある程度の線引きが重要 でした。邪険にしていたわけではなく、自分自身の人 生を築きたかったのです。私の子どもたちも同じです。 親子関係はすこぶる良好ですが、子どもたちは私の人 生ではなく、子どもたち自身の人生に専念しています し、そうあるべきです。だからこそ、血縁でない友達 との付き合いのほうが、成人した子どもとの付き合い よりも、ウェルビーイングと強く相関している、とい              I う研究結果が出ているのです。42。友情について研究 している2人の学者は言っています。  「家族との交流は義務感から生じることが多いのに対                        − し、友達との交流は主に喜びに動機づけられている。 − 4」      あなたの友達は本当の友達? 取引の      友達?  昔、フロリダ州で息子のカルロスと釣り旅行をして いたときのことです。カルロスは12、3歳で、その旅 行はカルロスへのクリスマスプレゼントでした。カル ロスのリクエストは毎年同じで、それが私と2人きり でフロリダに行き、狩りと釣りをすることだったので す。その恒例行事は、カルロスが海兵隊に入隊するま で、10年間続きました(カルロスは退役したら、その 行事を再開すると約束してくれていますI今度は、 私へのクリスマスプレゼントとして)。  土曜日の早朝、オオクチバスを釣るためオキーチョ ビー湖に出かけようとしたまさにそのとき、私の携帯 電話が鳴りました。発信者番号を見ると、大財団の会 長からでした。私か代表を務める非営利組織の取引先 です。「出ないといけない電話だ」とカルロスに伝え、 電話を受けながら車に乗り込みました。個人的に親し いわけではなかったものの、お互いの家族についてた わいもない話を5分ほどしてから、本題に入りました。  電話を切ると、誰と話していたのかとカルロスに聞 かれ、「友達だよ」と答えました。友達と言っても、 別に間違いではありません。私たちは互いに友達と言 えるくらい好意を持っていたし、ファーストネームで 呼び合う仲でした。仕事抜きで夕飯をともにしたこと もありました。カルロスが私を見つめました。そのま なざしは、父さんは適当なことを言っているな、と考 えているときにカルロスが決まって見せるまなざしで した。  「本当の友達? 取引の友達?」  賢い子です。私は一瞬答えに詰まりました。カルロ スは核心をついていました。子どもは、親のことを驚 くほどよく分かっているのです。でも、とりあえず発 言の意味を尋ねてみました。  「父さんは、本当の友達はあんまり多くないけど、お 偉いさんの知り合いはたくさんいて、持ちつ持たれつ でやっているでしよ。そういうのは本当の友達じゃな くて、取引の友達だよ」  カルロスは気づいていませんでしたが、その関係性 の区別は、アリストテレスが2千年以上前に『二コマ コス倫理学』で論じたものとまったく同じです。アリ ストテレスの説では、友情は一種のはしごで、低いも のから高いものまで存在します。感情的絆が最も弱く、 友情の恩恵も最も低い最下段は、利便性に支えられた 友情で、カルロスの言う「取引の友達」に該当します。 この場合の友達は手段であり、仕事の成功など、相手 の達成したいことを助け合う関係です。  中段に位置するのが、快楽に支えられた友情です。 一緒にいて楽しい、面白い、美しい、頭がいい、など、 好意や憧れによってつながっている友達です。言い換 えれば、相手の人となりで好きなところがあり、利便 性に支えられた友情よりは上段にありますが、基本的 には手段であることに変わりはありません。  最上段に位置するのは、アリストテレスが「完璧な 友情」と呼ぶもので、互いのウェルビーイングを願い、 両者の利得を超えた善や美徳をともに目指せる友情で す。たとえば、宗教上の信念や、大義への情熱でつな かっている友情などで、利便目的ではありません。こ の場合の友達は情熱を分かち合う相手ですから、本質 的で、手段ではありません。  当然、複数種の友情が混ざることはあります。私に だって、善や徳に対する情熱をしっかり共有できる、 尊敬するビジネスパートナーができる可能性はありま す。でもたいていの場合、私の友情はアリストテレス が唱えた3つのグループにきれいに分類できるし、利 便性のグループが最多になる傾向があります。  カルロスの質問を受けてあらためて考えてみると、 私も、ハードに働いている野心的な多くの人だちと同 じように、「取引の友達」は山ほどいても、本当の友 達は少なく、とても孤独でした。数少ない本当の友情 をもっと大きく育てよう、と誓いました。  あなたはどうでしようか? 本当の友達がいます か? それとも、あなたの友達は、ただの取引の友達 ですか? その答えが、あなたの幸福を大きく左右し ます。2018年、カリフォルニア大学ロサンゼルス 校の研究者たちが孤独に関するアンケートを実施しま   I した。440その中で、「自分のことをよく分かってく れている人がいない」と感じる頻度について尋ねたと ころ、「いつもそう感じる」「たまにそう感じる」とい う答えが54%を占めました。あなたもこの中に含まれ ますか? 答える前に、本当の友達を2、3人挙げて ください。既婚者は配偶者を除くこととします。では、 正直にお願いしますね。その「本当の友達」と最後に じっくり話をしたのはいつですか? 困ったとき、そ の人になら気兼ねなく電話をかけられますか?  もし本当の友達を2、3人挙げるのに苦労したなら、 問題があります。また、数カ月間その友達と話をして いないか、非常時にその友達に電話をかけようと思わ ないなら、本当の友達と取引の友達を混同している可 能性が高いです。正直に答えていないという意味では ありません。単に、長い間本当の友情をはぐくんでこ なかっただけかもしれません。  長年、たとえば幼少期から本当の友情を築いてこな かった人は、本当の友情を築こうとしてもすんなりと はいかないかもしれません。研究によれば、本当の友 達作りに関しては、女性より男性のほうが苦労する傾       − 向かあります。45。さらに、女性は一般的に社会的・ 感情的な支えを土台にして友情を築くのに対し、男性 は仕事など、共通の活動を土台にして友情を築く傾向 があります。要するに、女性には本当の友達が多く。               − 男性には取引の友達が多いのです。46。  晩年は特に、本当の友達の有無がウェルビーイング に大きく影響します。中年期以降の幸福に大きく貢献 する要素の一つが、真の親友を数人すらすらと挙げら れることであることは、数々の研究により証明されて    I います。47。幸福になるのに必要な親友の数は、必ず しも多くありません。むしろ、人々は年齢とともに友 達を厳選するようになり、親しく付き合う相手を絞る        − 傾向があります。48。でも本当の友達がゼロとか、配 偶者だけとかではだめなのです。  こうしたパターンを認識した私は、親友を作ること を決意しました。妻も一緒にやると言ってくれました。 親友を作るのは誰にとっても簡単なことではありませ ん。特に私たち夫婦は何回も引っ越しをしているので、 今の居住地で築いた友情の「根」は、何年も根づいて いるわけではありません。そこで、私たちは一計を案 じました。深いテーマについて話し合える相手かどう かを主眼に、人付き合いを見直すことにしたのです。 「重い」夫婦だと思われるのを覚悟のうえで、夕飯ど きに友達と語る話題を、旅行計画や住宅購入のような 当たり障りのない話題から、幸福や愛や精神性といっ た話題へと変えました。それによって友情が深まるこ ともあれば、「今より充実した関係にはなれそうもな いので距離を置いたほうがいい」と分かることもあり ました。      愛をはぐくむときに立ちはだかる壁  以下に、人間関係に関する肝心なこと、つまりあな たのポプラの森を育てるうえで重要なポイントをまと めます。 ・人との強い絆があると、第2の曲線に移りやすく、  成功しやすい ・どんなに内向的な人でも、健全で親密な人間関係が  なければ充実した老後は望めない ・既婚者の場合、配偶者と恋愛と友愛をはぐくむこと  が、成功の鍵 ・婚姻関係や家族は密な友情の代わりとしては適切で  はない。密な友情を築く余地は残しておくべき ・友情はスキルであり、そのスキルを磨くには、練習  と時間と根気が必要 ・仕事つながりの友情は、大義を共有している場合は  満足をもたらすこともあるが、本当の友情の代わり  にはならない  ここ数年間、さまざまな取材や会話をしてきました が、今挙げたポイントを伝えたり、「今すぐ人間関係 を構築しましよう」と言ったりすると、驚くほどの反 対に遭います。主な反論を3つ挙げましよう。  「とにかく時間がないんです」  確かに、愛と友情をはぐくむのは、途方もなく時間 がかかります。何であれ他のことをする時間は減って しまいます。たとえば……そうですね、正直に言いま しよう。本書の読者の多くが減らすことになるのは、 仕事です。このケースに当てはまる人で、仕事を減ら したくがないために恋愛関係や親子関係や本当の友情 を再構築する気になれない人は、優先順位のバランス が崩れています。  思い出してください。依存行動の典型的な兆候は、 人間関係が人間以外のものに置き換わっていくことで す。前述したように、それが「仕事依存症」という言 葉のゆえんです。働き、達成し、稼ぎ、成功するため に、すべての注意と時間を注がずにはいられない状態 です。もしあなたが仕事依存症的な行動を呈している なら、「友達を作ったほうがいい」と私かいくら説い ても無駄です。あなたが親しい関係者のために時間や エネルギーを残しておくことは絶対にないでしょう。 何よりもまず、仕事依存症という問題に対処する必要 があります。  この真実を認めるには、仕事依存症の人が残業に よって避けようとしているものと向き合わなくてはな りません。避けようとしているものが、機能不全に 陥った人間関係そのものであるなら(そうなっだのは 長年人間関係を軽視してきたためかもしれませんね)、 依存にふければ事態は悪化するばかりです。臨終の床 にいる老人が家族に後悔を語るお決まりのシーンで、 「もつとたくさん働けばよかった」と言う人はいない ことを覚えておくとよいでしょう。依存から抜け出す には、仕事依存症の人は時間を配分し直して、友情や 家庭生活を(再)構築しなくてはいけません。  このことが、よく聞く2つ目の嘆き、問題を認めた ときに生じる嘆きにつながります。  「人間関係が枯れきつていて。どこから手をつければ いいか分かりません」  なかには、長いこと他者と親しい関係をはぐくんで こなかった人もいます。しかし、その場合に厄介なの は、家族や友達との絆が切れかけていることだけでは ありません。それ以上の問題と言ってよいでしょうが、 親しくなるには練習が必要になってきます。長い闘大 切な人たちを軽視すれば、「愛をはぐくむスキル」は 失われている可能性が高いのです。  この状態に当てはまる人は、休眠状態の「人間関係 を築くスキル」を再び目覚めさせる必要があるでしょ う。第一歩は、絆を深めたいとはっきり囗にすること です。言い換えれば、変わる覚悟を他者に、それ以上 に自分自身に、示すことです。考えているだけで囗に 出さないうちは、変化は実現しないものです。  知り合いのなかには、人生を変えようと何十年も 「考えて」いる人たちもいます。労働時間を減らして 家族や友達との時間を増やそうと「考える」ことに、 あまり価値はありません。でも、そうしたいと大切な 人に伝えれば、その考えが脳にプログラムされ、あな たは目標達成に向けて動きはじめるでしょう。  しかしスキルを失っているときにどうやって人との 距離を縮めればいいのでしょう? 65歳にもなった管 理職が、電話をかけ合って「いついつに一緒に遊びま しようよ」と誘い合うとでも? 子ども同上の遊びの 約束じゃあるまいし、バカバカしい!。  ……と一一。一にいたい気持ちは分かりますが、実際は、そ うバカバカしいことではないかもしれません。子ども がごく幼かった頃は、私も子ども同上を遊ばせたもの です。子どもたちは厳密には一緒に遊んでいたわけで はありませんが、児童発達の専門家が言うところの 「並行遊び」をしていました。横に並んで、それぞれ が自分のおもちゃで遊んでいる状態です。この過程を 経て、子どもたちは友情を築くスキルを獲得していき ます。少しずつ関わりを深め、何力月か経つ頃には、 同じおもちゃで一緒に遊ぶようになります。  アメリカ、イギリス、オーストラリアなどいくつか の国では、「メンズーシェド(Men's Shed)」という新 たな現象が起きています。これは端的に言えば、高齢 男性たちが友情スキルを学び直すための並行遊びで  I す。49。孤独な男性たち(引退した人が多いですが、 全員ではありません)が、大切な人からいっとき離れ て、木工具のあふれる「小屋(曽l)」で、他の男性 だちと並んで、工作に取り組むのです。男性は共通活 動を通じて友情を培う傾向があることを思い出してく ださい。それを、直接の共同作業ではなく並行遊びを 介して実現するのが、メンズーシェドの工作活動なの です。男性たちは徐々に他のメンバーと交流するよう になり、新しい友達を作って友情を再構築していきま す。「ここに来てみんなとしゃべると、達成感があり ますね」と、ある男性は『ワシントンーポスト』紙の 記者に語りながら、友達のためにフットボール形のト ロフィーを作っていました。「最初は緊張したけど、 みんな本当に歓迎してくれました。今では週I回はこ        I こに来ています。50」  別に小屋でなくてもいいのです。女性が人間関係を 再構築するときは、まったく別の手段を用いることで しよう。大事なことは、友情に火をつけたいなら、考 えてばかりいないで、行動することです。  「きっとみんなは私を許してくれないと思います」  枯れきっだ人間関係では、家族側か大きな恨みを抱 いている場合があります。何十年も相手を顧みなかっ たために、夫婦関係は冷め、成人した子どもとの関係 も水のように冷えきっています。「愛してほしい」 「もっと私を見てほしい」と求めていた人たち、それ も、実際に愛され注目されるべきだったのに、ずっと そうしてもらえなかった人だちから、成功依存症の人 は積年の恨みを買っていることが多いのです。  今こそ償うときです。アルコール依存症の回復プロ セスが参考になります。アルコホーリクスーアノニマ スが提唱する12ステップの克服プログラムに従ってい る人たちは、ステップ9なくして克服は実現しないこ とを知っています。そのステップ9とは、「ことある ごとに、相手に直接償う。ただし、償うことで相手本 人や他の人が傷つく場合は除く」です。克服を目指す アルコール依存症の人は、依存症のせいで傷つけ、な いがしろにしてきた相手を一覧にします。誰かを傷つ けることにならない限り、一覧の人たちに償わなくて はいけません。  これが一筋縄ではいかないことは明白です。「あの 晩、酔っぱらって君の車を大破させて申し訳ない」と 言っても、傷はすぐには、そして十分には癒えないか もしれません。でも出発点としては悪くありません。 その後、飲酒をやめて借りを返し続ければ、さらに良 いでしょう。  成功依存症の犠牲者に償う場合も同じです。「君の バレエの発表会よりも、退屈な役員会議を優先して悪 かった。何についての会議だったか、もう覚えてもな いのにな」と言ったところで、すべてが元どおりにな るとは思えません。行動も改めなくてはだめです。人 間関係に関しては、行動は言葉より雄弁です。過去に も言葉だけで行動が伴っていなかったのなら、なおさ らです。      人生を測定する  すでに触れたとおり、私は生徒の注意を促すために、 「あと何回感謝祭を迎えられると思いますか?」と尋 ねるようにしています。実を言えば、私自身もそれで はっとするのです。両親の例に倣えば、私の場合、あ と8同ほどでしょうか(ブルックス家はかなり短命な のです)。誰かを落ち込ませたいわけじやありません。 思い出に残るような貴重な行事で残りの時間を数える と、時間の貴重さが急に具体的に感じられます。時間 をもっと賢く使うようになります。「毎日を、人生最 後の一日だと思って生きよう」というのと同じ考え方 です。  そのつもりで生きれば、きっと仕事依存症と成功依 存症の問題も解決できます。両者を増長させているの は、認知の誤りです。時間は無限にある、だから「次 の1時間に何をするか」という直近の決定は、長い目 で見ればたいして人生に影響しない、と勘違いしてい るのです。私たちは時間切れになってからその事実に 向き合うのですが、それでは後の祭りです。  経営コンサルタントなら、この事象を「系統的測定 誤差」と呼ぶかもしれません。そこで、私は私自身の 系統的測定誤差を解消するために、ある経営の専門家 の研究成果を応用したワークを考案しました。その経 営の専門家とは、故クレイトンークリステンセンです。 ハーバードービジネスースクールの教授を長年務めた 教授で、私はそこの教員をしています。私かハーバー ドの教員になって数力月ほどでクリステンセンは亡く なりましたが、彼の遺産はハーバードービジネスース クールに色濃く残っています。その少なくない理由は、 クリステンセンの名著『イノペーションーオブーライ        ー フ』にあります。51。  その著書でクリステンセンは、充実した良い人生を 企業評価と同じ手法で分析しています。どこを取って も大いに読む価値がある本ですが、私はうち1つの節 を題材にさせてもらい、3部構成のワークを開発しま した。そのワークを実践すれば、本当の満足感をもた らす人間関係に投資しながら、仕事依存症と成功依存 症の罠を避けることができます。 0終わりを意識して時間を割り振る  成功者は「直近の損得勘定(ヨarginal巨nking) Jが 得意です。一時間一時間を、その時点で最大の利益を 生むことに費やします。その場合に厄介なのは、短期 的に明確な利益が見込めない人生の要素、たとえば人 間関係が、常に損失と評価されてしまうことです。そ のせいで、たとえ疲労困憊して非生産的であっても1 時間の残業を優先し、家族と過ごす1時間を後回しに します。これを何日も何年も続けるうちに、孤独と疎 外という問題に悩まされることになるのです。  この過ちを回避するために、私は月I同、日曜日の 午後の1時間をワークに当てています。まず、臨終の 自分が、愛する人たちに囲まれているところを想像し ます。みんなが私のことをどう語るか、思い巡らせま す。  その後、現在に戻って、次週以降の時間の割り振り 方を考えます。さっき思い描いたシナリオに至るよう な人間関係をはぐくむために、このI週間をどう使い たいだろう? そして「定時で退社して、仕事のこと はすっきり忘れ、夕飯までに帰宅し、夕飯後は家族と 映画を見よう」のように決意を固めます。 @「自分にしかできない役目」を果たす  多くの事業が「エドセル問題」とでも呼ぶべき問題 により失敗します。エドセルは、1958年に生産さ れた有名車で、フォードの経営陣からは愛されました が、消費者からは嫌われました。下手な商売は、消費 者が欲し必要とするものではなく、自分の売りたいも のを売るのです。私たちは人間関係において同様のこ とをやりかねません。人間関係を年単位で軽視し、ス キルが衰えている場合は、特にその傾向があります。 自分の都合のいいときに、自分が興味のあることをす る機会を、家族や友達に与えるのです。「職場では王 様なんだから、家庭でも王様だ!・」という理屈です。  もちろん、そんな理屈は通用しません。愛する人と の関係は主従関係ではなく相互関係によって成り立っ ています。与える側にとって一番都合のよいものでは なく、相手の欲しいもの、必要なものを与えなくては いけません。  私は定期的に、関係を強化したい人を書き出すよう にしています。そして、それぞれの名前の横に、その 人たちが私に求めているもの、それも、私にしか与え てあげられないものを書いていきます。たとえば、妻 の場合なら私にしかしてあげられないことはこれこれ で、子どもの場合なら私にしかしてあげられないこと はこれこれだ、と。そこに挙げたことを軽視すれば、 関係性は破綻します。 @賢く投資する  息子の一人が、高校生のときにこう聞いてきました。 「僕が生きるうえで本当に手に入れてもらいたいもの を3つ挙げるとしたら何?」。私は数日考えて、自分 の出した答えに驚きました。答えは「幸福」ではあり ませんでした。幸福は重要ですが、目的と意義のある 良い人生には、不幸も欠かせないからです。お察しの とおり、「お金」「名声」でも断じてありません。さん ざん考えて伝えた答えは、「誠実、思いやり、信頼」 でした。その3つを身につければ、息子が可能な限り 最良の人間になれると感じたのです。  それをきっかけに、大切な人たちに手に入れてもら いたいことを3つずつ書き出し、こう問いかけること にしました。私は今書き出したものに投資しているだ ろうか? 私の時間、エネルギー、愛情、技能、お金 を、こうした長所や資質を伸ばすために注いでいる か? 私自身の行動で模範を示しているか? 新しい 投資戦略が必要か?      見返り  2009年に発表されたロチェスター大学の研究で は、大学を卒業したばかりの人を147人集めて卒業 後の目標を尋ねました。その結果、回答として得られ た目標は、基本的に「内発的」か「外発的」かの2つ         I に分類できました。52。内発的目標の焦点は、深い長 期的な人間関係から生まれる充実感にあります。一方、 外発的目標の焦点は、大金を稼ぐ、たくさんのものを 所有する、権力を得る、評判や名声を築くなど、いわ ば満足の方程式の分母を構成する欲にあります。これ はまさにバケットリストから追放すべきものです。  1年後、参加者たちの状況を追跡調査しました。ま ず判明したこととして、参加者たちはおおむね目標を 達成していました。人間関係の充実を望んでいた人た ちはそれを手に入れ、お金や権力を望んでいた人はそ の軌道に乗っていました。これは極めて重要な発見で す。おそらく、人生では願うものが手に入るのです。 そう考えると、昔からよく言われる「願い事は慎重に 決めよう」という言葉の真実味がいっそう増します。  しかし、第二の発見は実に深いものでした。内発的 目標を掲げていた人たちは1年後にはもっと幸せな生 活を送っていました。一方、外発的目標を追っていた 人たちは、恥や恐怖などのネガティブな感情が増し、 体調も悪化していました。簡単に言えば、お金や威信 といった世俗的なものを人生の目標にしている人は、 欲望が爆発して人生の満足感が低下するように、自ら を仕向けているのです。  あなたもうすうす気づいていたのでは? あなたは 流動性知能曲線が上昇する何年もの問、他のものには 目をくれず外発的目標に夢中になり、依存症を強化し てきたのでしょう。でも成熟して人生経験を積み、つ まり私のように歳を取り、今では外発的な見返りを目 標にするのは愚かなことだと気づいているのです。し かし、そう気づいているからこそ、人生が報われない ものになってしまいます。若い頃は、「外発的な見返 りを所有すればいつか満足するはずだ」という希望が あります。年月が経つにつれて、そんな日は来ないの だと分かります。しかし、外発的な見返りを求める習 慣が染みついているうえ、それを得るスキルに長けて いるので、「これを手に入れるか、あの世俗的な目標 を達成すれば、探し続けてきた満足感をやっと達成で きる」という消えかけた希望を捨てられないのです。 それではいくら努力しても報われません。他のどこに 見返りを求めればいいか分からないまま、落ち込んで いく流動性知能曲線から抜け出せなくなってしまいま す。  あなたの本当に欲しいものを手に入れ、第2の曲線 に移る心構えを身につけるには、人間関係を構築し、 愛の精神に基づいて知恵を共有する必要があります。 そのためには、内発的目標へと移行するしかありませ ん。でも、新しい目標を、それも人生が後半に差しか かってから持つことなどできるのでしょうか? 絶対 にできます。ただ内発的な価値観をもっと包み隠さず に囗にする必要があります。  手始めに、今からご紹介する方法を試してみてくだ さい。パーティーに出ている自分を想像しましよう。 「何をしている方ですか?」と聞かれたら、肩書のよ うな外発的なものではなく、自分が最も目的と意義と 喜びを得られそうなものを答えてください。精神生活、 人間関係、他者へ奉仕する方法といった観点から考え ます。たとえば、「弁護上をしています」と言うので はなく、「妻で、3人の成人した子どもの母親です」 と答えるのです。それが本当の自分で、自分のしてい ることだとは、最初はあまり思えないかもしれません が、心配はいりません。人生では、囗にすることが現 実になっていくのです。  人間関係が名実ともにあなたの意義と充実感の源と なったとき、享受している見返りの深さを十分に説明 することは困難です。人々は「まるで秘宝を見つけた ようなものだ」「もっと早く見つけられなかったこと だけが残念だ」と囗をそろえ、作家は至福の愛と友情 を偲んで挽歌を詠います。ラルフーウオルドー・エ マーソンは、喜びにあふれた随筆「友情」で次のよう に書いています。  今朝は、新旧の友に対する敬虔な感謝の祈り とともに目覚めた。神を美しい者と呼ばずにい られようか。日々、神は神自身の裁量で美しい 者として姿を現す。私は社会を非難し、孤独を 享受するが、知恵ある者、素晴らしい者、高貴 な心を持つ者が時々私の門を通るのが見えない ほど、恩知らずではない。私の声を聴き、私を 理解する者は、私のものになり、永遠の財産に なる。  親密な友情は、配偶者の友愛にしろ、アリストテレ スのいう「完璧な友」にしろ、どんな職業上の成功に も勝ります。キャリアの落ち込みによる傷を何よりも 癒してくれることでしょう。  すでに登場したJ・S・バッハの例で考えてみま しょう。バッハは仕事を愛し、人生前半の成功を楽し みましたが、最も大切なものが何かを知っていました。 相当な投資なくして、20大の子どもの良い父親にはな れません。さまざまな文献に描かれているように、 バッハが2人の妻と生き残った子どもだちとの問に温 かな関係性を築いたことから、そのために膨大な投資 をしたことがうかがえます。バッハは妻子を愛し、妻 子から愛されていました。仕事と私生活を両立できた 一因は、両者の境界線をあいまいにしたことにありま す。というのも、2部構成のインベンションと交響曲 は、我が子たちの練習曲として書いたものでしたし、 2番目の妻はバッハの筆写師でした。さらに、バッハ は息子たちの音楽家としてのキャリアを自ら先頭に 立って促進しました。バッハが幸せな最期を迎えたの は、作曲家として成功したからではありません。なに しろ、人生最後の数十年間に、バッハの作曲家として の地位は昔とは比べ物にならないほど低下していたの ですから。つまり、幸せな最期はバッハがはぐくんだ 人間関係のたまもので、その人間関係が、作曲家とい う革新者から偉大な教師へと転身する原動力となった のです。      至高の愛へ向かって  あの日ポプラの木の下で、私は画期的な発見をした つもりでいました。ですがもちろん、同じことを考え た人は、昔からたくさんいます。その代表は、次の言 葉を残したヘンリー・デイヴィツドーソローでしょう。 2本のたくましいオークは、横に並び 冬の嵐に耐え 風や潮に負けず 草地の誇りとして育ち 強く支え合っている 上空ではほとんど触れもしないが、地下へと 奥深く筋をたどれば 感嘆するほどに 根は絡み合い           −     丁心同体でいる。53  人間関係は理解を超えた力を秘めていて、私たちに その気さえあれば、物質を追求する苦役から抜け出す ための、格好の手段となります。ストライバーは、第 Iの曲線から第2の曲線へと移ることで、キャリアの 落ち目に逆らうのをやめ、他者を愛するという喜びの 源泉へと向かう素晴らしい機会を手にできるのです。  実は、英語は愛を語るには貧弱な言語です。たとえ ば、ギリシャ語では愛を表す単語は複数存在し、使い 分けられています。フイリア(友愛)、エロス(恋愛)、 ストルゲー(家族愛)、フイローシヤ(自己愛)、クセ ニア(歓待の心、見知らぬ人への愛)がその例です。  しかしギリシヤにおける愛の概念のうち最も超越し た愛は、アガペー、神に対する愛です。アガペーは、 最高かつ最も至福の愛と考えられていました。アガ ペーに至ると、ある種の恍惚状態になります。ただ、 長い間自分自身と世俗的な見返りを信じてきたストラ イバーの場合、アガペーに自然に至ることはあまりあ りません。次の章では、人生の現在地がどこであれ誰 でもアガペーを達成できること、アガペーを達成すれ ば人生を先へ進める自信が湧いてくることを、学んで いきましよう。  湿度の高い、蒸し蒸しした朝でした。2018年2 月、私は南インドの片田舎へ向け出発しました。目的 地は、ケーララ州とタミルーナードゥ州の境付近にあ る小さな町パルガートです。  少々話を戻しましよう。若い頃にヒンドゥー教の指 導者パラマハンサーヨガナンダの著書と出会って以来、 住期(アーシュラマ)という古代インドの理論の存在 は知っていました。中年という過渡期を幸福で悟りに 満ちたものにするための理論です。しかし、それ以上 のことは知りませんでした。インターネットで検索し、 英語で書かれた本を探し、インド人の友達に詳細を聞 いてみたりもしましたが、知識が深まることはほぼあ りませんでした。無理もありません。膨大で深遠なヒ ンドゥー教思想は、思考や情報のグローバル化にさら されてきたのです。私の探している答えを見つけるに は、まず師を見つけなくてはいけないと言われていま した。  とはいえ、師を探すのは私にとっては苦ではありま せんでした。私は年来のインド好きです。19歳のとき に初めてインドを訪れ、その文化、音楽、食、哲学、 そして特に人を、大好きになりました。ユーモアセン スと厳格すぎない精神性を兼ね備えたインド人だちと いると、いつだって心からくつろげます。だから理由 をつけて年I回はインドへ赴き、何人もの精神の師に 指導を受けてきました。  2018年のその朝は、4時に起きて数時同車に乗 り、何の表示もない小さな家へと着きました。確かな 筋から聞いた話では、そこでシユリーノチユールー ヴェンカタラマンー弟子からは単に「アチャーリヤ (先生)」と呼ばれていますIが住期について、さら に私か人生の後半に目指すべき姿について、教えてく れるというのです。  アチャーリヤに会えるとは、なかなかの快挙でした。 インドには富と名声を追求する営利の師がたくさんい ますが、アチャーリヤは裕福ではなく、メディアにも 出ず、西洋諸国にも行ったことがありません。人々の 精神的な成長を助けることに献身している、目立たな い謙虚な人です。起業のネタ探しに来たIT系技術者 や、自宗教から逃げ出してインドの精神性にはまった 西洋人には興味がありません。しかし、私は言葉巧み に弟子たちを説得し、新しい信仰を物色したいわけで も、金儲けをしたいわけでもないことを、納得しても らいました。  その会合はまるでテレビのワンシーンのようでした が、カメラはありませんでした。サンダルを脱ぎ、目 立たないその家に入ると、師がいて、周りには無言の 信者たちが輪を作っていました。師は手を合わせ伝統 的なナマステの挨拶をしました。「お待ちしていまし た」。師とともに腰を下ろすと、すぐに完全なる平穏 で心が満たされました。しばらくの問、そこにいる目 的を忘れました。  目的意識を取り戻した私は、住期の各時期の生き方 を探しに来たのです、と話しはじめました。「歳を取 ると長年努力して身につけた能力を失い、苦しむ人が たくさんいます。新たなライフステージへ移るのは難 しいし、恐ろしいことですらあります。あなたからは こうした問題のヒントをもらえると聞いたのです」。  その後2時間にわたって、アチャーリヤは古代イン ドの教えを説明してくれました。説明によれば、正し い人生を送るには4つのステージを踏まなければなら ず、それぞれのステージをアーシュラマと言います。 各アーシュラマの期間は25年が理想とされています。 当然、普通はそうならない可能性のほうが高いです。 現代のアメリカで100歳まで生きる確率はわずか6 千分のI程度ですし、インドの場合、その確率はさら に下がります。しかしこの教えの真のポイントは、 100年生きて、人生を均等に割ることではありませ ん。各ステージを有意義に過ごすことです。  第1のアーシュラマは、学生期(ブラフマチャリ ヤ)で、青少年が学習に専念するステージです。第2 は家住期(ガール(スティヤ)で、キャリアと富を築 き、家族を養うステージ。この第2ステージはごく当 然のことで何の問題もなさそうですが、ヒンドゥー教 の賢人たちは、このステージには人生で陥りやすい罠 が潜んでいると考えています。どうしても、お金、権 力、性交、威信といった世俗的な見返りに執着し、こ のステージを生涯維持しようとしてしまうのです。聞 き覚えのある話でしょう? 表現は違いますが、要す るに流動性知能曲線にはまってしまうのです。お金、 権力、快楽、名誉という、トマスーアクィナスが定義 した4つの偶像を追い求めるうちに、自己モノ化し、 けっして満足できなくなってしまった状態です。  こうした偶像への執着から抜け出すには、新しいス キル、つまり精神性を身につけて、新しいライスス テージへと移らなくてはなりません。アチャーリヤが 言うには、この変化は、もう一度大人になるかのよう な苦痛を伴うかもしれません。それは世間的な意味で 私たちを定義するものを手放すことです。言い換えれ ば、世俗的な見返りを乗り越え、移行を果たし、新し い住期で知恵を見出して、執着という苦悩の種を打破 する必要があります。仕事に精を出してきた人なら、 その時期はたいてい50歳前後に訪れます。  その新しいステージの名前は? 林住期(ヴァーナ プラスタ)です。サンスクリット語で「森林に」「隠 遁する」ことを意味します。このステージでは、過去 の公私の義務からきっぱり手を引き、精神性と深い知 恵、結晶性知能、教育、信仰にいっそう専念します。 別に、完璧な人生を生きるには50歳になったら山奥に こもらないといけない、という意味ではありません。 人生の目標を設定し直すべきだ、という意味です。林 住期は、第2の曲線を形而上的に言い換えたものと考 えてください。  しかし林住期は終点ではありません。老齢期に訪れ る最後の精神的なステージは、遊行期(サンニヤー サ)です。このステージでは、悟りを開くことだけに 没頭します。かつてヒンドゥー教の男性のなかには、 75歳頃になると文字どおり家族の元を離れ、聖なる誓 いを立て、師について老後を祈りと聖典の勉強に費や す人もいました。アチャーリヤの言葉を借りると、 「自己を悟ったとき、自分は肉体ではなく、自己なの だと分かります。無限の真理であると分かります。そ の認識、悟りこそが遊行期です」。  75歳になって洞窟でじっとしているのはあなた好み ではないかもしれませんが、要点は明確にしておきま しよう。人生の最終段階の目標は人生の根源的な秘訣 が入った聖杯を飲むことです。しかしそのためには、 林住期で生じる哲学的・神学的な問題について学び、 その問題に取り組まないといけません。何の準備もな く、いきなり悟りを開けるはずがありません。そんな のは、スポーツ選手としての訓練を受けずにオリン ピックに出るようなものです。  このことを、私たちは直感的に理解しているのでは ないかと思います。つまり、成熟するにつれ、老後が 悟りに満ちたものになるように、精神的な成長を追求 するべきだ、と。だからこそ、中年になると多くの人 がもともとの信仰や新しい信仰に惹かれ、「信仰を深 めたい」「信仰を新たにしたい」という思いにかられ るのです。  しかしこの変化に全力で抗う人もいます。落ち込み に抵抗し、変化という現実を否定し、形而上的なもの への欲求を遮断します。老後は、車のバックウィンド ウから、輝かしい過去が遠のくのを不安げに眺めるば かりで、未来にある新たな見込みと超越した冒険を見 ようとしません。あの、飛行機で出会った男性のよう に。  アチャーリヤにあの男性のことを話しました。ア チャーリヤはじっと耳を傾け、しばらく考えてから言 いました。「その人は家住期から抜け出せなかったの です。現世の見返りに毒されていました」。アチャー リヤは続けました。その男性の自尊心はいまだに、仕 事で成功した大昔の思い出から生じているのでしょう。 世間からは尊敬され続けているものの、尊敬の源とな るスキルはとっくに失われています。今の栄光は過去 の栄光の名残にすぎません。男性は林住期を完全に抜 かして、精神性を養わなかったため、遊行期という至 福にありつけずにいるのです。  この話からは「職業的威信と苦悩の相関法則」に悩 む私たちのロードマップが見えてきます。仮に、あな たが積極果敢な弁護上、記者、競争心の強いCEO、 あるいはIアチャーリヤに出会った当時の私のよう にIシンクタンクの会長だとしましよう。成人期初 期から中年期にかけては、仕事に猛進し、成功の世俗 的な見返りを求め、それをいくらか(だいぶ、かもし れませんが)達成し、その見返りに大いに執着するこ ともあるでしょう。でも、「そろそろ引退してもいい か」という気になる前に、そうした業績と見返りから 卒業する準備をしなくてはいけません。流動性知能曲 線が落ち込みはじめたら、「今やるべきことは抵抗す ることではない」「抵抗しても、満たされない執着が 倍増し、苛立ちが募るだけだ」というサインです。結 晶性知能を高め、知恵を活かし、知恵を他者と分かち 合うべきときが来たということです。  私たちの世代に匸一。肖助言をもらえませんか、とア チャーリヤに頼みました。私たちの年代の人たちは、 長らく仕事依存症・成功依存症で、特別だけれど幸福 ではなく、家住期から抜け出すことに恐怖を覚えてい るのです、と。アチャーリヤはかなりの間を置きまし た。「自分を知ることです」と、ついに言葉を発しま した。  「それがすべてです。他に答えはありません。他に何 をしても、解放されません」  「自分を知るにはどうすれば?」と私は尋ねました。  「自分の中へと分け入るのです。心が研ぎ澄まされれ ば、あなたを待つ秘宝に気づくでしょう」      歳を経るにつれ信仰が生まれる  中年の過渡期に入ると、宗教と精神性への関心が予 想外に高まる人がたくさんいます。信仰、宗教、精神 性、超越的なものへの関心は一般的に、成人中期に差 しかかると膨らんできます。何とも妙な現象だと思う でしょう。普通、人は歳を取るほど「おとぎ話」的な ものに懐疑的になります。10歳を超えれば、ましてや 40歳にもなって、イースター・バニーの存在を信じる 人はいません。それでも、40代、50代以降に宗教熱が ひそかに高まるのは、極めて一般的な現象です。多く の場合、年齢とともに、形而上的なものが本物らしく 感じられるようになり、本人にも説明かつかないよう な変化が起きるのです。  この傾向について解説されているのが、神学者 ジェームズーフアウラーによる1981年の著書                  − 『Stages of Faith(信仰発達理論)』です。I。何百人か を対象に調査したフアイラーの所見によれば、成人の 若者の多くは、宗教に見られる性の概念など、恣意的 な概念、時代に逆行する道徳上の概念を嫌悪していま す。また、宗教では人生の難問、たとえば「慈愛に満 ちた神が存在するのになぜこの世は苦悩だらけなの か」という疑問の説明かつかないことに、幻滅するこ ともあります。  しかし歳を重ねるにつれ、人生は割り切れないこと だらけだと気づきはじめます。そうなると、宗教のあ いまいさと矛盾を許容できるようになり、信仰や精神 性−それが子ども時代からの信仰であろうとなかろ うとIの素晴らしさ、超越性が分かるようになるの だと、ファウラーは論じています。その後の研究で、 ファウラーは1970年代と1980年代に発見した 信仰の発達段階が、現代的展開(一例として、アメリ 力では宗教への参加度が下かっています)を経てもな お認められるかを調査しました。その結果、現代でも                I その信仰の段階は認められました。2.  ところが、ストライバーはたいていこの変化に最も 無防備です。多くの場合、精神生活にはほとんど、場 合によってはまったく、投資してこなかったからです。 仕事が上り調子なときは、信仰と精神性はせいぜい 「あるに越したことはない」程度のもので、優先され るものではまったくないため、無視されてしまうので す。  しかし、この変化に乗じて信仰を受け入れる人は、 信仰から喜ばしい閃きを得られます。宗教や精神性を 重んじる成人は、信仰を持だない人よりも、おおむね 幸福でうつ病になりにくいことを示す研究が山ほどあ    I ります。3.また、このテーマの研究によれば、大人 になって信仰を見つける利点は、人生の幸福度が上が ることにとどまりません。宗教と精神性は良好な体調          − にもつなかっています。4.その一因は、宗教や精神 性を探求している人たちに見られる、ある傾向にある かもしれません。大多数の研究で認められているよう に、そういう人たちは薬物やアルコールを乱用するり        I スクが低いのです。5.  その理由について、研究者たちは気ままな憶測をし、 「礼拝に励むとライフスタイルが健康的になったり、 社会的交流が増加したりするためではないか」と指摘 することがあります。この分野に何年も関わった私に 言わせれば、その指摘は正しいものの、宗教によって 幸福度が上がる一番の理由は、そうした間接的な利点 よりもずっとシンプルだと思います。超越的な物事に 焦点を当てて、相当な時間と労力を注げば、自分とい う小さな世界が適切な文脈に変換され、自分自身から 焦点をそらせます。私たちはほとんど毎日、自分のこ とばかり考えています。これでは、面白みのない同じ テレビ番組を、日がな一日、繰り返し見ているような ものです。退屈としかいいようがありません。信仰を 実践すれば、焦点が宇宙へと移り、真理の源、生命の 原点、他者の善について考えさせられます。心身が生 き返るし、気分転換にもなります。  「この高次元の焦点は、宗教か精神性から得ないとだ めなんですか」とよく聞かれます。「たとえば、哲学 を追求することで得てもよいのでしょうか」と。それ に対する答えは「イエス」です。若者の間で、古代ギ リシヤの思想、特にエピクロス主義とストア哲学に対 する関心が高まっているのは、その好例です。ここ数 年、多くの人がエピクロス、セネカ、マルクスーアウ レリウスに強い関心を持つようになっています。それ も、知的な動機からではなく、そうした思想に意義あ る人生の秘訣を見出し、そこから幸福感を得ているの です。  結論を述べましよう。今人生の過渡期にいて、超越 的なものに興味が出てきたなら、それはまさに予定ど おりです。たとえこれまで精神生活を疎かにしてきた としても、です。その流れに抵抗しないでください。      私の信仰と私の師  宗教と精神性はデリヶIトな話題です。個人的なこ とですし、論争に発展することもあります。サークル などの社交の場で政治と宗教の議論が禁止されている ことが多いのには、理由があります。意見の不一致に よって友情が終わり、闘争が始まってしまった経緯が あるからです。それに、宗教の議論には不信感がつき まといます。どうしても、高級車を売りつけられてい る気分になりがちなのです。相手が疑問や意見を公平 かつオープンに取り上げずに、改宗をもくろんでいる ような気がしてしまいます。私もこの章を除外しよう かと迷ったほどです。  こうした問題を回避する手段らしい手段はありませ んが、信仰について話すときは、相手が手の内を明か してくれたほうが助かるものです。相手の素性を知っ ているだけでも、相手の主張の正当性を評価しやすく なります。相手のもくろみに乗せられるリスクが減り ます。  そういうわけで、ここで私自身の信仰歴について話 させてください。私は敬虔なプロテスタントの家庭で 育ち、10代のときカトリックに改宗しました。信仰の 実践方法は両親とは異なったものの、私のキリスト教 信仰は両親の生活の中心でもあり、私の生活の中心で もありました。  私はあらゆるものから精神的なインスピレーション を得ています。たとえば、他宗教の研究、数学愛、そ して何章か前で、流動性知能曲線から結晶性知能曲線 への移行について語るときに欠かせない例として紹介 したJ・S・バッハの音楽などです。  バッハの音楽だけでなく、バッハの信仰自体からも 刺激を受けています。私人としてのバッハの人生で最 も特筆すべきポイントは、キャリアの適応ではなく、 神との関係性にあります。バッハ家の聖書は、バッハ に日々読み古され、その余白はバッハが記した神への 感謝や賛美の言葉で埋まっていました。自筆譜の末尾 にはいずれも「Soli Deo gloria(神のみに栄光あれ)」 と書き込まれています。バッハは自分の書く一音一音 を、聖別された音、神の啓示だと信じ、「私は音符を 書かれたとおりに弾くが、その曲を作るのは神だ」と 語っていたそうです。作曲する理由を聞かれたときに は、簡潔でありながら奥深い答えを返しています。  「あらゆる音楽の狙いと究極の目的は、神の栄光と魂          − の浄化に他ならない。6」  私も自分の仕事の理由を聞かれたら、バッハのよう に答えたいと思っていました。自分の仕事は神聖なも ので、神の栄光と他者への奉仕のためにあるのだ、と。 バカげた話に聞こえるかもしれませんが、それこそが、 音楽から社会科学へと転向した理由の一つなのです。  妻が信仰を持つに至った道のりは、私とは違いまし た。妻は宗教と縁のないバルセロナで育ちました (「でも、スペインは信仰の厚い土地柄ですよね」と 思ったあなたの認識は遅れています。今のスペインは 事実上、ポストキリスト教国です。デンマークとたい して変わりません)。妻は生まれてこの方ほんの数回 しかミサに参列したことがありませんでした。信仰心 がないどころか、どんな宗派にもIカトリックには 特にI強い敵意を抱いていました。結婚してからも、 私は教会に通いましたが、妻は同伴しませんでした。 子どもが生まれてからは、日曜日の午前中に私か子ど もだちと教会に行っている間、妻はのんびりと寝てい ました。その状態が長い間続き、私にとって悲しみの 種となっていました。  「妻は妻で信仰を見つけるかもしれない」という望み にほぼ見切りをつけた頃、突然(のように私には見え ました)、妻のなかでカトリックへの関心が芽生えま した。何かきっかけだったのか、実際のところは知り ません。その後数十年にわたり、教義を実践し、勉強 し、身につけるうちに、妻の信仰心は高まりました。 信仰は妻の生活の中心となり、私たち夫婦のうち妻の ほうが宗教に精通するようになりました。  そして数年前に本書の企画を始めたとき、今度は私 自身が信仰心の高まりを感じ、今まで以上に信仰に本 腰を入れるようになりました。そうした動機となる背 景があって、2018年に南インドの田舎へ逗留した のです。そこでアチャーリヤから林住期について教 わっだことで、点が線になり、精神性を探求してきた 遍歴、結晶性知能曲線、ものを削ることの3つがつな がりました。  アチャーリヤに妻エスターの話をしました。30年前、 室内楽団でヨーロッパを巡っていたときに妻と出会っ たこと。同じ言語は匸一。肖も話していないのに、出会っ てわずか数時間で恋に落ちたこと。結婚するよう妻を 口説くために、ニューヨークでの仕事を辞めてバルセ ロナに引っ越したこと。アチャーリヤからエスターの 信仰生活について尋ねられたため、ありのままを伝え ました。信仰に目覚めるのは遅かったものの、今では 私を高潔な道へと率いてくれています、と。聖書につ いて教えてくれ、私の祈りを助け、一日も欠かさずに 私をミサヘ連れて行くんです。アチャーリヤはしばし 沈思し、淡々と言いました。  「彼女があなたの師です」  ヒンドゥー教の聖典ウッダヴアーギーターで、クリ シュナ神は説いています。「人生の第3期林住期に入 ることを望む者は、平穏な心で森に入るべきである。 妻は大人になった息子の元に置いていくこと」。しか し、次のように付け加えています。                −  「もしくは、妻も連れて行くこと。7」  私は後者の選択肢を取ることにします。      深夜に訪問した二コデモ  精神生活を充実させましようと言われると、果てし ない道のりに思えて気が重いかもしれません。何から 始めてよいか分からない人もいます。一方で、ストラ イバーとして自己充足型の人生を送ってきたために、 「精神生活に挑戦したい」と認めることさえ嫌がる人 もいます。後者の状態を、私は「二コデモ症候群」と 呼んでいます。  二コデモはフアリサイ人で、紀元後初期のパレスチ ナで絶大な権力を有したサンヘドリンという宗教組織 の一員でした。ある夜、不義の密会を果たそうとしま す。大変危険なことでしたが、どうしても心を抑えら れませんでした。連日、他のことはいっさい考えられ なかったほどです。これほどまでに二コデモを魅了し た相手は、愛人ではなく、それまで見聞きした師だち とはまったく異なる精神の師でした。というのも、そ の師はしるしと奇跡を起こして見せたどころか、出 会ったばかりなのに二コデモのことをよく知っている ようだったのです。詩人ヘンリー・ワズワースーロン グフェローは、二コデモの発言を想像しこう書いてい ます。「悲しいかな、どこまでも/彼は私の心を読む   I のだ。81・」  二コデモは暗い街路で師を見つけました。師は鋭く も穏やかな表情で二コデモを待っていました。しかし 師は言葉を発しません。フアリサイ人が心を打ち明け たのは、そのときです。  「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られ た教師であることを知っています。神がともにおられ るのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、誰 も行うことはできないからです」(ヨハネによる福音 書3章2節)  その師とは、もちろんナザレのイエスです。二コデ モの同胞であるフアリサイ大たちは、何力月もの間イ エスを激しく非難してきました。イエスがフアリサイ 人の安息日の規則を公然と侮辱し、大胆にもフアリサ イ大を「偽善者」とののしったためです。二コデモも イエスを嫌うべきでしたが、神の慈愛に満ちた師の メッセージに魅了されました。その時期はちょうど、 二コデモにとって人生の転機、つまり長年の信仰に疑 問を抱きはじめた時期だったからです。  二コデモは『ヨハネによる福音書』の4章後の章に も登場します。ちょうど、二コデモがもともとの信仰 から、心を奪われた新しい信仰へと移る過渡期が描か れています。二コデモは異端的な教義を説いたかどで イエスを捕えようとするフアリサイ人の一派に属して います。いまだ「体制」側にとどまってはいたものの、 あからさまにイエスを擁護し、同僚たちに問いかけま す。  「我々の律法によれば、まず本人から事情を聞き、何 をしたかを確かめたうえでなければ、判決を下しては ならないことになっているではないか」(ヨハネによ る福音書7章51節)  予想どおり、仲間のフアリサイ人たちは二コデモに 食ってかかり、「あなたもガリラヤ出身なのか」(ヨハ ネによる福音書7章り一節)と嘲笑しました。イエスの 伝道活動の本拠地であるガリラヤは、国際的なエルサ レムに比べ遅れている、現代風に言うなら「フライ オーバー・カントリー」(訳注一飛行機で通り過ぎる だけのアメリカ中央部の田舎)だったからです。「よ く調べてみなさい。ガリラヤからは預言者の出ないこ とが分かる」(ヨハネによる福音書7章り一節)。二コデ モは窮地に立だされました。共和党の大会で不評な民 主党員を擁護する場面(またはその逆の場面)を想像 してみれば、二コデモの立場が少しは分かるでしょう。  イエスを擁護したために二コデモの立場は危うくな りました。2つの陣営にまたがるなどということは不 可能です。二コデモはどちらを選ぶのでしょうか? さらにD一章読み進めると答えが見つかります。イエス の十字架刑が執行された直後に、もう一度だけ、二コ デモが登場するのです。イエスの処刑を前に逃げ出し た多くの弟子だちとは異なり、二コデモはイエスの遺 体を引き取り、「没薬と沈香を混ぜた物を百リトラば かり」(ヨハネによる福音書19章39節)使って、保存 処理を施しました。主の死後さえもイエスに献身した ことを考えれば、「改心」したことは明らかです。  今日では、二コデモはカトリックと東方正教会の聖 人となり、好奇心の守護聖人という魅力的な地位を獲 得しています。信仰の好みにかかわらず、あなたも二 コデモの変容から学べることがあるはずです。      進路上の障害物を乗り越える  二コデモ症候群は壁の一つにすぎません。せっかく 精神性を求めても、他の壁にぶつかり、回避する方法 を見つけられないと、回れ右して引き返してしまう可 能性があります。特に、まったくの未経験だとそうな りがちです。 0「コOコS」という自己概念  二コデモが夜にイエスの元を訪れたのは、密会を目 撃されたくなかったからです。権力ある成功者だった 二コデモは、自分のそれまでの信念を疑って新しい信 念の採用を検討している姿を見られるのが怖かったの です。  生まれて初めて、または何十年かぶりに、宗教心が 芽生えてきたという中高年をよく見かけます。でも二 コデモと同じで、多くの人はその衝動に困惑し、迷惑 がることさえあります。信仰をずっと軽視してきた人 や、人生の初期に信仰から遠ざかって「無宗教」もし くは「反宗教」を自認してきた人ならなおさらです。 その姿勢を緩めれば、周りから「弱い」とか「当てに ならない」と思われるんじやないかと気になってしま うのです。  さらに、宗教心が芽生えることで、自己概念が揺ら いで強烈な違和感を覚えることもあります。心理学者 カールーロジヤーズが、人は常に「自分は誰か」とい う問いの答えを必要としている、と論じたことは有名   − です。9.私たちは成長し歳を重ねるとともに自己概 念を構築します。ロジャーズの定義では、情緒の安定 した人は、自己概念が人生経験と一致しています。逆 に、情緒不安定な人は、自分の経験を正当に受け止め られないために、自己概念をゆがめます。  私たちは自己概念からの逸脱に不安を抱き、抵抗し ます。思春期が厄介なのはそのためです。10代の若者 たちは「自分は誰か」という問いの答えをまったく知 らないので、情緒が荒れてしまうのです。また、同じ 理屈から、大学から自宅へ初めて戻ってきた若者たち は、親から見ると驚くほど変わっていたりします。  自己概念が揺らぎやすくなるのは思春期だけではあ りません。その典型と言えるのが、大人になってから、 無宗教と宣言していた自己像に疑問を抱きはじめたと きです。無宗教者とは、アンケート調査用語で 「回目」と呼ばれる大たちのことで、アメリカ人の5              − 大にI大がこれに該当します。10。「回目」であるこ とは信仰を見つけるうえで障壁にはならなそうですが (むしろ埋めるべき隙間ですよね?)、実際は、それは こだわりであり、「ユダヤ教徒」とか「仏教徒」と言 うのと同じくらい強力なアイデンティティーなのです。  「呂否」という自己概念を変えると混乱するし、プラ イドも傷つきます。プライドが邪魔して、自己像、自 分の信仰、立場に縛られます。「回回」というこだわ りの姿勢を崩すことは、侮辱的なこと、「自分は弱い 人間だ」と宣言することになりかねないからです。私 の知り合いには、「宗教や精神性なんてくだらない」 と長年宣言し、今になって不倫でもしているかのよう にこっそり教会に通っている人たちがいます。まさに 夜を狙って訪問をした二コデモです。  でも今現在「回目」という表現が自分にぴったりだ からといって、宗教や精神性への間口を狭める必要は ありません。大事なことは、自己概念を「呂回」から 「今は苦罵」、もっといえば「呂罵だけど聞く耳は 持っている」へと、ほんの少しずらすことです。自己 理解にわずかな隙が生まれ、絶大な効果をもたらしま す。今は信仰を持っていなくても、ドアを開放してお く。そうすれば、いつか何かがひょっこり入ってくる かもしれませんよ。 @教会に住むサンタ  子どもが小さかった頃の話です。近所の教会を車で 通り過ぎたとき、当時4歳頃たった長男が、「ここに サンタさんが住んでいるの?」と聞きました。その発 言は、私たち夫婦を大いに楽しませてくれましたが、 実は信仰形成における典型的な問題を浮き彫りにして います。私たちが信仰や精神性に対して抱く第一印象 は得てして子どもっぽいものです。その印象は大人に なってからも消えません。宗教は、神話と子どもじみ たたわごとの寄せ集めで、まともな大人なら相手にし ない類のもの、と一蹴されがちなのです。  宗教に反感を持つ人たちは、そういう子ども時代の 記憶に訴えることで宗教を批判します。たとえば、 2010年、クリスマスが間近に迫ったある日、リン カーントンネル(毎日ニュージャージー州からニュー ヨーク市へ向かう大勢の通勤者でごった返していま す)の入り囗にある広告板が目に入りました。描かれ ていたのは、ベツレヘムへと向かう東方の三博上の影 絵。その下には次のような説明書きがありました。  「これが神話だと分かっているそこのあなた、今年は 理性を祝いましよう!・」  正直に認めると、宗教信者の私でさえ、見た瞬間に 大笑いしました。反宗教団体としては実にうまい手を 打ったなと思ったからです。しかし、理性的な手では ありません。むしろその逆です。「幼少期に聞いた聖 書の話が、大人になった今、何から何まで正確だとは 思えないなら、それを真剣に信じるのはやめましよ う」と言っているわけで、それは、「幼少期に聞いた おとぎ話のような結婚生活をしてくれない相手とは離 婚する」と言うのと同じくらい、理性に反します。そ れこそ、子どもじみています。  信仰心が高まったときに、幼児期の純真な発想に根 拠を求めるのは、大人の対応として適切ではありませ ん。そんなことは、宗教以外では絶対にやらないこと です。どうせなら、私だちより賢い人の意見に目を向 けましよう。主要な宗教、精神の教え、哲学には、私 だちならI生かけても達しない域の賢大たちの著述が 残っています。たとえば、トマスーアクイナスは比類 なき天才で、同時に書き上げたと言われる25冊の本は、 どれも学問的に優れ、トマスの博学ぶりを表していま す。なかでも権威ある代表作『神学大全』は、哲学書 の最高傑作で、信仰に対する重大な異論のほぼすべて に解答を示しています。  幼児期の宗教観が愚直だったと認めれば、超越的な 真理を、初めて教わったときとは違う、成熟した批判 的な視点から探究することができます。そのためには、 思い描いていたアニメーション的な解釈から抜け出し、 先入観を捨て、学者や高徳な実践者が残した思想や著 述に触れてみることです。 @時間による制約  信仰の実践は手間暇がかかります。この問題に回避 策はありません。そのため、日常生活のあれこれと競 合してしまいます。2時間程度では、宇宙の神髄につ いて深く熟考することはできません。映画を見るのと はわけが違うのです。礼拝に出席すればたちまち、毎 週I〜2時間の時間を取られます。読書や祈り、瞑想 をし、何かしらそこから得ようと思えば、毎日やる必 要があります。しかも、どちらも最低限のラインにす ぎません。信仰や精神道の上級者がその実践にかける 時間は、フィットネスマニアがジムで過ごす時間と変 わりません。それくらいやらないと進歩しないし、そ れくらいやりたいほど、深い充実感が得られるのです。  しかし、少なくとも最初は、それだけの時間を確保 するのは相当な負担になります。だから信仰に飢えて いる多くの人は、いつまで経っても信仰に必要な時間 を作らないか、何らかの意義を引き出せるほど信仰に 労力をかけません。やるべきことを先送りし続けて、 私の高齢の友人(すでに亡くなりました)のように 「信仰にまで手が同らなかったことだけが本当に心残 りだ」とこぼすことになるのです。  ここでは解決策として、精神の修養を脇役にせず、 主役と考えることをお勧めします。私から「あなたは 深刻な健康問題を抱えていて、一日30分の運動と薬の 服用が必要です」と言われれば、あなたは私の言うと おりにするでしょう。誰もがそうするとは限りません が、あなたならそうする、という意味です。なぜ分か るかと言えば、本書をここまで読んできた人で、自己 改善に不真面目な人はいないからです。そして、精神 の修養は、健康増進と同じくらい重要な自己改善です。 その時間をなんとしても確保するために、瞑想、祈り、 読書、実践を予定に入れてください。それも、毎日の 予定に入れるのです。      超越に歩み入る  たいていの場合、足りないのは一歩を踏み出す口実 だけです。生活の均衡をいっとき崩し、新しいものに 挑戦するきっかけがあればよいのです。そこで単純な 提案があります。散歩をしましよう。  アチャーリヤと会ったとき、精神性に対する感覚が 鋭くなり、それまで何度インドを訪問しても目に入ら なかったものに目が留まりました。大勢の人が、祈り に没頭しながら路上を歩いているのです。聖都のマ トゥラー(クリシュナ神の生誕地とされ、現在では 5000もの寺院を擁しています)などでは、至る所 でそのような姿が見られました。この慣習についてイ ンドの友達に尋ねてみました。「その人たちはヤート リーシュだよ」。つまり巡礼者だそうです。ヒン ドゥー教では、「放浪者」(多くはI文無しの乞食)は 尊敬されており、巡礼は庶民が精神的に目覚めるうえ で核となる活動だと考えられています。  主要な宗教にはほぼ例外なく巡礼があります。さま ざまな定義を踏まえて言うなら、巡礼とは、「故郷か ら聖地を目指して長距離を移動する」、感情や信念を            I 動機とした献身行為です。H。イスラム教徒はメッカ を、仏教徒はブッダガヤを目指します(仏陀がその木 の根元で悟りを開いたとされる、菩提樹の本があるの です)。そしてキリスト教には、スペイン北部を横断 する有名な「サンティアゴーデーコンポステーラの巡 礼路(別名「聖ヤコブの道し」があります。  私はアチャーリヤと会って以来、サンティアゴー デーコンポステーラの巡礼路のI週間分を、2度歩い てきました。2回の順路は異なりますが、農村を通り、 ローマ時代の街道を越え、使徒聖ヤコブ(スペイン語 ではサンティアゴ)が埋葬されたと伝えられるサン ティアゴーデーコンポステーラ大聖堂まで歩きました。 この巡礼路は、9世紀の設立以来、無数の人々を魅了 してきました。20世紀に入り廃れたものの、2010 年、マーティンーシーンの主演映画『星の旅天たち』 の公開をきっかけに、人気となりました。それからと いうもの、その巡礼路の巡礼者数は一気に増え、 2009年の14万5877人から、2019年のU一万                − 7578人へと跳ね上がりました。12。  その天たちはなぜ巡礼するのでしょう? 1つには、 歩くことは優れた運動だからです。それも、健康と幸 福を実現するのに特に効果的な運動です。人によって はその巡礼に冒険を期待していて、スペイン政府もそ の点を積極的に売り込んでいますが、それはいかがな ものかと思います。その巡礼に冒険的な要素は皆無で す。あなたにとって「スリルを求める行為」が、「1 日に何時間も単調な行為を繰り返すこと」を意味する のでない限り。たまに出くわす野犬以外に危険はない し、1日20キロメートルの徒歩に起因する筋肉痛と水 ふくれ以上の大きな困難はありません。  むしろ、スリルの完全な欠如こそがその巡礼路の神 髄です。旅の出だしでは、単調と退屈に不慣れな巡礼 者は心の叫びに苦しめられます。急ぎの用事が発生し ているかもしれないという無数の憶測が飛び交い、道 端にWi-Fiの使えるカフェが現れるたびに、立ち寄っ て外界の状況を確認したくなります。しかし3日過ぎ る頃から、その衝動が収まってきてます。歩行によっ て心身が調和しはじめ、自然な無理のないペースに落 ち着きます。歩行が、遅くも早くもない一曲の長い音 楽(もちろんアンダンテです)となり、安らぎに包ま れます。その巡礼は、多くの宗派に伝わる歩行瞑想と いう修行の発展形なのです。「一息一息、一歩一歩に マインドフルになると、この素晴らしい星で生きてい ることを再認識させられます」と禅師ティクーナッ         ー トーハンは説きます。13.「他に何もする必要はあり ません。ただ生きて、呼吸し、一歩を踏み出すだけで、 十分に素晴らしいのです」。日本人神学者の小山晃佑 は著書『助産婦は神を畏れていたので』にて東洋思想 とキリスト教信仰を融合させて次のように述べていま す。「時速3マイルは、私たちの歩行速度であり、ゆ                I えに神の愛の歩行速度でもあります。14」  数日続けると、巡礼の超越的な効果が現れ、知覚の 波が押し寄せます。実際、私の体験は、幻覚剤使用者 の体験談と大差ありません。たとえば、快楽のランニ ングマシンからつかの間解放されます。その巡礼路の 目的は到達することではなく、歩くことにあるからで す。それが「満足とは何か」という謎を解明します。 今この瞬間が、未来に到達するために耐えるべき苦闘 にすぎなければ、満たされることはありません。その 未来が現在になったとき、その瞬間もまた新たな苦闘 でしかなくなるため、いつまで経っても有終の美には 至らないのです。歩行に集中し、目の前の今を生きる ことに集中するべきです。  現在に集中すれば、より大きなもの、より良いもの ばかりに目を向けていると見過ごしてしまう小さな満 足感を、現在の一瞬一瞬から得られるようになります。 一例を挙げると、ある朝、私たち夫婦は見たこともな い奇妙な花を見つけました。青いトケイソウです。ト ケイソウは南アメリカ原産ですが、現在ではスペイン のガリシア州でも繁殖しています。見た目は、宇宙人 の触覚のようなものの下に糸状の3色の花弁が広がり、 それが完全に左右対称な葉から生えています。私たち はその花に釘づけになり、10分ほど見つめていました。 こんな戯れは日常の通勤では起こり得ません。普段な ら快楽のランニングマシンに乗って通勤し、トケイソ ウより文字どおり見劣りするものを求めて走ることに なります。  巡礼によって日常の野心を強制的に切り離せば、人 生が一時的に適切な規模に修正されます。ダライーラ マに度々思い出させてもらうことですが、私は「一川億 人のうちのI大」です。この言葉でダライーラマが伝 えたいのは、私か取るに足らない存在だとか、他人と 何も変わらないということではありません。自分の人 生、仕事、人間関係、お金を、狭く低い視野からとら えるのはやめましよう、ということです。これを日常 で実践するのは難しいですが、巡礼中なら簡単です。 私は歩きながら、自分が70億人のI大であることに思 いを馳せます。過去から未来へと続く何百万年もの年 表においては、その70億人が存在するのもほんの一時 にすぎません。何もかもたいしたことではないと思え てきます。自分の命がくだらないということではなく、 世俗の細部にとらわれて形而上的な真実を見失うのは くだらないということです。たとえば、スマートフォ ンをなくしたとか、車をへこませたなどということは、 宇宙の次元から見ればちっぽけなことです。  一歩踏み出すたびに意識するのは目の前の一瞬です が、一日単位で打ち込むのが理想的な狙いもあります。 それが、他者の幸福を祈る、または念じることです。 私は個人的な視点から海兵隊の息子ために祈る日もあ れば、世界的な視点から貧困と紛争に苦しむ人々のた めに祈る日もあります。歩行瞑想をすればそれぞれの 狙いの対象への愛情と慈悲が湧き、一日の終わりには、 それ相応に対処するための具体的な決意が固まります。  最後にもう一つ、忘れてはならない瞑想の効果があ ります。それが感謝です。いわゆる「感謝の散歩」の 効用はこれまでも多くの人が指摘しており、歩きなが らポジティブな出来事に意識を向けると感謝の気持ち が増し、幸福を味わいやすくなると言われています。 コロナウイルスにより外出制限が敷かれていた間中、 私は感謝の散歩を実践し、毎日夕飯後に近所を歩きま した。それは同期間中の良い思い出の一つとなり、期 せずして2021年の巡礼の予行演習にもなりました。 巡礼を始めるとほぼ同時に、感謝の念が湧き上がった のです。家族、信仰、友達、仕事のありがたみ、さら には、冷たい水が飲めること、靴を脱いでくつろげる こと、ふかふかの枕で寝られることのありがたみに浸 りました。  私はこの先何年もかけてあの巡礼体験を消化してい くことでしょう。あの巡礼は私の人生における数々の 変化と激動を理解する助けとなり、充実した林住期へ 入るための準備となりました。と、ここまで説明を尽 くしてはきましたが、そもそもあの体験は言葉にしが たい体験であり、とても個人的な体験でもあります。 「それはあなたの道で、あなた一人だけの道です」と ジヤラールーウッディーンールーミーは書き残してぃ   I ます。15。「一緒に歩く人はいるかもしれませんが、 あなたの代わりにその道を歩ける人はいません」。私 に言えることはただ一つです。あなたの道を歩き始め れば、あなたは変わります。林住期へと一気に近づき ます。そのまま、第2の曲線へ歩み入ることになるか もしれません。      飛ぶ力  「私はこういうタイプ」とか、逆に「私はそういう夕 イプじゃない」といった具合に、自分のアイデンティ ティーを固定的で不変的なものと考えていると、人生 の多くの可能性を閉ざすことになってしまいます。常 に柔軟に自己理解を見直せば、変化し続ける自分にそ ぐわないパターンにはまらずに済みます。すでにご説 明したように、特に信仰に対する姿勢は、年齢ととも に変化することが多いのです。その変化をありのまま に受け入れて精神生活を充実させれば、第2の曲線へ 移りやすくなります。  にもかかわらず、なぜそれをためらう人が多いかと 言えば、二コデモと同じで、ずっと自力でがんばって きたのに精神性に頼るとなると、弱くなったような気 がするからです。そしてストライバーが目の敵にして いるものが1つあるとすれば、それは「弱さ」です。 でも本章でお話ししたとおり、精神を深めたいと思う ことは弱さではなく、新しい強さであり、結晶性知能 曲線に飛び乗るのに必要な力の源です。  強さが弱さに見える例は他にもあります。むしろ、 人生はそういうものであふれています。それこそが、 第2の曲線へ移るために、次に学ぶべきことです。  人類史上最も成功した起業家は誰でしょう? ヘン リー・フォード? それともステイーブージョブズで しょうか?  私の考えでは、それは断然、タルソスのサウロ、後 の聖パウロです。キリスト教徒でない人も、どうか話 を最後まで聞いてください。パウロはI世紀にキリス トの教えに回心し、メシア信仰を説く巡回伝道者の活 動を、理路整然とした神学体系にまとめ上げ、古代世 界へ広めました。いわば組織的宗教としてのキリスト 教の発明者です。それ以来、キリスト教は2千年の時 を経て、20億人以上の信者を擁するまでに成長しまし た。  iPhoneの10億人というユーザー数は素晴らしい数 字なんだろうと思います。でも本当に素晴らしいかど うかは、西暦4000年時点でどうなっているかを見 て判断するとしましょう。  というわけで、パウロが起業家として成功した秘訣 は何だったのでしょうか? ある手紙から、パウロ自 身の言葉を引用しましょう。西暦55年に、コリントに ある新興のキリスト教会に宛てて書かれた手紙の一節 です。  わたしの身に一つのとげが与えられました。 それは、思い上がらないように、わたしを痛め つけるために、サタンから送られた使いです。 この使いについて、離れ去らせてくださるよう に、わたしは三度主に願いました。すると主は、 「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱 さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われ ました。だから、キリストの力がわたしの内に 宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを 誇りましよう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、   窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあって   も、キリストのために満足しています。なぜな                      I   ら、わたしは弱いときにこそ強いからです。I。  パウロの言う「とげ」が具体的に何を指しているの か、学者たちは長い間頭をひねってきました。一部の 学者たちは、とげは一時的な失明のことを指している と考えています。パウロが、ダマスカスへの途上で倒 れる有名な場面で、一時的に失明したことと結びつけ ているのです。その失明が時々再発したのでは、とい うわけです。これに対し、多くの中世の神学者は別の 説を信じていました。パウロを苦しめていたのは聖痕 という神秘現象、つまりイエスの受難に深く共鳴した 人の手足に現れる十字架刑の傷跡だ、と。また、ユダ ヤとローマの当局から受けた度重なる迫害を指してい るという説もあります。さらには、罪に対する誘惑の ことではないかという大もいます。  より近年の分析が『Jourr邑ot JNeurology(ジヤーナ ルーオブーニューロロジー)』誌に掲載されています。 そのなかで、神経学者デヴィツドーランズボローは、 パウロを苦しめていたのは側頭葉てんかんの可能性が              I 高いとの仮説を示しています。2.それなら、パウロ が恍惚状態を体験し、手紙に書かれているように「楽 園にまで引き上げられ」、幻を見たことに説明がつく というのです。また、ダマスカスへの道中で閃光に打 たれ、一時的に目が見えなくなったのも、そのためと 考えられます。この状態は全身性けいれんへと進行し たはずで、けいれんの症状はサタンに遣わされたとげ が刺さっているように思えたに違いない、とランズボ ローは論じています。  パウロの書き方からすると、初期キリスト教会にい たパウロの信者の大半は、パウロの苦しみがどのよう なものであったかを十分承知していたと思われます。 パウロはきっとそれについて包み隠さずに何度も語っ ていて、前述の手紙ではそれ以上の説明は不要と思っ たのでしょう。私たちが本当に問うべきことは、パウ ロがなぜその弱さをあえてまた手紙に記したかです。 信者の憐れみや罪悪感を誘うためでしょうか? そう は思えません。パウロの狙いは明らかに、「明確なビ ジョンを持つキリストの使徒、偉大なパウロは、欠陥 もあれば、死も免れない、弱い人間だ」と示すことに ありました。  しかし話はそれで終わりません。その弱さこそが強 さの源だとパウロは言っているのです。強い意志と弁 舌の才、つまりリーダーに伝統的に求められる強さに よって、多数の人をまったく新しい宗教に改宗させ、 キリスト教の神学体系の基礎を築いた人間が、です。 リーダーシップの鑑のような強さを持ちながらも、自 分の本当の強さは苦痛とIランズボローの仮説が正 しければI体の衰えにあると主張していたのです。  一見、このリーダーシップの教訓は、『鏡の国のア リス』の世界観並みにあべこべです。たいていの人に とっては、好印象を与えるべき相手に自分の落ち込み を宣伝するなんてありえないことで、正気とは思えま せん。「みなさん、私は病気だし、苦しんでいるし、 状況はますます悪化しています!・ 私の宗教に入りま せんか?」なんて、最悪のマーケティングです。それ に落ち込みのもとをひけらかすのは、本人から見ても 見苦しいものです。だからみんな尋常でない時間と費 用をかけて、歳月の経過による衰えを隠そうとします。 ボトックスや植毛、見えない補聴器が売れるのには訳 があるのです。  ストライバーとして生きながら、「もういいアイデ アが浮かばない」「以前のような気力も体力もない」 と自慢して同る人はいません。そもそもあなたが本書 を手に取ったのも、「弱さと喪失は悪いものだ」とい う思いがあったからかもしれません。  落ち込みは喪失であり、喪失は悪いものだ。改善す るか隠すかの問題で、話すなんてもってのほかじやな いか、と。  でも、そんなことはありません。パウロは正しかっ たのです。落ち込みを経てもなお「力を増し」、強さ を増して進むには、自分の弱さ、つまり喪失や落ち込 みが、自他への恵みとなることを認識することが大事 です。      弱さを通じて人とつながる  もう何年も前、私には臨床心理上の友人がいました。 友人はニューイングランドで開業し、事業は急成長し ました。45歳には、憧れていたその職業で一流の地位 にまで上り詰めました。しかし1つ問題がありました。 昔からI型糖尿病を患っていて、すでに視力を失いか けていたのです(糖尿病では年齢とともに視力障害が 生じることは珍しくありません)。最初はその現実を まったく受け入れず、運転もするし、すべてにおいて これまでどおりの生活を続けると主張しました。差し 迫った失明にようやく向き合い、結果として潜在的な 悲劇を避けられたのは、近隣住民だちから「あなたの 車に郵便受けを倒された」という苦情が出た後のこと でした。  その後何年ももがき苦しみ、残酷な運命を与えた神 を恨みました。しかしある日、女性から一本の電話が かかってきました。女性はメンタルヘルスの危機に 陥っていて、治療を受けたいけれど、訳あって素性を 明かせないといいます。事情を聞くと、超有名人で、 セラピーさえも匿名で受けたいのだとか。女性が求め ていたのはIそして見つけたのはI盲目の心理上 だったのです。友人は女性に手を差し伸べ、その流れ で、主に同様の治療を希望する有名人向けの事業を確 立しました。  友人に必要だったのは、プライドを捨て、弱さをさ らけ出すことでした。そうすることで初めて、新たな 道で成功できたのです。ベストセラー書『本当の勇気 は「弱さ」を認めること』でも同じ主張がされていま す。著者のブレネー・ブラウンが言うには、本当に幸 福と成功を実現したいなら、他者に自分をさらけ出す べきで、壁を作ればむしろ傷つきます。分かりやすく 言えば、誰もが知っているように、防御は裏目に出る ばかりで、自分のためになりません。本当に目指すべ きは無防備です。  ただ、私としてはもう一歩踏み込みだいところです。 リスクを冒し失敗を厭わないこと、つまりブラウン好 みの表現をすれば「果敢に挑戦する」ことは、確かに 重要です。でも真の達人は、不可避な失敗、たとえば 成功した人生の後に必ず訪れる落ち込みから、人との 深いつながりを引き出します。  私はそのことを個人的に、まったく偶然に学びまし た。すでにお話ししたように、私の学歴はいわば異端 で、私は30歳頃に遠隔学習で学位を取得しました。そ の後大学の教員になりましたが、学歴のことは誰にも 話しませんでした。同僚たちはみんな名だたる大学を 出ていたので、要するに、恥ずかしかったのです。  10年後、教壇を離れ、ワシントンD.C.にあるシ ンクタンクの会長になりました。大きなキャリアアッ プを果たし、当時政治的にも政策的にも議論の的たっ た、とても目立つ地位に就いたのです。私個人の信用 が会社としての成功に影響するため、非伝統的な学部 教育をはじめとする自分の経歴の何もかもを、過剰に 意識していました。誰もがハーバードやプリンストン 出身に思える世界です。誰かが私の履歴書を掲げて 「おいみんな、このしよぼい経歴を見てみろよ!・」と 言い出すんじやないかと恐れていました。  しかし、実はそんな心配は無用でした。会長になっ て数年経った頃、マイクロソフトのビルーゲイツら数 名の篤志家が、1万ドルで取得できる学位を創設しよ うと動きました。いわゆる「10kBA(1万ドルの 学上号)」です。全国の高等教育関係者からは、無価 値な案だという非難が相次ぎました。そんな学位が何 の役に立つんだ、というのです。このエリート主義者 の姿勢に憤り、私はついに過去を告白し、1万ドルで 学上号を取得した実体験を『ニューヨークータイム ズ』紙に寄稿しました。私の受けた教育は極めて良質 なものだったし、その学位は私に人生とキャリアを築 く機会を与えてくれた、と。  嘲笑の嵐を覚悟しました。いえ、嘲笑どころか、私 の地位を脅かすような批判が殺到するかもしれません。 でもそうはなりませんでした。代わりに、非伝統的な 教育を経て人生を築いた人々から、大量の手紙やメー ルが届きました。そこには「エリートコースに恵まれ たスターではなく、一般的なコースから外れたあなた のような人の話を聞いて、励まされました」と書かれ ていました。私はその人たちの多くと知り合い、その 人たちの体験を記事にしはじめました。非伝統的な教 育を公然と擁護するとともに、非伝統的な教育を選ん だ、いわば「人生を切り開く起業家」のために声を上 げるようになったのです。  この経験から学んだことがあります。私は強さでは なく、弱さを見せたからこそ、そうでもしなければ出 会わなかったはずの人だちとつながれたのです。その 人たちはストライバーで、伝統的な道から外れたアウ トサイダーでした。つまり私の同類です。紆余曲折の 身の土話をしていなければ、その誰ともつながること はなかったでしょう。  ですからあなたに伝えたいのは、誰かと深くつなが りたいときに、強さや世俗的な成功はあまり役立たな いということです。見せるべきは弱さです。もし私か 一流大学に行っていれば、箔はついたかもしれません が、ほとんどの同類とはつながれなかったでしょう。 「エリート」とは、一般の人より卓越しているという 意味で、そのような卓越性を手に入れるのは難しいこ とです。エリートという箔は共感を呼びません。むし ろ深いつながりの妨げになります。  この点について、今一度聖パウロの例で考えてみま しよう。今の私だちなら、パウロが史上トップクラス の勝ち組であることは容易に理解できます。だからこ そ、そんなパウロが落ち込んでいったとは、なかなか 思えないでしょう。それでも、パウロ自身はほぼ間違 いなく落ち込みを自覚していました。人生が終わる直 前には、分裂しかけて見える教会に獄中から手紙を書 き、友人たちに見捨てられた、と心境をつづりました。 「デマスはこの世を愛し、わたしを見捨ててテサロニ ケに行ってしまい、クレスケンスはガラテヤに、テト スはダルマティアに行っているからです」と弟子テモ テヘ書いています。「銅細工人アレクサンドロがわた しをひどく苦しめました。(中略)わたしの最初の弁 明のときには、だれも助けてくれず、皆わたしを見捨 てました」。唯一の希望はあの世にあったようです。 「主はわたしをすべての悪い業から助け出し、天にあ                   I る御自分の国へ救い入れてくださいます。3」。イエ スのことは信じていたものの、この世で自分がした仕 事は失敗で、忘れられる運命にあると考えていたに違 いありません。まさか今日のように、20億人以上の信 者を擁することになるとは思っていなかったでしょう。 パウロからは、信教に関係なく通用する2つの明白な 教訓が得られます。第一に、幾度となく強調してきた とおり、どんな人も、それなりの年齢になれば、流動 性知能曲線は落ち込みます。第二に、自分の仕事が将 来に与える影響は、正確には知りようがありません。 その時になってみないと分からないことです。  しかしそれ以上に重要な教訓があります。信仰を維 持する一方で、パウロはこの世の出来事に悲しみを抱 いていました。そしてその悲しみこそが、人々を数千 年にわたって惹きつけてきたのです。本章の冒頭で、 パウロは弱さ、すなわち身に与えられた「とげ」を見 せることで人々とつながったとお伝えしました。しか し、キリスト教を、時代を超えて人々を魅了するよう な人間の心理をついた宗教、平凡な人生のつらさとそ れに対する人間の反応を理解した宗教にしたのは、死 の直前にパウロが語った悲しみと苦しみだったのです。  このようなことは、パウロの時代では普通ではあり ませんでした。同世代の哲学者たちはストア哲学者を 賞讃、支持していました。ストア哲学が目指しだのは、 コミュニケーションから苦しみの感情表現を追放する     I ことです。4.怒りと悲嘆は無意味で有害な感情で、 そう理解できるだけの強さと自制心を身につけている 人が賢いとされていました。苦しみは「平然と」耐え るべきもの、という思想です。それに対し、パウロは 「悩みと愁いに満ちた心で、涙ながらに」コリントの               I 教会に手紙を書いたのですから。5、基本的に反スト ア派でした。  ここで心に問いかけてみてください。自分はどっち のタイプの人間になりたいだろう? 落ち込みに内心 苦しみながらも、表面上は平静を装うタイプか? そ れともパウロのように喪失を隠さずに認め、なおも信 仰を捨てず、愛の力を信じ、他者に貢献し続けるタイ プか?  落ち込みはつらいものですが、当然訪れるものです し、分かち合うべきものです。      弱さ、つらさ、喪失のメリット  私たちの多くの本能には反しますが、無防備になっ たほうが人生がうまくいくことを示す根拠は跡を絶ち ません。例として、研究によれば、看護師が患者に自 己開示をすると、看護師は仕事にもっと身が入るし、 患者はもっと勇敢かつ治療に積極的になるため、治療        − 結果が向上します。6.また、組織のリーダーは、弱 さを隠さず人間味にあふれているほうが、幸福で、部             − 下からも有能とみなされます。7.裏を返せば、保身 的だったりよそよそしかったりするほど、部下からあ まり信頼されず、不幸で、結果として良い成果を上げ            I られない傾向があります。8.  さらけ出す内容は、些細なものから、身を切られる ようにつらい体験まで、さまざまなものがありえます。 たとえば、2019年、コメディアンのスティーヴ ンーコルベアが世間から喝采を浴びたのは、CNNの アンダーソンークーパーの取材に応じ、飛行機墜落事 故について語ったときのことでした。その事故によっ て、当時10歳たったコルベアは父親と2人の兄弟を 失っていました。しかし、コルベアはその事故から 「最も起きてほしくなかった出来事を愛する」ことを 学んだ、と語ったことがあり、この印象的な発言の補 足をクーパーから求められたのです。「存在すること 自体が恵まれていて、存在すれば苦しみはつきもので す」とクーパーは答えました。「できればあんなこと は起きてほしくなかった……でも生きていることをあ りかたいと思うなら……人生まるごと感謝しないと。 あれは感謝するけどこれはしないなんて、えり好みし         I ちやだめなんです。9」  コルベアは見事に心の傷をさらけ出しただけでなく、 悲劇の中に強さを見出したと言っているのです。精神 科医ヴイクトールーフランクルは名著『夜と霧』で同 様のことを述べています。『夜と霧』はナチスにより アウシュビッツ強制収容所に収容されたときの体験を            I 詳細に記録したものです。10。「苦しむことが自分の 定めだと気づいたとき、人は苦しみを自分の任務、そ れも唯一かつ独自の任務として受け入れなければなら ないだろう。たとえ苦しくとも、世界中で自分は自分 一人しかいないという事実を認めなければならないだ ろう。誰も自分の苦しみを和らげられないし、自分に 代わって苦しむこともできない。自分で自分の重荷を 背負う道に、自分だけのチャンスがある」。つまり、 人はあらゆる苦しみのなかに、生きる意味と個人の成 長を見出せるとフランクルは感じていたのです。  コルベアとフランクルの考え方は、現在の典型的な 考え方に反しています。一般的に、苦しみや弱さは 「避けるべきもの」で「禁句」とされています。個人 的で、気まずくて、語るにはつらすぎる話題だと思わ れています。さらには、トラウマになるような出来事、 つまり事故や病気などあらゆる類の喪失体験は、つら さや後遺症を引き起こすだけで何のメリットもないし、 語れば余計に事態が悪化する、とも。しかし、実際は そうならない場合がほとんどです。苦しみを苦しみで 終わらせないためには、コルペアとフランクルが提案 しているように、苦しみに意義を見出し、その意義を 他者と分かち合うことが大事です。  それを華麗にやってのけた人をあなたも見たことが あるでしょう。私もあります。私の大事な友人は、末 期がんと診断され、余命1年と宣告されました。もと もと心配性で、普段からちょっとしたことでストレス を覚えるタイプだったので、普通に考えれば、その宣 告によって生来の憂鬱に拍車がかかりそうでした。し かし真逆のことが起きました。本当の人生を見失って いたことに気づいた友人は、限られた時間と向き合い、 これ以上人生を1秒も無駄にするまいと決心したので す。毎日を人生最後の日かもしれないと思って生きる。 残された人生がどのようなものであれ、自分らしく、 本当に愛するものに全力を注いで生きる。そしてこの 気づきを他者と分かち合う、と誓いました。  奇跡的に、生きて1年後を迎えました。さらに1年 が経ち、そして20年以上が経ちました。医師からはい つかぽかんが再発するだろうと言われていました。な にしろ、病魔というのはしつこいものです。しかし逆 にそのおかげで、過去の思考パターンに戻らずに済ん だのでしょう。友人は幸福な気持ちで、数十年前に無 為な人生から目覚めたことに感謝し、まるで数力月の 余命を楽しむかのような生き方を続けました。去年亡 くなったときにはIとうとう病魔が再来したのです I愛する家族に囲まれ、穏やかに最期を迎えました。 「贈り物のような数十年間」を私たちみんなに見せて くれました。  この展開は多数の定説と相反します。定説の大本に あるのは、フロイトの心理学です。つらい体験や喪失 によるトラウマは害にしかならず、トラウマを除去す るにはトラウマの悪影響(多くの場合潜在的なもの) を乗り越えなければならない、というのがジークムン            − トーフロイトの考えでした。H。もちろん、虐待やP TSDなどに苦しむ人の中には有害なトラウマを抱え ている例もたくさん見られます。でもそれは標準的な        I 例ではありません。12。最近の研究ではっきりしてい るように、ほとんどの大は逆境から立ち直ります。そ れどころか、喪失やネガティブな出来事を通じて成長      − するのです。13.  また、ネガティブな感情があったほうが、日常活動 をうまくこなせます。2009年、『Psychological Review(サイコロジカルーレビュー)』誌に掲載され た、進化心理学者ポール・W・アンドリューとJ・ア ンダーソンートムソンの論文は、大きな反響を呼びま した。人類が進化してもなお悲しみという感情がなく ならないのは、認知面でメリットがあるからだという    I のです。14。たとえば、悲しいときは、うぬぼれたり ネガティブな真実を取り繕ったりする可能性が下がる ため、社会的状況で現実を適切に評価しやすいことが 証明されています。それどころか、悲しみがあると、 集中力が高まるし、過ちから学ぼうとするため、仕事                   − の生産性も上がる可能性があるといいます。15。失敗 は、失敗の結果生じるネガティブな感情によって、の ちの成功の可能性を高めるのです。  さらに、心理学界では、人生で特に有意義な体験は 非常につらい体験である場合が多いと判明していま  I す。16。たとえば、2018年には、ウェスタンーイ リノイ大学の2人の心理学者が大学生の集団を対象に 調査を行い、自分の受けている教育や人間関係に抱い ているポジティブな感情とネガティブな感情、さらに             I 意義を回答してもらいました。17。学生たちは、教育 や人間関係は大きな意義をもたらしているが、その代 償は高いと答えました。その調査の要約にあるとおり、 「意義にはネガティブな情動、そして喪失に対する不 安が伴う」のです。  最後に、ネガティブな感情をあえて経験しておくと、 本当に危機的な場面でへこたれにくくなります。研究 によれば、ストレス免疫訓練、つまり怒りや恐怖、不 安を引き起こす刺激に接することでそうした感情の対 処法を学ぶ訓練は、感情の回復力を養うのに効果的で  I す。18。逆に、つらさや弱さを日常生活から排除しよ うとすれば一種の感情アレルギーになりかねず、試練 に見舞われて無視できないような苦しみや恐怖を感じ たときに、その感情と向き合う術がない状態になって しまうことは、想像に難くありません。      弱さのなかで偉大さを獲得する 「彼は人生を終える覚悟はできている。彼を引き留め ているのは、道徳的に間違ったことをしたくないとい       I う思いだけだ。尹。大作曲家ルートヴィヒーヴア ンーベートーペンの親友は、英雄の人生が狂いはじめ たことについて、そう書きました。  ベートーベンという名は、祖父の名を取ったもので す。1712年から1773年まで生きた祖父は、ボ ン市では卓越した音楽家と考えられていました。その 孫も、早くから同様の驚異的な才能を発揮しました。 ウィーンで活動していた青年期には、少し前に他界し たアマデウスーモーツァルトの音楽の後継者と度々目 され、世界的に有名なヨーゼフーハイドンや、2人の 音楽の巨匠−アントニオーサリェリとヨハンーアル ブレヒツペルガーーに師事したといわれます。  当然、いずれは同時代きっての作曲家に、そして一 流のピアニストになると考えられました。野心的な努 力により、20歳後半には広くその名を知られていまし た。  しかし、その数年前から奇妙な耳鳴りに悩まされて いました。「この3年間で、聴力がだんだん弱くなっ ています」と、ベートーベンは、30歳だった1801 年に医師宛てに書いています。「劇場ではオーケスト ラのすぐそばまで寄らないと音楽を理解できません。 遠くからだと楽器や歌声の高音が聞こえないのです」。 難聴が治ることを期待していましたが、その希望は 年々薄れ、本人も周囲の者たちも軽快の見込みはない と悟りました。いずれ聴力は失われる、と。  これ以上残酷な運命があるでしょうか。視力や足の 機能を失っても、ピアノ演奏や作曲は可能です。でも 耳が聞こえなかったら? 絶望的です。当時最有力 だった演奏家・作曲家としてのキャリアが目の前で消 えようとしていました(しかもまだ流動性知能曲線が ピークのときにです)。これでは、ダビデが自信満々 でゴリアテに立ち向かい、一瞬で殺されるようなもの です。  だからベートーベンは抵抗しました。わずかに聴力 が残っていた間は、ピアノ演奏に固執しました。しか し、演奏は悪化する一方です。鍵盤を強打するためピ アノは使い物にならなくなりました。「耳の聞こえな いこの人は、悲しいことに、フォルテの部分で鍵盤を たたきすぎ、弦が聞くに堪えない音を立てる」と、友 達であり作曲家仲間のルイーシュポーアは書いていま す。「あまりに過酷な運命を目の当たりにし、深い悲         − しみを禁じ得ない。尹  なんとなく聞き覚えのある話だと思いませんか? 落ち込みに抵抗する人、能力が落ちていく現実を直視 しようとしない人を、あなたも見たことがあるので は? ピアノを破壊し、聴く者に憐れみをもよおさせ る。まさにそれと同じようなことをする人を見たこと がありませんか?  この時点で、ベートーベンは悲しい結末を迎えたか のように聞こえます。しかし、実はこの話には続きが あります。難聴がさらに進行すると、ベートーベンは ついに演奏をあきらめたものの、作曲を続けられる巧 妙な方法を見つけました。囗にくわえた鉛筆をピアノ の共鳴板に当てたまま演奏することで、ピアノの音色 を聞き分けたのです。一部の音を聞き取れた間は、聞 き取れない周波数の音を使うのを避けました。 2011年、オランダの科学者3名が『British Medical Jourr邑(ブリテイツシューメディカルー ジヤーナル)』誌に発表した分析によると、ベートー ベンが20代に書いた弦楽四重奏曲では80%を占めてい た高音(1568ヘルツ以上)が、40代には20%にま       − で落ちました。21。  最後の10年間は(亡くなったのは56歳のときです) 全聾たったため、想像だけで作曲をしました。もはや 作曲家としてのキャリアは終わったと思うでしょう? はずれです。その期間に書かれた音楽は、ベートーベ ン独自の様式と目されるようになり、音楽を永久に変 え、「時代を超える名作曲家」というレガシーをべ1 トーペンに授けたのです。  完全なる無音の世界で、ベートーベンは自分史上最 高の弦楽四重奏曲(直近の過去10年よりも高音が多く 採用されています)、大曲「ミサーソレムニス」、さら にベートーベンの最高傑作との呼び名が高い「交響曲 第9番」を書き上げました。そして本人の強い希望に より、交響曲第9番の初演を指揮しました(実際には。 ベートーベンの背後にもう一人指揮者がいて、オーケ ストラはそちらの指揮に従っていたのですが)。演奏 後、自分の傑作を讃えるスタンディングーオペーショ ンに気づかず、奏者の一人に後ろを向かされると、聴 衆がオーケストラ史上最高と思われる作品に拍手喝采 していました。ベートーベンの耳が聞こえないことを 知っていた聴衆は、帽子やスカーフを宙に投げ、自分 たちの熱狂ぶりを目に見えるかたちで伝えたといいま す。  控えめに言っても一見直観に反しますが、ベートー ベンは自他の音楽を聴く能力に反比例して、作曲家と しての独自性と才能を発揮したのです。でもそれも当 然のことかもしれません。聴力が落ちるほどに、一般 的な作曲様式よりも頭の中で響く音楽に動かされるよ うになったのですから。ベートーベンの初期の作品は 師匠ヨーゼフーハイドンの音楽を彷彿とさせます。そ れはそれで微笑ましいことですが、後期の作品は高い 独創性を見せたことから、ベートーベンは今も昔も口 マン派音楽の始祖とみなされるまでになりました。  「ベートーベンは音楽の新世界を切り開いた」とフラ ンスのロマン派の巨匠エクトルーペルリオーズは語り、 耳の聞こえない作曲家を崇拝していました。「べ1            − トーペンは人間ではない。尸  耳が不自由だからこそ芸術の型から解放されたこと を、ベートーベンが純粋に感謝していたと考えるのは、 あまりにも短絡的でしょう。一流ピアニストという愛 するキャリアが犠牲になっだのですから、聴力の喪失 を惜しみながら死んでいったことは想像がつきます。 斬新な作曲様式によってIしかもその音は自分には 聞こえないというのにI死後何百年にもわたって真 の偉人と評価されることになるとは知らなかったので す。でも、手がかりはつかんでいたかもしれません。  それをほのめかすかのように、「第九」はフリード リヒーシラー作詞の『歓喜の歌』の合唱によって華々 しく幕を閉じます。     歓びよ! 天から散る火花よ(中略)     火花に酔いしれ 足を踏み入れん     聖なる神、あなたの神殿へ      自然体の境地へ  弱さを負そのものととらえるのは誤りです。弱さは 誰の身にも、さまざまなかたちで降りかかります。苦 しいのは確かですし、喪失も伴います。しかしそれは チャンスでもあります。チャンスを活かせば、他者と もっと深くつながれます。苦しみに神聖さを見出せま す。新たな領域で成長し成功することさえできます。 弱さを隠すのはやめ、弱さに抗わないでください。  そうすれば、ストライバーの場合はもう1つの(そ れも、もしかしたら最大の)メリットを得られます。 やっと少し自然体になれるのです。自分の弱さに正直 に、そして謙虚になれば、ありのままの自分が心地よ くなります。弱さを通じて大とつながれば、もっと愛 にあふれた人生になります。すると、最後の最後には。 「周りから思われているほどすごくない自分」がばれ ることを気にせずに、自然体でいられるようになりま す。人の目を気にせずに弱さを分かち合えるというの は、ある意味無敵です。とはいえ、私の提言を実行す るのに苦労する読者もいます。これまでの人生で正反 対のことを学んできたからです。見せるべきは強さだ、 と。弱さを分かち合うことは、「特別なモノ化した自 己」に対する究極の下剋上ですから、とてつもなく勇 気のいることです。戦いを挑まなければ、「特別な自 分」のままでいられるのですから。  弱さを受け入れる気になれないなら、まずは、「弱 くない」ふりをやめればどれだけ心が安らぐか、想像 してみてください。偽りがなく、無防備で、等身大で あることを恐れないあなたに、他者が惹かれる様子を 思い浮かべてください。その人たちの打ち解けた様子、 あなたを信頼しきっている様子を。大きな功績を残し ながらも、「もう昔みたいにはできないけどね」と素 直に言えるあなたがいることで、周りの人たちはどれ だけ勇気づけられることでしょう。あなたのおかげで、 幸福感が増し、恐怖心が減るはずです。あなたはとい うと、何も隠さず、その結果も気にせず、ただありの ままの自分でいることで、心身ともにくつろいだ状態 です。謙虚でいること、自分らしくあることに、何の 無理もありません。ここまでくれば、もう第2の曲線 に飛ぶ準備はできています。  それでも、実際に「飛ぶ」という課題は残っていま す。経験者からいつも教わることですが、飛ぶという ことは、先の読める快適な世界からきっぱりと離脱し、 人生を新たな方向へと踏み出すことです。人生の大き な転換であり、言うまでもなく、転換は困難を極める かもしれません。ですから、次はその点に、つまり飛 ぶことに着目する必要があります。  子どもの頃は釣りに夢中でした。家族に釣りをする 人がいたわけではありません。自分でIから始めまし た。新聞配達のアルバイト代で釣り竿やリールのほか、 釣りに必要な道具や本をそろえました。シアトル育ち なので、普段はピュージェット湾で、夏は岩場が続く オレゴンコースト沿いのリンカーンシテイの磯で、よ く釣りをしたものです。  海釣りは楽しいですが、湖でやる釣りとはまったく 勝手が違います。ただ糸を垂らせば釣れるというもの ではありません。私は初めて海釣りをした一1111歳のとき に、そのことを学びました。数時間岩場から糸を垂ら していましたが、魚はI匹もかかりません。そのうち に、しわくちや顔の年老いた釣り人がやってきて、調 子はどうだと聞きました。  「全然だめ。I匹も釣れません」  「やり方が間違ってるんだよ。引き潮を待だないと。  一気に潮が引くタイミングを」。ピンとこないだろう な、と老人は続けました。水が引いたら魚も沖に出て 行ってしまうと思うだろう? でも、プランクトンや 小魚が引き潮でいっせいに巻き上げられると、それを 餌にしている魚が興奮して、手当たり次第に噛みつこ       I うとするのさ。I。  私たちは45分間ほど、潮が一気に引くタイミングを 待ちました。その時が来ると、老人が言いました。 「さあ釣るぞ!・」。2人で糸を投げ入れると、狙いどお り、一瞬で引きがあり、次々と魚がかかりました。そ の状態が30分前後続きました。こんなに楽しいことが あるでしょうか。  釣りを終え、岩の上でくつろいでいると、老人はた ばこに火をつけ、哲学めいたことを言い出しました。 「いいか。引き潮の時にやっちやいけないことなんて、 一つしかないんだ」 「それは?」  「糸を垂らさないことだ」  本書を書きながら、私は何度もその日のことを思い 浮かべました。人生にも引き潮があります。それが流 動性知能から結晶性知能への過渡期です。とても充実 した、実りの多い時期ですI第1の曲線から第2の 曲線へと飛び移る。成功依存症と向き合う。人生の無 駄を削る。死について考える。人間関係を築く。林住 期(ヴァーナプラスタ)を始める。  あいにく、人生の引き潮は、ひどく恐ろしい、困難 なことでもあります。それどころか、中年の危機のよ うに感じられるかもしれません。まるで、これまでの がんばりの目的がすべて流されていくかのように。 チャンスというよりは、悲劇ととらえやすいものかも しれません。  この最終章では、思い切って引き潮に糸を投げ入れ、 過渡期に入る方法を学びましよう。人生最大の過渡期 は、危機や喪失の時期になるとは限りません。むしろ、 これまで知らなかったチャンスに満ちた、心躍る冒険 になりえるのです。      リミナリティー  中年の過渡期が困難で恐ろしいことは、今に始まっ たことではありません。14世紀には、ダンテーアリギ エーリが著書『神曲』で、私たちの多くが感じている 恐怖を次のようにうまくまとめています。     人生の道半ばで     ふと気づくと 暗い森の中にいた     まっすぐ伸びていた一本道がなくなっていた     −    のだ。2  心理学には、人生の不安定な過渡期を表す言葉とし て、「リミナリティー」という専門用語が存在しま  I す。3.リミナリティーとは、仕事上の役割、組織、 キヤリアパス、人間関係などにおける、各ステージの 「狭間」を意味します。  ブルースーフアイラーは2020年にリミナリ ティーをテーマにした一般書『』ife Is in the Transitions: Mastering Change at Any Age(人生は過渡期の連続一                       − どの年代でも変化を乗り越える)』を出版しました。 − 4.フアイラー本人に話を聞いたところ、リミナリ ティーに興味を持ったきっかけは、がんの診断とそれ に続く過酷な治療により、死の可能性が現実的になっ たことにあったそうです。当時は40代。幼い子どもだ       I ちもいました。5.フアイラーが「ライフクウェイク (人生が揺れる時期)」と名づけたその時期に、フアイ ラーのものの見方はほぼ一変しましたが、最終的には、 人生や仕事に対する理解と感謝の念が深まったといい ます。その著書のなかで、フアイラーは何百人もの過 渡期を取材し、2つの発見をしました。まず、人生の 重大な変化はおおむね1年半ごとに訪れます。さらに、 フアイラーのような、キャリアの変化−本人の望み かどうかにかかわらずIを伴うライフクウェイクは、 極めて規則的に発生します。変化の大半は本人が望ん だことではありませんし、それだけに発生時には歓迎 されませんが、変化ほど予測可能なものはありません。  そのことは昔からほとんどの宗派や学派で説かれて きました。ストア哲学者マルクスーアウレリウスは 「宇宙とは変化であり、人生とは主観である」との言        − 葉を残しました。6.仏陀も常々、万物は無常(サン スクリット語: anitya)であると語り、「諸行は移り 変わり、生滅する性質のもの」と説きました。「変化 する」という宇宙の中核的特徴こそ最七人を悩ませる という皮肉に気づき、心の平和を手に入れるには、人 生も生命も無常であることを受け入れなければならな い、と説いたのです。  無常を悟るための瞑想は多数存在しますが、基本と なる型はほとんど同じで、刻々と生じる変化を心静か に見つめ、受け入れます。たとえば、判断を加えるこ となく、心の移ろいとともに絶え問なく変化する思考 や知覚に注目します。呼吸と、できれば脈拍を感じ、 細胞の分裂と死滅、髪や爪の成長などの、体感できな い変化を思い描きます。目にはできないけれど起きて いると分かっている世界の変化について考えます。 人々が物事を成し遂げ、生まれては死んでいくこと。 地球が太陽の周りを、月が地球の周りを同っているこ と。無常とは、自然の状態にほかなりません。  妙な話だと思われるのを承知で言うと、終わりの見 えないコロナウイルスの大流行により私たちの生活は 激変しましたが、そのような大規模な集団的過渡期さ えも、昔から周期的に、約10年に一度、発生していま す。たとえば、私と同年代の人であれば、地政学を一 変させたソビエト連邦の崩壊を覚えているでしょう。 その10年後、9∴11のテロ事件が発生し、私たちの世 界観は大きく変わりました。さらに数年後、金融危機 と深刻な不況により、経済と金融システムが様変わり しました。それから10年が経ち、やってきたのがコロ ナウイルスです。今から10年後にも、望まない激動が あることはほぼ確実でしょうI具体的に何か起きる かは、まだ分かりませんが(それが不意打ちとなるこ とは間違いないと思います。その頃も私たちはまだコ ロナウイルスの流行と金融危機の記憶にとらわれてい るでしょうから)。  集団の過渡期も確かに困難ですが、それ以上に困難 なのが私生活の過渡期です。成人期の狭間に訪れるリ ミナリティーは特に厄介です。自分が何者か分からな くなってしまうのですから。ある経営学者は言います。  「この時期をうまく抜けられない従業員は、アイデン ティティーの不安定な状態が続きます。認知的にも感 情的にも喪失にとらわれ、古い自分を手放すこと、 (そして/または)新たな働く自分を受け入れること                   I ができないまま、停滞してしまうのです。7」  キャリアの過渡期にいるある大学教授は、リミナリ ティーを次のように説明しています。     もう3年間ほど、居場所が定まらないという   か……常に宙ぶらりんな感じがします……2つ   の場所の隙間を埋め、隔たりをなくし、じっと   立てるようにがんばってはいるんです。失った   自分の軸を見つけよう、両方のボートに片足ず                 I   つ乗ってバランスを取ろう、と。8.  多くの読者にとって、身に覚えのある話ではないで しょうか。私も同じです。シンクタンクの会長として 10年間、ワシントンD.C.という政策闘争の渦中で 大勢の研究員を束ね、2019年の夏に自主退職しま した。業界的には、ほとんど前例のない話です。愛着 のある人や仕事から、そして、政治的行為や政策立案 に間近に関わる喜びから、私は身を引きました。なぜ かって? 本書に関する研究をするなかで、その教訓 にきちんと従ったのです(自分で実践していないこと を、人に助言できるはずがないでしょう?)。  すべて自分の意志でやったことでしたが、そんなこ とはたいした慰めにはなりません。退職後2年間は Iコロナウィルスの流行も当然相まってI私も妻 も方向性を見失い、孤独にさいなまれました。朝目覚 め、シンクタンクに行かなくちやと思ってから、いや、 その日々は過去になったんだ、今はメリーランド州で はなくマサチューセッツ州にいるんだ、と思い出すこ ともありました。奇妙なことに、署名の筆跡も変わっ た気がしました。まるで別人になりすまそうとしてい るかのようでした。  楽な過渡期などないだけに、リミナリティーは悩ま しいものです。しかし明るい話もあります。望まな かった過渡期さえも、後から見ればたいてい印象が変 わるのです。実際、フアイラーの発見によれば、たと え過渡期に挫折を経験しても、それを乗り越える限り、 人は最終的に90%の確率で、過渡期は良い経験になっ たと報告します。  実は、過去の重大な出来事は、発生当時は望まれな い出来事だったとしても、時間が経ては、全体として はプラスと評価されやすいことが、研究で判明してぃ   I ます。9.その原因の1つが、「感情弱化バイアス」 です。要するに、不快な感情は愉快な感情よりも薄れ るのが早いのです。これは認知の誤りのように聞こえ るかもしれませんが、そうではありません。最も過酷 な過渡期も含め、ほとんどの過渡期は、何かしら良い 結果をもたらします。時間が経ては、それに気づき、 貴重な体験だったと思うようになるものなのです。海 兵隊に所属する私の息子がその例です。過酷そのもの の新兵訓練が終了した翌日は、「あんなことは二度と やろうとは思わない」と言っていました。しかし今で は、「アメリカ海兵隊員」の称号を得たその体験を、 面白おかしく、楽しそうに、そして誇らしげに語って います。  さらに言えば、人生の目的を最も理解できるのも、 困難でつらい過渡期です。ある研究では、意義を見出 すには、一時的に不幸になるような、苦労の多いつら                 I い期間が欠かせないと判明しました。10。というのも、 2013年に、全国から397人の成人を無作為に抽 出して調査したところ、「心配、ストレス、不安があ ると、幸福度は下がるものの、意義は増すという関連 が見られ」たのです。  心理学者ロイーバウマイスターは著書r Meanings of 」ife(人生の意義)』で、意義を見出せば人生はもっ と安定するようだと論じています。逆説的とも言えま すが、過渡期の苦しみが人生の意義を生み出し、人生                    − の意義が後続の過渡期に安定感を与えます。H。歳を 重ね多くの変化に見舞われるなかで、これは大きな慰 めの一つとなります。  しかも、つらい期間は表現活動の生産性を飛躍的に 高めます(魚が食いつくのも引き潮のときでしたよ ね?)。創造的才能と苦悩との高い相関(ジークムン トーフロイトの言う「創造的な芸術家の問題しは。                   − 大量の学術論文が指摘しているとおりです。12。しか し、なにもシルヴィアープラスやフィンセントーフア ンーゴツホにならなくても、あなたの人生でそれを小 規模なかたちで実感することは可能です。私自身もそ れは実感していて、安定感に欠けるときほど、新しい アイデアを探し表現する能力が上昇します。その極め っきが本書で、本書は私の過渡期の結実です。  ラルフーウォルドー・エマーソンは書きました。 「人は葛藤するために作られたのであって、休むため に作られたのではない。人の力は行動にある。ゴール                 ー ではなく過渡期にいる大が偉大なのだ。13」。そのと おりだと思いながら、私はついそれを忘れてしまいま す。今でも、目覚めると同時に、ワシントンDC時代 の仕事と人間関係が頭に浮かぶことが珍しくありませ ん。それでも寝ぼけ眼をこすってベッドから起き、新 しい一日という引き潮に釣り糸を投げ入れています。      中年は必ず「危機」に陥る?  私たちは「中年期に大きな変化が訪れる」と聞くと、 危機が起きると解釈しがちです。実際、「中年の危機」 という言葉は「中年の大きな変化」の代名詞のように 思われています。それを大きく後押ししたのが。 1970年代に出版された、作家ゲールーシーヒイの 超ベストセラー書『パッセージ一人生の危機』です。 この本は500万部を売り上げ、全世代の心をとらえ ました。シーヒイは115人の男女を詳細に取材し、 事例を挙げながら、人生計画や目標の妥当性を問い直 す40歳頃に自然と「中年の危機」が訪れると論じまし た。シーヒイは気づいていませんでしたが、シーヒイ が発見した「中年の危機」の正体は、流動性知能の落 ちはじめに感じる不安でした。しかし、シーヒイはそ れを老いに対する不安だと考えました(40歳ならまだ 全然若いだろうに、と思う人のために付け加えると、 1970年当時の平均寿命は70歳前後で、子どもを持 つ時期もかなり早かったため、40歳といえば子どもが 巣立つ時期だったのです)。  シーヒイの事例研究で最も有名なものは、ゼネラ ルーモーターズの幹部だった鬼才ジョンーデロリアン が1969年に開眼した体験です。開眼のきっかけは、 ゼネラルーモーターズの前社長を訪問したことにあり    I ました。14。そこにいたのは、引退した満足げな業界 の王者ではなく、抜け殼のような、悲しみと孤独感を 漂わせた男でした。男はこれといった目的もなく過去 を生きているようで、経営者時代の古き良き日々ばか りを語りたがりました。デロリアンは自分の未来を見 た気がして、ひどく動揺します。訪問後、自分に問い かけました。  「こんなことをしていていいのか? お前は機械の一 つみたいなものだ。ある日突然、時代遅れの劣化した 機械扱いされて、廃棄される。そんなバカな話がある  I か。15?」  それを機に、15年連れ添った妻と離婚し、20歳の新 しい妻を迎え、3年後にはその妻と離婚して、さらに 若い女性と結婚しました。同時に、18キログラム体重 を落とし、髪を染め、顔を整形し、核戦争をテーマと する小説を書きはじめ、「新宗教への転向」について 公に語りました。  なかなかの迷走っぷりですが、デロリアンのストー リーはシーヒイの著書ではとても良い具合に幕を閉じ ます。ただ、その後の10年で、このストーリーはバッ ドエンドを迎えることになるのです。デロリアンは自 分の名を冠する自動車会社を立ち上げました(デロリ アンーモーター・カンパニーです。今日では、ヒット 映画『バックートウーザーフューチャー』に登場する 車の製造会社として記憶されています)。しかし、低 品質かつ低速な製品が災いし、あっという間に破産寸 前に追い込まれます。会社の存続に必要な資金を調達 する最終手段として、麻薬取引に手を出しました。そ して1982年、一yJ歳のとき、27キログラムのコカイ ンを連邦捜査官に密売しようとして逮捕されたのです。 希望も面目も失つたうえ、国民からは冴えないジョー クのネタにされました(「自宅前の通りをごアロリア ン”が走行したと分かるのはなぜ?」「白線が消えて いるから」。……やれやれ)。挙句の果てに、若い妻に 離婚されました。この話を聞いても、あなたはまだ自 分が最悪の中年の過渡期にいると思いますか?  デロリアンの迷走と破滅により、中年の過渡期はマ イナスであり、体の仕組み上避けられないものなのか もしれないという、定番のイメージが強化されました。 1971年の『ニューヨークータイムズ』紙には、中 年の危機にいる男性は「自分の体内で何かが起きてい ること、身体的変化が感情に影響していることにさえ。                     − 気づいていない」との記事が掲載されています。16。 しかし、シーヒイは男性だけでなく女性も中年の危機 を体験すると指摘しました。シーヒイ自身も、中年期 に入っだときにこんな体験をしたと書いています。  「正体不明の侵入者が現れて、魂を揺さぶり叫んだ。 人生の棚卸をしなさい!・ 生涯の半分が過ぎたのだか ら」  シーヒイによれば、このような体験は更年期の初期 症状と重なりやすいため、「中年の危機は生物学的な 現象で、その点は男性も同じではないか」と考える人 もいるそうです。  後の研究によって、過渡期は現実に存在し、避けら れないものの、危機は避けられると明らかになりまし た。「中年の危機」という言葉は、実は1960年代 初期に精神科医エリオットージヤツクスによって作ら       I れた言葉です。17。皮肉なことに、ジヤツクスはその 説を好んでいませんでした。ジヤツクスの亡き後、妻 が取材に応じ、中年の危機は「ジヤツクスが残した功 績の初期のかけらにすぎず」、ジヤツクス自身は「20 年、30年後になってまでその話題に言及したくないと             I 思っていた」と明かしました。18。どうやら、ジヤツ クスは中年の危機が万人に当てはまるという確信を 失っていたようで、後の研究によりその疑念が正し かったことが裏づけられました。1995年、ウィス コンシン大学の学者たちが「Midlife in the United States: A National 」ongitudinal Study of Health and Well- being(アメリカ合衆国における中年期一健康および ウェルビーイングに関する全国規模の縦断的研究)」 と題する論文を発表しました。はたしてその結論と は? 研究の主要メンバーである心理学者マーギー・ ラックマンによれば、「ほとんどの人は危機を経験し ない」そうです。言い換えれば、ほとんどの人は、た とえ仕事やキャリアが変化しても、感情的に大きな打 撃となるような出来事は体験しないのです。  要するに、「中年になると一時的な狂気にかられ、 ジョンーデロリアンになる」と決まっているわけでは いません。しかし、成人中期には自然と大きな転機を 迎える傾向があることだけは確かです。流動性知能の 落ち込みと変化の必要性を感じるからです。そして流 動性知能曲線の影に結晶性知能曲線があると知って人 生をリセットしようとするとき、リミナリティーが始 まります。  それは苦しく恐ろしい道かもしれませんが、破滅に 向かうわけではありません。人生の一部の軌道が変 わったからといって、配偶者を捨てたり、赤いスポー ツカーを買ったりすることにはなりません。むしろそ の反対で、職業人生をリセットすれば、家族や友達と もっと親しくなれるし、他者に勇気を与えられます。  その有名な事例を歴史から紹介しましよう。時は紀 元前458年、主人公は、包囲下にあったローマで独 裁官を務めたルキウスークィンクティウスーキンキン ナトウスです。キンキンナトウスはローマを勝利に導 き、ほんのしばらくは政権を維持しましたが、市が安 定を取り戻したのを見届けると、さっさと辞職しまし た。そして、自分の小さな農園に退き、農業をしなが ら家族とつつましく暮らしました。もし勝利の後も ローマで独裁官を続けていたら、キンキンナトウスが 歴史上の重要人物として今に伝わることはおそらくな かったでしょう。きっと、何年か独裁官として国を支 配し、徐々に影響力と人気を失いながらも権力の座に とどまって暗殺された、地味な人物になっていたに違 いありません。オハイオ州にキンキンナトウスの名を 取った市が存在することもなかったはずです。一線か ら去ることを恐れなかったからこそ、キンキンナトウ スは伝説になったのです。  他にも、あまり有名でないものの、私か刺激を受け た事例が1つ2つあります。私の亡父が、幼少期にな んとなく不思議に思っていた出来事について語ってく れたことがありました。私の祖父は1893年にデン バーで生まれたメソジスト派の牧師で、ニューメキシ コ州にあるナバホ族の保留地で校長を務めていました。 父はこの地で生まれました。祖父はみんなから慕われ、 仕事も成功していました。目立った問題があったとは 思えません。しかし1942年のある日、49歳たった 祖父が突然引っ越しを宣言しました。一家で車に荷物 を詰め、シカゴへと向かいました。失業したわけでも、 新しい職に呼ばれたわけでもありません(捨てる神も 拾う神もありやしません)。とにかく変わりたくて仕 方なかったのです。まだ仕事が一般的には自己表現の 手段とはみなされなかった時代です。一家の大黒柱が 仕事を辞めるのは異例のことでした。当時は第二次世 界大戦の最中で、アメリカ経済が大変緊迫していまし たから、なおさらでした。  一家はシカゴ郊外に到着しました。祖父は母校 ウィートン大学に押しかけて、職をもらいました。多 種多様な事務をうまくこなし、10年かけて学生担当事 務長にまで昇進し、神学も教えるようになりました。 最終的に、大学からは名誉博上号を授与され、年配の 卒業生からは今も記憶の中で慕われています。  祖父のリセットは大規模でしたが、中年の危機とは とうてい呼べません。堅実を絵にかいたような祖父は、 妻を置き去りにすることも、信仰を見失うことも、ス ポーツカーを買うこともありませんでした。根本的に デロリアンとは真逆です。純粋に、新しい冒険を求め、 成功と他者への貢献を成し遂げたにすぎません。しか も、祖父の結晶性知能をぞんぶんに活かせるキャリア でそれを達成したのです。  祖父はキャリアのリセットを高潔にやってのけたわ けで、父はその模範をけっして忘れませんでした。40 歳頃、父自身のリセット願望が湧き上がりました。学 上号と修上号を取得後、愛する母校で数学を教える夢 を叶えた父でしたが、年月が経つにつれ、落ちこぼれ ていく自分に気づきました。なにしろ、博上号を持っ ている年下の教員たちが昇進・昇給していくのです。 どんどん時代遅れの無用の長物になっていくように感 じました。1年ほど悩んだのち、生物統計学の博上号 を取得すると決めました。父にとっては初めての分野 です。4年間の猛勉強の末に、博上論文として「An Analogue of Multiple R-Square for Uncensored Survival {}阯QをFno旨訃衍」を執筆し、出版しました(ゲー ルーシーヒイの本ほどは売れませんでしたが)。  父が博上号を取得したのは私か14歳のときです。父 は若くして、60代半ばで亡くなり、最後は幸福ではあ りませんでした。だから父を偲ぶときは、キャリアを リセットした直後の、誇らしげで喜びにあふれていた 父を思い浮かべることにしています。何か言いたいか と言えば、キャリアのリセットが中年の危機になると は限りません。コツは、私の祖父や父のようにふるま うことですIジョンーデロリアンのようにではなく。      モダンーエルダー  祖父や父の時代は、人生のリセットは基本的に自己 流でやるものでした。リミナリティーにいる人を助け てくれる人はいませんでした。しかし今はさまざまな 支援の手が存在します。その好例がチップーコンリー の立ち上げた「モダンーエルダー・アカデミー」です。  チップ自身もキャリアと人生をリセットした経験が あります。その経験はハリウッドの伝記映画に値する ほどです。世俗的な成功を達成したのは弱冠27歳、 ジョワードーヴイーヴルーホスピタリテイを設立した ときでした。カリフォルニアに拠点を置くこのホテ ルーレストラン企業を20年以上経営したチップでした が、40代後半に燃え尽き、現状に我慢できなくなりま した。世俗的な成功を収めてきたにもかかわらずです。 「もうこれ以上その仕事をやりたいとは思えなかった。 まるで牢屋にいる気分たった」と、チップは私に語り ました。親友5人の自殺、自身の瀕死体験など、多く の個人的なトラウマがその気持ちに拍車をかけました。  次の仕事の当てもないまま会社を売却し、民泊仲介 サイトを運営する新興企業Airbnbの顧問職に就きま した。Airbnbの20代の創業者たちに自分が採用され たのは、ホスピタリティ業界の専門知識を買われての ことと思っていましたが、やがて、自分の本当の価値 はそこではないと気づきました。実は、チップの売り は、知識というよりも知恵であり、人生とリーダー シップに関する助言だったのです。創業者だちからは 「あなたは私たちにとって、現代の長老ですよ」と言 われました。最初はその呼び方が不快でした。創業者 だちより20歳以上年上とはいえ、老人ではないのです (カリフォルニアでは若さがすべてではありますが)。 それでも徐々に自分の役割に馴染んでいき、人生の教 訓を活かして大きな価値を生み出していることに誇り を感じるようになりました。  そして、その職業に対する強い愛着から、他の人の ために同じような機会を創出したいと考えました。リ ミナリティーにいる同年代の大々のなかには、流動性 知能の低下は認識していても結晶性知能の上昇には うっすらとしか気づいていない大たちが無数にいると 分かっていたのです。こうして、モダンーエルダーの 役割を定義するという狙いのもと、2018年、「モ ダンーエルダー・アカデミー(MEA)」が誕生しま した。  チップはI週間にI回、14〜18人のグループをバ ハーカリフォルニア州にある海辺の小さなキャンパス へ連れて行きます。これまでの参加者は800人。そ の平均年齢は53歳で、職業は、製鉄関係、医師、元C EOなど多岐にわたります。参加者に共通しているの は、人生を実りある楽しい方法でリセットしたい、リ セットを通じて自分の考えや体験を人のために活かし たい、という願いです。「モダンーエルダー」になる ための学びは4段階に分かれています。「硬直マイン ドセットからしなやかマインドセットへ変わる」、「新 しいものを柔軟に受け入れる」、「チームで協働する」、 「相談に乗る」、の4つです。  MEAの学習内容のイメージが湧くように、ここで は、終了時に参加者が答えられるようになっていない といけない質問を紹介します。チップが「次の人生の 憲章」と名づけたこの質問には、私たちがこれまでの 章で得た教訓と類似する点が多数あります。  人生の次の段階で……  続ける活動は何?  進化させやり方を変える活動は?  やめる活動は?  新しく学ぶ活動は?  次の段階を始めるために……  新しい自分に進化するために、来週何をする?  来月何をする?  6ヵ月以内に何をする?  1年後、それらの行動の結果として表れる最初の成 果は何?  チップが参加者にまず伝えることがあります。それ は、人生のリセットが、たとえば50歳でのリセットが、 遅すぎることなどない、ということです。このことは 私たちも忘れないようにしたいものです。考えてもみ てください。成人期が始まるのは20歳前後です。それ なりの健康体であれば、50歳は成人期の半分も消化し ていないことになるはずです。本書を出版するとき、 私は57歳です。保険統計表に、私のライフスタイルと 現在の健康状態を加味して考えると(ただし両親が短 命だったことは計算に入れません)、私は55%の確率 であと40年も生きられるし、その大半は現役期間にな るでしょう。つまりどういうことか? この状態で、 リセットするには遅すぎると考えるなら、私はどうか しています。      良いリミナリティーを迎えるための4      つの教訓  本書が書き上がる直前に、まったく面識のない相手 からメールが届きました。そのメールには、これまで 私か見たどの事例にも劣らないほど、ストライバーの 呪いが凝縮されていました。     私は今50歳を過ぎ、この30年間たった1つの    目標(仕事の成功)を追いかけてきたことを、    深く、計り知れないほど後悔しています。目標    は達成しましたが、私生活の代償はとてつもな    く大きいものでした。過ぎ去った30年間は取り    戻せません。失った人間関係も、逃したライフ    イベントも、もうやり直せないのです。  キャリアと人生を大きく変える覚悟だと、そこには 書かれていました。しかし……     キャリアを大きく変えるのに必要なスキルが    私にはほとんどないんです。仕事と無関係なス キルはとっくになまってしまいました。毎日の ように考えています。金融業界の稼ぎのいい要 職をすぐにでも辞め、原点に戻るべきだと。 もっと意義のある(かつ時間を浪費しない)仕 事をし、人間関係やボランティア活動、旅行に 重きを置き、人のために時間を使い、鳥のさえ ずりを聞いたり、花を育てたりしたほうがいい と。でもそんな道を選ぶのは浅はかだ、そもそ もその道でうまくやっていけるスキルがない じやないか、とも思うんです。  この男性の場合は、バハーカリフォルニア州でチッ プーコンリーとともにI週間過ごすのが堅実でしょう。 もっと言えば、仕事のリセットに特化したプログラム は世界中に広がりつつあるので、なにもMEAでなく ても構いません。ただ、プログラムの受講は多くの人 にとっては現実的ではありません。そこで、ここから は、私の知る限り最良の研究と最善の手法に基づいて、 リセットに取りかかるための具体的な教訓をお伝えし ます。 教訓0マシュマロを見極める  「自分のマシュマロを見つけよう」と言われると、60 年代に流行った隠語か何かで、「違法薬物をやろう」 「コミューンに入ろう」などの意味に聞こえるかもし れません。が、もちろん私か言いたいのはそういうこ とではありません。この言葉は、古典的な社会科学の           I 実験に由来しています。19。  1972年、スタンフォード大学の社会心理学者 ウォルター・ミシェルが、未就学児を対象に、一袋の マシュマロを用いた心理学の実験を行いました。ミ シェルは子どもの向かい側に座り、マシュマロを1つ 取り出して「これが欲しいかい?」と尋ねます。欲し いに決まっています。これは君のものだと伝えます。 しかし、これには裏があります。この後ミシェルは15 分部屋を離れることになっています。その間に、子ど もは食べたければそのマシュマロを食べられます。し かし、ミシェルが戻ってきたときにそのマシュマロが 残っていれば、子どもはもう1つマシュマロをもらえ るのです。  ミシェルが部屋を出ると、大多数の子どもは我慢で きず、マシュマロをむさぼりました。引き続き、実験 に参加した子どもたちを追跡調査したところ、報酬を 先延ばしできた子どものほうが、大きくなってから成 功していました。健康、幸福、収入、大学進学適性試 験の点数のすべてにおいて、マシュマロを食べてし                  I まっだ子どもよりも勝っていたのです。20。その後、 他の研究者だちから挙がった指摘によると、ミシェル の実験結果は意志力単体の問題とは言いがたく、家庭 環境、社会経済的状況などの要因も関係しています。                        − それでも、その実験の意味することは変わりません。 − 21。待つ人、がんばる人、犠牲を払う人、場合によっ ては苦しむ人には、良いことがあるのです。  あなただったらこの「マシュマロテスト」を通過で きたと思いますか、と問いたいわけではありません。 通過できない人なら、わざわざ本書を読んだりしな かったでしょう。通過できない人ならたいした成功を 収めなかったはずで、たいした成功を収めなければ今 これほど苦しんでいないはずですから。リセットをす             丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶 る今問うべきなのは、次のマシュマロは具体的に何か です。新しい犠牲を払うにあたって、自分が何を求め ているのか、分かっていますか?  頭を掻きむしっているそこのあなたも、あきらめる 必要はありません。その問いを解決するのが、次の3 つの教訓です。 教訓e今やっている仕事が報酬になる  キャリアを積むうえで犯しがちな大きな過ちの一つ は、仕事を主に目的達成の手段とみなすことです。あ なたもこれまでずっとそうだったかもしれません。も しそうなら、あなたがやってきたことは、多くの人が 流動性知能曲線にいるときにやり、過ちだったと気づ いてやめようとしていることです。目的がお金であれ、 権力であれ、威信であれ、仕事が手段と化せば、不幸 が待っています。  これは「目的地にさえ着けば幸福になると考えるの は間違いだ」という、より普遍的な真実の一例にすぎ ません。1841年のエッセイ『自己信頼』にて、ラ ルフーウォルドー・エマーソンは次のように書いてい ます。  「家にいるときは夢が膨らむ。ナポリやローマに行け ば、美しいものに陶酔し、悲しみを忘れられるんじや ないか、と。荷造りをし、友達と抱擁を交わして、海 を渡り、ついにナポリに着いて目を覚ますと、厳しい 現実が横たわっている。置いてきたはずの、悲しい自                         − 分か、衰えもせず何一つ変わらずにそこにあるのだ。 − 2」  他の章でもさんざん解説してきたとおり、キャリア が単なる目的達成の手段であれば、たとえ見返りを手 にしても満足できません。すでに次の見返りに目が向 いているでしょうから。この過ちを犯したことがある なら、過去のことは仕方ないにしても、今後は同じ過 ちを繰り返さないでください。もちろん、リセットし たからといって、楽しくて充実した日ばかりとはいか ないでしょう。でも正しい目標を掲げれば、つまり成 功して他者に貢献することを目指せば、残りのキャリ アは、キャリアそのものが報酬になるのです。 教訓@自分にできることのなかで。最も興味のある ことをやる  私はこれまでたくさんの卒業式に耐えてきた結果、 卒業式のスピーチが基本的に2種類に分けられること に気づきました。1つは「仕事の意義を見つけなさ い」タイプ。もう1つは「心から楽しめる仕事を見つ けなさい。そうすれば、生涯一日たりとも働いている とは感じないでしょう」タイプです。卒業生に限らず、 万人にとって、どちらの助言のほうが適切なのでしょ  2017年、ドイツとアメリカの学者グループがそ の答えを追いました。「仕事の情熱追求に関する質問 票」を開発し、仕事に主に楽しさを求めている人の満 足感と、主に意義を求めている人の満足感を比較した    I のです。23.調査対象者1357人の回答を分析する と、楽しさを追求する大は、意義を追求する大に比べ ると、仕事に情熱を持っておらず、頻繁に転職してい ました。  この調査は、昔から繰り返されてきた論争のほんの 一例にすぎません。というのも、幸福は2種類存在し、 学者たちはそれぞれを「ヘドニア」「エウダイモニア」 と呼び分けています。ヘドニアは快感を覚える幸福。 エウダイモニアは意義ある人生を送る幸福です。実際 は、どちらも必要です。ヘドニアがあってもエウダイ モニアがなければ空虚な快楽しか得られないし、エウ ダイモニアがあってもヘドニアがなければ退屈です。 仕事におけるマシュマロを見つけるには、楽しさと意 義を両立できる仕事を探すべきだと思います。  楽しさと意義の重なる領域が興味です。多くの神経 科学者の見解によれば、興味は大脳辺縁系で処理され                I るヽ原始的なポジティブ感情です。24。本当に興味を 引くものは強い快感をもたらします。そして、意義の ないものに興味を持ち続けることはできません。です から、「この仕事に心から興味を引かれるか?」と問 いかけると、新しい活動が自分のマシュマロかどうか を測る有効なリトマス試験紙になります。 教訓○キャリアの軌跡は直線でなくてもいい  私たちの生きる文化は成功を極端に崇拝するため、 多くの人が成功依存症に陥っています。なにしろ、 テック系スタートアップの創業者たちが20代で巨万の 富を手に入れ、決まったパターンの伝説を残します。 真偽はともかく、大成功する起業家は一つのことに飽 くなき情熱を燃やし、そのためなら私生活をいくらで も犠牲にする人物として描かれがちなのです。そう やって手にした莫大な世俗的見返りは、究極のマシュ マロとされています。  しかしこの手の話をいくら追っても、幸福で満足し ている多くのIそしてほとんどの、と言ってよいで しょうがI人々がどうやって生き抜き、成功したか は見えてきません。南カリフォルニア大学の学者たち はキャリアパターンを調査してきた結果、4つの大ま            I かな分類を発見しました。25。1つ目は「直線型キャ リア」で、実績や学びを一つ一つ積み上げながら、 着々と出世していくタイプです。「会社の出世街道」 はまさに直線型キャリアです。億万長者の起業家たち もこのパターンに当てはまります。  しかしキャリアパターンは直線型だけではありませ ん。他に3つあります。「定常型キャリア」は、1つ の職にとどまり、専門知識や技能を極めます。「移動 型キャリア」は職や業界を転々としながら、新しい挑 戦の対象を探します。最後に、「らせん型キャリア」 は、小さなキャリアの積み重ねともいえるもので、あ る職業でそれなりに経験を積み成長したら、単に目新 しさを求めるのではなく、前職のスキルを活かせる仕 事を求めて、別の分野に転向します。  はたしてどのパターンが最善なのでしょうか? あ なたはこれまで超直線型のキャリアを送ってきたかも しれませんし、それはそれで構いません。でも、第2 の曲線に移ろうとしている今は、らせん型キャリアの ほうが適しているでしょう。具体的には、過去に求め ていたものではなく、今本当に求めているものについ て考える。金銭的な報酬に対する期待を下げる。周り から「威信が下がった」「過去の経験やスキルを分か りやすいかたちで活かしていない」と思われることを 恐れないということです。言い換えれば、ヘッジフア ンドの経営を辞めて、中学校で歴史を教えるのがその 例であり、それは素晴らしいことなのです。      飛ぶ  昔、家族旅行でハワイに行った際、ハワイ島を自転 車で周遊し、各地で観光やさまざまな冒険をしました。 ある日の午後は、カヤックに乗りました。もう一組の 家族とともに、「世界の終わり」と呼ばれる9メート ルの断崖へ着くと、10代の若者たちが崖下の波しぶき に飛び込んでいました。私のグループにいた大人が言 いました。「誰か飛び込んでみませんか?」。誰も首を 縦に振らないので、私か名乗りを上げました。溶岩石 でできた崖に上って下を覗くと、水面までI、2キロ メートルはありそうに見えます。めまいと同時に、 「これはまずいぞ、だいぶまずいぞ……」という言葉 が脳内で渦巻きました。おずむずと隣の青年に目をや ります。明らかに飛び慣れた様子です。青年はニツと 笑いました。  「考えないで。飛ぶんだ!・」  だからそのとおりにしました。直後に着水し(そ りゃ痛かったですよ)、数秒後、水面に浮上しました。 頭が水から出た瞬間、生まれ変わったような感覚があ りました。  チベット仏教では「バルト」という、死んでから生 まれ変わるまでの状態を指す概念が存在します。『チ ベットの生と死の書』にて、仏教僧ソギヤルーリンポ チエは、バルトを「断崖のふちから一歩踏み出す瞬間                 − のような」あり方、と説明しています。26。自由にな るには飛ばなくてはいけないと分かっていても、飛ぶ のは怖い。それでも飛べば、つかの間の過渡期を経て、 あなたは生まれ変わるのです。  シンクタンクの会長を辞めたときは、死に直面する のに近い感覚を覚えました。それは、ライフスタイル 全体の、会長として得た経験の、そしてIはっきり と自覚していたとおりI人間関係の、終わりでした。 本書の読者の多くは、私の言わんとすることをよく分 かっています。あなたはおそらく、自分の仕事を愛し てはいないでしょう。全盛期を過ぎて悩んでいたのな らなおさらです。あなたの仕事は、ぎすぎすした結婚 生活のようなものだったでしょう。しかしそれでも、 離職するとなると、死や離婚を迎えるかのような気分 になります。まるで断崖のふちに立っているかのよう な気分に。あなたは今持っているものを、これまで築 いてきたものを、「私は誰か?」という問いの答えと なる職業人生を、手放そうとしています。それは職業 的な死であり、生まれ変わりの先は不確かです。断崖 を見渡しながら、分からずにいます。待ち受けるもの が全体として喜びをもたらすのか、苦しみをもたらす のかIいや最も可能性が高いのはIその両方か。  でも分かっているのです。やらなくてはいけないと。 だから。  考えないで。飛ぶんだ。      おわりに      3行の法則  本書は夜行便の中で幕を開けました。あなたには私 と一緒に聞き耳を立ててもらい、世俗的な偉業を成し 遂げた年配男性が、もう死んだも同然だとこぼすのを 聞きました。男性の能力は衰えていました。生きてい ても苛立ちと不満ばかりが募ります。もう誰も以前の ようには気にかけてくれません。まるで、もともと本 気で気にかけたことなどなかったかのように。  あの体験はかなりこたえました。だから私は私的に 研究を立ち上げ、自分も男性と同じ運命をたどるしか ないのか、それを避ける手立てがないのかを探りまし た。その結果、人生を大きく変えるに至りました。辞 職し、リミナリティーヘ飛び込み、結晶性知能に焦点 を当てた仕事へ移り、執着を削りました。友達や家族 との関係をはぐくみ、精神生活を充実させました。自 分をモノ化せずに弱さをさらけ出すと誓うことで、新 たな天職をはっきり自覚し、それに打ち込んで他者に 貢献することができました。  すべては簡単なことでも自然なことでもありません でした。私のストライバーとしての衝動に反していま した。だから今では、自然の流れにすべてをゆだねる のは間違いだと、あらためて確信しています。幸福に なりたければ、自然な本能と戦わなくてはならないと きもあるのです。  そう思えない人もいることは分かっています。お金、 権力、快楽、威信を求める世俗的な衝動は、大昔に大 脳辺縁系に組み込まれたものです。幸福や満足に対す る欲求も、本能的なものです。そしてその2つをうっ かり結びつけてしまいます。「衝動があるのだから、 衝動に従えば幸福になれるはずだ」と。  しかしそれは、母なる自然にもてあそばれているだ けです。母なる自然は、あなたの幸不幸まで考えてい るわけではありません。あなたが次世代へ命をつなぐ こととウェルビーイングを混同しているなら、それは 母なる自然の問題ではなく、あなた自身の問題です。 しかも母なる自然の「役に立つ馬鹿(灰り回目O{}」が、 「やりたいなら、やればいい」という人生を台無しに する定番の助言を拡散するせいで、問題が余計に悪化 します。  歳を重ねながら「力を増し」、強さを増して進むに は、生きるための新たなスキルを身につけなくてはい けません。本書で章を追って詳細に説明してきた新し い方程式を使うのです。とはいえ、言うまでもなく、 最後の6万ワードを暗記するのは非現実的です。そこ で本書全体を3行に要約させてください。この3行は、 私かこれまでに学び、今実践に励んでいる、すべての 教訓を凝縮させた成功法則です。  モノを使い  人を愛し  神をあがめよ  誤解のないように言っておくと、俗世を疎み、ヒマ ラヤの洞窟で隠者のように生きなさいという意味では ありません。俗世の物質的な豊かさは悪いことでも恥 ずかしいことでもないし、楽しんでしかるべきもので す。日々の糧となるもの、同胞を貧困から救う手段に なるものです。私たちの創造性と労働のたまものであ り、平凡な日々の慰めと喜びにもなります。  問題は、モノという名詞ではなく、愛するという動 詞です。モノは使うもので、愛するものではありませ ん。本書で覚えておくべき教訓を一つだけ挙げるとす れば、それは、幸福はすべて爰から生まれるというこ とです。同じことを、西暦400年頃、偉大なる聖ア ウグスティヌスは良い人生の秘訣として簡潔な言葉で                     I 表しました。「爰せ。その爰に従って行動せよ。I」  しかし愛は人に向けるものであり、モノに向けるも のではありません。愛の矛先を間違えれば、苛立ちと 徒労を招きます。快楽のランニングマシンに乗り、速 度を超高速に設定することになります。  愛を一段高めると崇拝になります。作家デヴィツ ドーフォスター・ウォレスはかつて鋭い発言をしまし た。「崇拝しないことはありえません。誰もが崇拝し                         I ます。選べることはただ一つ、何を崇拝するかです。 − 2」。モノを愛せば、お金、権力、快楽、威信という あらゆる偶像のために自己モノ化しようと躍起になる でしょう。自分をI少なくとも2次元の自分の切り 出しをI崇拝するでしょう。  繰り返しになりますが、それが、幸福をもたらすと 世間が断言する行為です。しかし世間は嘘をついてい ます。偶像では幸福になれません。だから自分を崇拝 してはいけません。偶像に関しては、『申命記』にあ るモーセの戒律を心に刻んでください。  「あなたのなすべきことは、彼らの祭壇を倒し、石柱 を砕き、アシェラの像を粉々にし、偶像を火で焼き払       − うことである。3」  その方法は本書でお伝えしました。でも、決断する のはあなたです。      飛行機の男性は今  本書を締めくくろうとして思いついたのですが、あ の飛行機の男性はどうなったんだろうと思っている人 がいるかもしれませんね。  あの男性は相変わらずの有名人で、頻度は年々下 がってきてはいますが、時々ニュースに登場します。 かなりの高齢です。最初の頃はニュースで男性を見る たびに、憐れみのような感情が心をかすめたものです。 ただ、今にして思えば、それは私自身の未来に抱いた 恐怖心が屈折したものにすぎませんでした。「憐れな 人だな」という思いには「このままじゃまずい」とい う本心が隠れていたのです。  しかし、正しい成功法則と、本書でお伝えした教訓 を悟るにつれ、恐怖心は消えていきました。だから、 本書の謝辞には絶対に男性の名を挙げようと考えてい ました。意図的ではなかったとはいえ、大事なことに 気づかせてくれた男性は、感謝している相手の一人で す。男性がいたからこそ、私は新たな一歩を踏み出し ました。まず、人生の多くの「勝者」たちが陥る窮状、 つまり私もいずれ確実に陥る窮状の原因を、調査で明 らかにしました。次に、人生の一連の変革に着手しま した。どれも男性に会わなければすることがなかった はずの変革です。最後に、変革を達成する秘訣を本書 にまとめ、あなたに伝えることができました。  本当に、飛行機の男性には感謝せずにはいられませ ん。私に残された人生かあと2年か40年かは分かりま せんが、幸福で満ち足りた人生を送れるようになった のですから。男性の素性は明かさず墓場まで持ってい きます。でも、男性のことを考えない日はないでしょ う。最期を迎える前に、男性が安らぎと喜びに満たさ れることを願っています。  そして、あなたもそうなることを。  どうか、「力を増し」、強さを増して進んでいけます ように。      謝 辞  本書に誤りや手抜かりがあった場合、その責任には 私一人にあります。しかし本書の製作はとうてい一人 でできることではありませんでした。本書を実現でき たのは、調査助手リース・ブラウンのおかげであり、 セシーギヤログリー、キヤンディスーゲイル、モ リー・グレイザー、リスープイールズのチームワーク とサポートのおかげでもあります。周りにいるこうし た方々の日々の努力があるからこそ、幸福の技術と科 学を新しい聴衆に届けることができます。  閃きとアイデアを授けてくれたという意味では、 ハーバードーケネディースクールとハーバードービジ ネスースクールの同僚たちに感謝します。特にレンー シュレシンジヤーは、私か本書について語るのを、3 年近い間、文句ひとつ言わずに聞いてくれました。ま た、偉大な同校を率いるダグーエルメンドルフ、二 ティンーノーリア、スリカンドータタールは、ハー バードにおける私の創造的な研究活動を変わらず支援 してくれています。そして私の「リーダーシップと幸 福」の授業を履修しているMBAの学生たちは刺激的 な存在で、何歳だろうと幸福になれるし、その幸福は 共有できるということを再認識させてくれました。  本書全体を通して私を励まし指導してくれた、ポー トフォリオの編集者ブリアーサンドフォード、クリェ イティブーアーティスツーエージェンシーの著作権代 理人アンソニー・マッテロ、レッドーライト・PRの ジェンーフィリップスージョンソンとそのチーム一同 にもお世話になりました。  本書を作り上げたアイデアの多くと、いくつかのI 節はもともと、2019年から2020年に『ワシン トンーポスト』紙のコラムとして、それ以降は『アト ランディック』誌のコラム「人生の築き方」として連 載されていたものです。『ワシントンーポスト』紙の 編集者マークーラスウェル、フレッドーハイアット、 そして『アトランディック』誌のレイチェルーガット マン、ジェフーゴールドバーグ、ジュリー・ベック。 エナーアルバラード=エステリエルに感謝します。 チップーコンリーの著作は新鮮な気づきをもたらし、 本書の多くのアイデアの源となりました。その他多数 の方々が(ほとんどは匿名となっていますが)個人的 な体験談を提供してくださったことも、大変ありかた いことでした。  友人でもあり、私の仕事の支援者でもあるダンーダ ニェッロ、タリー・フリードマン、エリツクーシュ ミツト、ラペネルーカリー、バリー・サイド、そして レガタム研究所の友人たち、特にクリストファー・ チャンドラー、アランーマコーミツク、フィリッパー ストラウド、マークーストールソン、フィリップー ヴァシリオウヘの恩は忘れません。  また、本書は数々の精神の師から直接的・間接的に 影響を受けました。まず、テンジンーギャツォ、すな わちダライーラマ法王。私の思想の大部分は、法王か ら9年にわたり受けている指導と、共同執筆によって 形成されました。そして、ロバートーバロン司教。司 教の助けがあったからこそ、人生と仕事に対する理解 が深まりました。  最後に、30年以上連れ添っている妻、エスター・ム ント=ブルックス。これまでの人生で、エスターほど、 万人への愛と思いやりを態度と行動によって教えてく れた人はいません。エスターは私の師であり、本書は エスターに捧げます。